第154話 エルガルド帝国動乱⑩

「キ、キラト……」


 ガルウィムが呆然と呟いた。ガルウィムの呟きを聞き逃さなかったキラトは皮肉気に嗤う。


「ほう、我が軍のくせにこの魔王を呼び捨てか?」


 キラトの言葉にガルウィムはゴクリと喉を鳴らした。


「う……あれ? ヴェルティアさん? シルヴィスさん? キラトさん?」


 意識の戻ったレンヤがシルヴィス達がいることに驚きの声をあげる。


「失礼しますよ」

「え?」


 ディアーネがレンヤを抱えるとエルナの元へと一瞬で移動した。そしてユリもヴィルガルドを抱え上げてエルナの元へ運んでいた。人一人を抱え上げての動きとはとても思えない。それだけでディアーネもユリもまた凄まじい実力の持ち主ということがわかるというものだ。


「ふ……随分と迂闊なことだ」

「何?」

「なんだ自覚していないのか? お前達のマヌケさは驚くべきレベルだ。どうやったらそこまで醜態を晒せるのか本当に不思議だよ」


 キラトの嫌味たっぷりな物言いにミラスゼントとガルウィムはギリッと奥歯を噛み締める。


「あら、神がマヌケなのは今に始まったことじゃないでしょ」


 そこにリネアが黒孔から現れる。突如現れた美女にエルガルドの市民達から感嘆の声が漏れる。


「リネア様、危ないですよ」


 続いてリューべが登場すると周囲を注意してさりげなく黒孔を守るように立つ。


 そしてジュリナとムルバイズ、スティルが現れた。


「両陛下、まずは我らが先に行かねば……御身に何かあれば先王陛下へ申し訳がたちませぬ」


 スティルの苦言にキラトとリネアが渋い顔をする。これはスティルの苦言に不快感を持ったというわけではなく、スティル達の面目を潰してしまった迂闊な行為を恥じたためである。


「すまない。人間共にこの身を傷つけられるような手練れはいないという油断であったな」

「そうね。確かに油断があったのは事実だわ」


 キラトとリネアは即座に反省の弁を述べる。二人の反省の言葉にスティルは一礼する。


「さて、この二人は我が軍の軍団長である第二軍団長リューべと第四軍団長のスティルだ。そこを踏まえた上で聞きたい」


 キラトの言葉に名を呼ばれた二人は恭しく一礼する。


「我が軍に私を呼び捨てにするような不作法者はいないという認識であるが、その認識に間違いはないよな?」

「ありませんな」

「さすがにそんな阿呆はいません」

「そうだよな。ではこいつらは一体何なんだろうな? なぜ魔族のふりをしてエルガルド帝国を攻めているのだろう? 本当に不思議だよ」

「まさか神ではないでしょう。誇り高い神族の方々が下賎な魔族の真似をするような矮小なことはするはずはありませんので本当に不思議です」


 リューべは首を傾げながら言うとキラトも同様に首を傾げて見せる。その表情は思い切り嫌がらせができるので楽しくてしかたないと言った様子だ。


「まぁ、正体の方を晒してもらおうか」


 キラトは剣を抜き放つと地面に突き刺した。剣を中心に魔法陣が顕現し、それがどんどん広がっていく。


「な、何だ?」


 ミラスゼントの声から警戒の念が強くなっていく。キラトの術式がどのような術式なのかわからないのだ。


 キラト魔法陣がどんどん広がっていき、周囲全体に広がったところで魔法陣が光を放った。


 光が収まった時、全員が周囲を見渡した。自分の身にどのような影響が起こったのを確認したのだ。


「あ、あれ……天使様・・・じゃないか?」

「あの白い翼……どう言うことだよ!!」

「天使様達が俺たちを滅ぼそうとしたのか?」


 人々の口から戸惑いの声が発せられている。先ほどまで魔族と思って戦っていた相手が天使になっていることに戸惑いを持つのは当然と言うものだ。


「おやおや? どうしてだろう。幻術を解除したらどう言うわけか天使の皆様方が姿を表してしまったぞ?」


 キラトの思い切り嫌味な口調にミラスゼントはギリッと奥歯を噛み締めた。


「キラト、神族の皆様方は本心ではお前達魔族に憧れていたんだ。わかってやれ。それとも魔族ではなく俺に憧れていたと言うわけか?」


 そこにシルヴィスがこれまた嫌味な声と表情をミラスゼントへ向ける。ミラスゼントはシルヴィスの姿ではなく本来の姿へと戻っていた。


「そうだな。おい、そこの小者。魔族の一員になりたければその場に跪いて仲間に入れてくださいと頼めば考えてやるぞ」


 キラトの毒に満ちた言葉は魔族に罪をなすりつけようという狡い考えへの反発であるのは間違いない。


「さて、エルガルド帝国の摂政殿、君の家族を殺したのはそっちの男であったわけだ」

「……」

「さて、そこを踏まえてお前に問おう」


 キラトの言葉にラフィーヌは沈黙する。それは事態の変化と今までの価値観を根底から覆されたことに対してうまく対応できていないのだ。


「このまま神の裁きとやらを受け入れて滅びるか、それとも神と訣別するかだ」

「……く」

「神による虐殺を甘んじて受け入れるというのならそれも良かろう。自分達の命や生活、文化が価値ないものとするのはお前達の自由というものだ」


 キラトはラフィーヌにそう言い放つとミラスゼントに視線を移す。


「さて、随分と任せたな。しかし、お前達には感謝の言葉を送らねばならないな」

「感謝だと?」

「ああ、お前が先走ってくれたおかげで人族が神族に対する幻想から目覚めてくれた。神は決してお前達の庇護者などではないことをいくら我らが伝えたところで信じはしなかっただろう。だが、お前達の軽率な行動により信じざるを得ない」

「く……」

「さて、褒美として死を送ってやろう。心して受け取るんだな」


 キラトの殺意がミラスゼントへと向いた。キラトの凄まじい殺気にミラスゼントの顔が凍る。


「待て、こいつは俺にやらせろ」

「ん?」

「この程度のザコ・・に魔王様が自ら手を下したりしたら魔王の格が落ちる」


 シルヴィスの軽蔑しきった視線がミラスゼントに注がれた。その軽蔑の視線にミラスゼントの不快感は一気に上がる。


「バカが!!」


 その時、シルヴィスの背後からザルムが斬撃を放つ。シルヴィスはザルムの斬撃を背中にまともに受ける。


(な、何だ? まるで水を切ったかのような……)


 しかし、ザルムは手応えの違和感に困惑する。自らの手に来た手応えがまるでなかったのだ。


「まったく、順番をきちんと守れよ」


 シルヴィスの拳がザルムの顔面にまともに入るとザルムの体は吹っ飛ぶと城壁に叩きつけられた。


「さて、始めようか……ザコ共、世の中には喧嘩を売ってはいけない相手がいるんだよ」

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