エルガルド帝国動乱⑨

「お前、もう少し加減しようとか思わなかったの? 死んだら話聞けなくなるだろ」


 ヴェルティアの後ろにシルヴィスがため息をつく。その後ろにいるディアーネとユリも同様の表情を浮かべていた。


「え? 手加減ならしましたよ。しかし偽シルヴィスが思った以上に弱い・・のが問題なんですよ。つまり!! 私ではなく偽シルヴィスが悪いんです!!」

「いや、お前が強すぎるのが問題だと思おうぞ」

「あっ!! やっぱりそうですね!! 私の秀ですぎた能力が罪なのです!!」


 ヴェルティアは上機嫌で高らかに宣言する。その姿は何も考えていないようなお気楽さと絶対的な強者感を見るものに与えた。


「シ、シルヴィスさん……みなさん……どうしてここに?」


 エルナの声には困惑とそして安堵の響きがあった。


「ああ、三人がピンチだからやってきたわけだ」

「そ、それはありがとうございます……でもどうやって私達のピンチを知ったんです?」

「それはですね!! みなさんに渡した武具には術式を仕込んでいたんですよ」

「術式……ですか?」

「ええ、シルヴィスが仕込んだのは、転移術と戦闘探知です」

「……戦闘探知?」

「ええ、シルヴィスが仕込んだ術式で、みなさんが戦闘状態に入ればわかるようになってます。そしてピンチも同様にわかるんです」


 ヴェルティアが突如話に割り込むとエルナに語り始めた。その様子にディアーネとユリは心の中で笑う。ヴェルティアが話に割り込むことは今までもあったが、それは仲間の自慢をしたいという心情が根底にあった。しかし、今回のヴェルティアの割り込みはシルヴィスとエルナだからこそ割り込んだという印象があった。それは嫉妬なのか奪われまいとする本能なのかは微妙なところだが、今までとは違う理由であると二人は感じたのだ。


「は……はぁ」

「しかし、みなさんはエルガルド帝国の軍隊に追われていると言う想定でしたが違いましたね」

「え、ええ私達が転移先から出たら帝都が戦争になってまして……」

「なるほど、そんなことになってましたか……」


 ヴェルティアがうんうんと頷いているとシルヴィスがポカリとヴェルティアの頭を叩いた。


「わかってないのにわかったフリなんかするなよ」

「な、わかってますよ!!」

「はいはい。その辺は後で答え合わせするとして、あそこで寝てるフリしてるヤツとあのプライドも何もない天使共、そして惨めな神をまずは始末するとしよう」

「それもそうですね」


 シルヴィスの言葉にヴェルティアは気が付いたかのように頷いた。


 シルヴィスは人差し指を倒れているミラスゼントに向けると圧縮した魔力の弾丸を放った。


 ビシッ!!


 シルヴィスの放った弾丸は地面に着弾した。ミラスゼントは転がっていた状態のまま跳躍し空中で一回転して着地した。


「もう少し優しく起こしてくれ。快適な目覚めに程遠い」

「それはすまなかった。じゃあもう一回寝てくれ。今度は優しく起こしてやるからな」


 同じ姿、声で互いに行われる嫌味な応酬を見る者達は呆気に取られている。ラフィーヌはシルヴィスが、レンヤ達を連れ去る前に言った事が真実であることを察し身を震わせ始めた。


(そ……そんな、シルヴィスの言ったことは真実だった……というの? それではお父様やお母様……お兄様達を……殺したのは神様ということ)


 ラフィーヌにとってその考え、いや結論は自分の今までの思想が砕け散るほどの衝撃であった。


「ミラスゼント、こいつらが異世界の異端者か」

「ああ、かなりの腕前なのはわかるだろう?」

「人間にしては……な」


 ミラスゼントの隣に立ったガルウィムが嘲りの表情をシルヴィス達に向けながらいう。


「こいつは人間じゃないぞ」


 シルヴィスがヴェルティアを指差して言う。思い切り馬鹿にしてやろうという意思をその表情から読み取ることができる。


「こいつは竜神族という種族だ。祖先に竜神がいたという話だ。お前のような無知な神は知らんのだろうが、あんまり知ったかぶりすると恥かくぞ」


 シルヴィスの煽りにミラスゼントとガルウィムは不快気な表情を浮かべる。神という立場である以上、煽られることに慣れていないのだ。


「ああ、俺の真似をしているそっちの神はそのまま俺の姿で戦えよ」

「何?」

「お前は自分の容姿に自信がない以上、俺の姿でいる許可をやると言っているんだよ。いや、むしろ醜すぎるお前の正体をこの場に晒す方がよほどこちらへの攻撃になるからやめてくれ。金をやれば正体を見せないでくれるかな?」

「き、貴様……」


 ミラスゼントが怒りの声を発したところでシルヴィスはニヤリと心の中で嗤うと動いた。

 シルヴィスの煽りにミラスゼントの意識がシルヴィスの攻撃から外れたことを察したからだ。


 シルヴィスはミラスゼントの間合いにまるで瞬間移動したかのような速度で踏み込むとミラスゼントの右目へ人差し指を放つ。


 ビシュン!!


 ミラスゼントはシルヴィスの指を辛うじて躱すと後ろに跳んで距離を取った。


「避けんなよ。苦痛にうめかないように即死させてやろうとしてやったのにな」


 シルヴィスの肉食獣めいた表情にミラスゼントはゴクリと喉を鳴らした。そして同時に一筋の冷たい汗が頬を伝う。


「おや? 冷や汗か? 神も存外情けないものだ」

「何だと!?」

「どんなに取り繕っても俺にビビってるのが丸わかりだ。よかったな。その感情が恐怖・・だ。お前がどれだけ生きてるかは知らんがやっと恐怖という感情が理解できただろう? おめでとう。一つ賢くなったな」


 シルヴィスの言葉にミラスゼントは顔を凍らせた。


「まぁ、これからまた大物が来るんだけどお前らは耐えれるのかな?」

「大物……だと?」


 シルヴィスの言葉にミラスゼントはまたもゴクリの喉を鳴らした。


「ふざけるな!! 魔王でもくるというのか!!


 ガルウィムが叫ぶとシルヴィスが感心したような表情を浮かべた。


「勘がいいな」


 シルヴィスが指差すとその場にいる全員が指差した方向を見やった。


 空間に黒い孔が開く。


 そこから一人の男が顔を出した。


「ほう、我が軍を騙るクズどもにしては礼儀がなってるな。魔王を出迎える態度としては優雅さのかけらもないマヌケそのものだがな」


 キラトの殺意のこもった視線と声がミラスゼント達に突き刺さった。

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