第152話 エルガルド帝国動乱⑧

「レ、レンヤ様……」


 ラフィーヌの口からポツリとレンヤの名が発せられた。


「ヴィルガルド様……エルナ様……よ、よくご無事で……」


 続いて発せられたラフィーヌの声は震え始めている。レンヤ達三人の登場は追い詰められたエルガルド帝国において間違いなく希望の光であった。


「ラフィーヌ様!! 下がってください!!」


 レンヤの鋭い声にラフィーヌは厳しい表情を浮かべた。レンヤの言葉に不快感を持ったわけではなく、エルガルド帝国の危機は未だ継続中であり気合を入れ直したのである。


「それはできません!! 私がここで下がれば士気が下がります!! ここで下がることはエルガルド帝国の終焉を意味します!!」


 ラフィーヌの言葉にレンヤはコクリと頷いた。ラフィーヌの意見は最もであるとレンヤは認めざるを得ない。レンヤはミラスゼントに視線を移した。


「あんたは誰だ? どうしてシルヴィスさんの姿をしているんだ?」


 レンヤの言葉にミラスゼントはわざとらしく肩をすくめて見せた。


「おいおい、俺がわからないのか?」


 ミラスゼントのわざとらしい言葉に反応したのはエルナである。


「シルヴィスさんの姿をしてるだけであんたなんか知らないわよ! それにさっきまでシルヴィスさん達は魔族の領域フェインバイスにいたわ!!」


 エルナの言葉にミラスゼントは目を細めた。


「そうだな。あんたは違う」


 ヴィルガルドも仲間二人の意見を支持すると切っ先をミラスゼントへと向けた。


「ふ〜ん……やれやれ、まぁ死ぬんだから一緒だよな」


 ミラスゼントは殺気を放ち出した。三人はビクリと体を震わせつつミラスゼントを睨みつけた。


「ほう……人間にしては強いがせいぜい天使長程度だな」

「ミラスゼント、もういいだろ。始末してしまおうや」

「ザルムの言う通りだ。皆殺しにしてしまえば問題ないだろう」

「そうだな」


 三柱の表情は嗜虐という言葉そのものであり、神としての傲慢が大いに現れていた。

 

「ザルム、ガルウィムは他の虫どもを踏み潰しておけ」

「お前は?」

「この思い上がった三匹に躾だ」


 ミラスゼントは三人を見て言い放つと一歩進みでる。一歩進み出た瞬間にレンヤ達三人の視線にはミラスゼントが巨大化し押しつぶされそうな感覚を覚えた。


 ミラスゼントがレンヤ達三人に殺意を向けた瞬間に、ザルムとガルウィムは左右に散り目にした兵士たちを惨殺し始めた。


「な……」


 レンヤがザルム達の惨殺に意識を向けた瞬間にミラスゼントもまた動く。ミラスゼントはレンヤの間合いに飛び込むとレンヤの腹部へ痛烈な一撃を放つ。


 シュン!!


 しかし、ミラスゼントの致命的な一撃が入る寸前に、ヴィルガルドの突きがミラスゼントの顔面に放たれ、それを躱したことでレンヤはことなきを得た。


「何やってる!! 意識を逸らすな!!」


 ヴィルガルドの叱咤にレンヤは頬に冷たい汗を一筋流した。ヴィルガルドが突きを放ってくれなければレンヤの命は失われていたことを実感したのだ。


「すまない!!」


 レンヤはヴィルガルドに礼を言うと同時にミラスゼントへと斬撃を放った。レンヤの斬撃は恐ろしいほどの速度ではあったが、ミラスゼントは後ろに跳んで躱した。


「いくぞ!!」

「ああ!!」


 レンヤとヴィルガルドがミラスゼントの間合いへと踏み込むと斬撃を繰り出していく。

 ヴィルガルドの突きが顔面に放たれるがあっさりと躱される。ヴィルガルドは突き込んだ剣を引くことはせずに首を薙ぎにいく。ミラスゼントはそれを屈んで交わしたところに間髪入れずにレンヤの胴薙ぎが放たれる。


「おっと」


 ミラスゼントは余裕の表情を崩すことなく屈んだ状況から前方宙返りでレンヤの胴薙技を躱した。


 ミラスゼントは着地と同時に両手をつくとそのまま逆立ち蹴りを放った。ミラスゼントのこの予想外の攻撃にレンヤとヴィルガルドは辛うじてガードが間に合った。


「く……」

「ぐ、くそ」


 ガードを間に合ったといえどもその威力に堪え切ることはできずに三歩ほどの距離を飛んで着地した。


「ははは!! どうした!!」


 ミラスゼントはすぐさま追撃を行う。二人の間合いに飛び込むと拳を放つ。レンヤとヴィルガルドはその攻撃を捌き切ることはできずに五発に一発の割合で拳をもらってしまう。

 

「く……」

「はぁぁぁぁ!!」


 レンヤもヴィルガルドも斬撃を放ち続けるがことごとく空を斬った。


「二人とも!!」


 エルナが叫ぶ。レンヤとヴィルガルド内容を確かめることなくミラスゼントから距離を取った。

 その瞬間にエルナの魔術である剛雷レイゼンクが放たれた。


 ビシィィィィ!!


 ミラスゼントに直撃した剛雷レイゼンクが粉塵を巻き上げる。あまりの威力に兵士達の中から歓声が上がった。


「く……だめだわ」


 エルナの悔しそうな言葉にレンヤとヴィルガルドは意外そうな表情を浮かべることはしない。


「エルナ、助かった」

「ああ、一息つける」


 レンヤとヴィルガルドがエルナの側へと移動し礼を告げる。二人もエルナの魔術がなければ後数手で殺されていたことをわかっているのだ。


 粉塵がおさまるとミラスゼントが無傷の姿を見せる。


「ひ……」

「そ、そんな……」


 ミラスゼントが無傷であることに対して悲鳴に近い市民達の中から声が上がった。兵士や魔術師達の中からも同様である。いや、もしかしたらそれ以上の絶望の声であった。戦いの心得があるからこそ、レンヤ達の実力が自分達など遠く及ばないことをわかっている。にもかかわらずミラスゼントに遠く及ばないのだ。


「ふ、やるではないか」


 ミラスゼントの称賛の言葉を素直に喜ぶには声に嘲りの要素が強すぎた。ミラスゼントの称賛は下等生物が足掻く様を楽しんでいるようにしか思えないのだ。


「さて……もう少し足掻いて見せろよ」


 ミラスゼントは言い終わると同時に動く。ヴィルガルドの間合いに入ると拳を放った。


 バギィィ!!


 ミラスゼントの拳をまともに受けたヴィルガルドが数メートルの距離を飛び地面い転がった。


「な……」


 レンヤが驚愕の声を上げた。ミラスゼントの一撃をレンヤは察知することができなかったのだ。気配を察知できなかったのではない。純粋にレンヤが感じ取れないほどの速度で動いたのだ。


「どうした?」


 ミラスゼントの言葉にレンヤはゴクリと喉を鳴らした。死を具現化したような圧倒的な恐怖がレンヤを襲う。

 レンヤが恐怖を感じたことをミラスゼントは察したのだろう。ニヤリとした嗤いは弱者を痛ぶるゲスの表情そのものである。


「やぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 バギィィィィ!!


 ミラスゼントの拳がレンヤの顔面にまともに入るとヴィルガルド同様に吹き飛び地面に転がった。


 カラン……


 レンヤの手から剣が落ちる。レンヤの手から剣がこぼれ落ちたと言う事実はレンヤが敗れたと言うことを実感させるに十分な出来事である。


 レンヤは恐怖に負けて闇雲に攻撃を繰り出したわけではない。今動かなければ間違いなくこのまま踏み潰されることを本能的にわかったのだ。


 しかし、実力の違いは如何ともし難いものであった。


 レンヤの方が明らかに斬撃を繰り出したのは早かった。しかし、それをはるかに上回る速度でミラスゼントは拳をレンヤに叩き込んだのだ。


「さて……お前は首をへし折ることにしよう」


 ミラスゼントはエルナの首に向かって手を伸ばす。エルナはやけにゆっくりとしたミラスゼントの手が近づいているのが見えた。


 ドゴォォォォ!!


「え?」


 そして次の瞬間にミラスゼントの体が横に高速で吹っ飛んでいくという光景が展開された。


 ミラスゼントは錐揉み状に飛び地面を擦りながら二十メートルほど転がって止まる。


「いや〜まさかこんな軽いとは思っても見ませんでしたよ。やっぱり偽物ですねぇ〜本物とは天と地くらい差があります!! まぁ私という天才が相手では仕方のないことかもしれませんね!! はっはっはっ!!」


 やけに能天気な声が周囲に響く。声の主はもちろんヴェルティアであった。得意げに両手を腰に当てて高笑いをしていた。


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