第157話 エルガルド帝国動乱⑬

「てぇい!!」


 ヴェルティアは容赦ない一撃を倒れるガルウィムに放った。


「うぉ!!」


 ガルウィムはヴェルティアの凶悪な一撃を転がってかろうじて躱すことに成功する。


「く、くそ……」


 何とか立ち上がったガルウィムはヴェルティアを睨み付けたがその視線には明らかにヴェルティアへの恐怖が滲んでいた。

 

「さ〜て、仕切り直しですね!! さぁやりましょう!!」

「く……」

「どうしたんですか? かかってこないんですか?」


 ヴェルティアのがっかりしたような表情と声にガルウィムの誇りは最大限に傷つけられたというものだ。これはガルウィムの中にまだ戦意が残っていることは確かではあったが、それが戦闘行為に結びつくほど残されていないのは確実だった。


「じゃあ、もういいですね」


 ヴェルティアは両拳に魔力を込め始めた。この時になってガルウィムはヴェルティアが魔力を込めて殴っていないことに気づいた。

 これはヴェルティアが相手を侮っていたわけではなく、相手の力量を測るために魔力を込めなかったのだ。

 人によっては全力を尽くさないことに憤る人もいるかもしれないが、試合ではなく戦場で全力を出すなど危険な行為はない。全力を出すということは余力も使い切るということなので、その瞬間を狙われればあっさりと死んでしまうのだ。


「う、うぉぉぉぉぉ!!」


 ガルウィムは咆哮するとヴェルティアへ斬りかかった。凄まじい速度の斬撃であるのは間違いない。人間はもちろん、天使、並の魔族であれば間違いなく一瞬後には絶命していることだろう。


 しかし、ヴェルティアには当てはまらない。ヴェルティアは捕食者の笑みを浮かべるとガルウィムの斬撃に対処する。


 その対処の方法が常人とは確実にずれているのはさすがはヴェルティアというべきものであった。


「でぇい!!」


 ヴェルティアは右拳に魔力を込めて殴りつけた。斬撃よりも早くガルウィムの顔面を殴りつけたのならばそんなに驚嘆すべきことではないかもしれない。


 しかし、ヴェルティアが殴りつけたのは斬撃を放ったである。


 パキィィィィン!!


 ヴェルティアの拳はガルウィムの剣を枯れ木の棒のように砕くとそのままガルウィムの顔面にまともに入った。


 ドゴォォォォ!!


 ヴェルティアの一撃にガルウィムは城壁に叩きつけられた。凄まじい衝撃だったのだろう城壁が崩落したくらいだ。


「さて……」


 ヴェルティアは瓦礫の中から無造作にガルウィムを引っ張り出すとピクピクと痙攣した姿がみえた。


「う〜ん、もう気絶してますねぇ〜流石にこの状況でトドメを刺すのはちょっと引っかかるものがありますね」


 ヴェルティアのため息混じりの言葉にガルウィムは意識を取り戻した。


「ひっ!!」


 ガルウィムは恐怖の叫びをあげた瞬間に折れた剣で斬撃を放った。それは恐怖から逃れようとする生物の本能であったと言える。


 しかし、この状況では明らかに悪手であった。


 ヴェルティアならば気絶したものへの攻撃を行うことはしなかった。しかし、目が覚めた瞬間にガルウィムは攻撃をしてしまったのだ。それは生存の命綱を自ら手放したことを意味するのである。 


 バァン!!


 ヴェルティアは神速の拳をガルウィムの顎に入れるとガルウィムの顔面が跳ね上がった。


 そこからヴェルティアは流れるように腹部への一撃を入れる。その衝撃にガルウィムの体はくの字に曲がる。続いて延髄に手を当て、そこを支点に額を押して喉を露出させるとそこに強烈な膝蹴りを入れた。


 ギョギィィィィ!!


 喉の骨が砕ける音が周囲に響きガルウィムの体がもう一度ビクリと体が震えた。ガルウィムの首が異様な角度に曲がったまま崩れ落ちる。もはやピクリとも動かない様子にガルウィムが既に絶命をしているのは明らかであった。


「さて、あとはあちらの偽シルヴィスだけですね」


 ヴェルティアはニヤリと嗤うとミラスゼントへと殺意を向ける。


「さて……念のため」


 シルヴィスは斃れるガルウィムの死体の延髄を虎の爪カランシャで斬り裂いた。


「え? 確実に死んでましたよ」

「まぁ、とどめはきちんと差しておこうと思ってな」


 シルヴィスはそう言ってヴェルティアと視線を交わした。


「さて、あとはあいつだけだな」

「それ、私がもう言いましたよ」

「そうだっけ?」


 シルヴィスとヴェルティアの他愛のない会話が終わると肉食獣めいた表情を見せた。それは明らかにミラスゼントを獲物に定めたものであった。

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