第151話 エルガルド帝国動乱⑦
城門が破られた瞬間に敵兵が雪崩れ込んでくる。
「かかれぇぇぇ!!」
指揮官の命令を受けて兵士達が迎え撃った。即座に槍衾を形成すると一斉に突き出した。
槍に刺し貫かれた敵兵達がチリとなって消滅するがすぐに次の兵が現れる。それをまたもやエルガルド兵が刺し貫いた。
城門が破られたとはいえ、エルガルド軍の士気は高く。なかなか突破することができない。
「ほう……足掻くものだ」
男は歪んだ笑みを浮かべつつ言う。表情も声も人間という種族を嘲っているのがありありとわかる。
チラリと後ろを見ると魔族に
(ワーノル、ご苦労であった)
(ミラスゼント様、勿体無いお言葉にございます)
その時、ミラスゼントの思念を男は察知し、恭しく答える。この男はミラスゼントの部下の天使でワーノルという。
(ワーノル、お前は城門の風通しをよくしておけ)
(直接、蹴散らさせていただきますがよろしいでしょうか?)
(構わん。好きにせよ)
(御意)
ワーノルはこれ以上ない嗜虐的な笑みを浮かべるとさやより長剣を抜き放った。
「さぁ、始めようか」
ワーノルはそのまま生み出した兵士達の肩に飛び乗るとそのまま跳躍する。空中のワーノルにエルガルド兵が一斉に槍を突き出すが、ワーノルは空中で長剣を一閃すると槍の穂先がまとめて斬り飛ばされた。
槍の穂先を斬り飛ばされた兵士達が自らの武器を失った事に気づくことはなかった。なぜならばそのままワーノルが長剣を一閃すると今度は兵士達の首がまとめて飛んだからだ。
二度目の斬撃により命を失った兵士の数は七名、全体的な数から見れば軽微な損害と言えるだろう。だが、それは今まで持ち堪えていた陣形の崩壊を意味するのだ。
崩れた陣形を立て直すよりも早くワーノルの生み出した兵が入り込むとそのまま陣形を突き崩した。
「いかん!!」
エルティーユ将軍の緊張の声が発せられるが、もはや敵を押しとどめるのは不可能であることは明らかであった。
ワーノルは嗤いながら長剣を振るい兵士達を斬り伏せ始めた。ワーノルの斬撃を兵士達は受け止めることも避けることもできず、草を刈るように兵士達は斃されていく。
「怯むな!! その将を討ち取れ!!」
指揮官達の命令はもはや悲鳴に近い。それほどまでにワーノルの剣技はエルガルド軍を圧倒していたのである。
「ぎゃぁぁぁぁ!!」
「な、なんだこいつ!!」
そこに城壁の至る所で兵士達の絶叫が上がるとエルティーユの意識がそちらへ向かう。すると城壁上に先ほどまでとは明らかに違う敵兵が城壁上で兵士達を蹴散らしているのが目に入った。
「な……何だと……」
新たに現れた敵兵の強さは先ほどの兵とは明らかに一線を隠す実力であった。城壁という地の理をもろともしない圧倒的な武力であり、エルティーユ将軍とすればあまりの不条理に呆然とするほどであった。
「これが……魔族の力なのか……」
エルティーユ将軍の声には諦めの感情が含まれている。魔族の強さは知っているつもりであったが、ここまでとは思ってなかったのである。
もちろん新しく現れた敵兵はワーノルと同じく天使達であるが、もちろんエルティーユ将軍はその事実を知らない。
「エグルヌ大隊長戦死!!」
「ミュダー中隊長戦死!!」
「第二大隊壊滅!!」
「第五大隊壊滅!!」
そこからエルティーユの元に次々と凶報が届けられる。
その凶報はエルガルド兵達に死の予感を与えたのは間違いない。死の予感が恐怖を呼び起こすとエルガルド兵達の動揺は大きくなっていき、少しずつ軍としての体裁を失っていく。
(まずい!! このままでは)
エルティーユが軍としての統率をなくすまいと声を張り上げようとした時に一人の凜とした声が響き渡った。
「我が勇猛なエルガルド兵達!! 聞きなさい!! ここで戦わねばエルガルドが滅ぶ!!」
声の主にエルティーユ将軍や幕僚達の視線が集まった。そこには純白の鎧に身を包んだラフィーヌがエルガルドの旗を手にして立っている。その背後には武器を持った市民達が立っていた。
「姫様……」
「皇女殿下……」
「摂政閣下……」
エルティーユ将軍や幕僚達の声は静かであった。しかし、その声には明らかに希望が含まれている。
「みな聞けぇぇぇぇぇぇぇ!!」
エルティーユ将軍が大音声で叫ぶ。
「我らのためにラフィーヌ皇女殿下が来てくださったぞ!! みな奮起せよ!! 皇女殿下がこの危険な最前線に来ていただいた!! 命をかけているのは我々だけではない!! 皇女殿下もそうなのだ!! この意気に今応えずしていつ応えるというのだ!! 戦え!!」
『ウォォォォォォォォ!!』
エルティーユ檄に第四軍の兵達は奮い立つと雄叫びを上げた。
雄叫びを上げた兵士達は敵兵達を睨みつけると一斉に襲い掛かった。先ほどまでの浮足だった様子は一切ない。
「ち……まさか、ここで出てくるとはな」
ワーノルの口から忌々しげな声が発せられる。結果は変わらないが、今までのような草を刈るようにエルガルド兵達を斬り伏せることはできないことを察したのだ。
「ふ、ゴミ虫どもが足掻きおって……」
「ミラスゼント様」
「ワーノル、お前は他の者達と同じようにクズどもを始末しておけ」
「はっ」
ワーノルに声をかけたのはシルヴィスの姿をしたミラスゼントであった。ミラスゼントの両隣には二人の男が立っている。
「ザルム、ガルウィムいくぞ」
「了解〜」
「ああ」
ミラスゼントの言葉に名を呼ばれた男達が短く返答するとニヤリとした嗤みを浮かべると進みでる。ミラスゼントへの返答が敬語でないことはこの男達が天使ではなく神に名を連ねる者であることを示している。
「うぉぉぉ!!」
先ほどとは士気が段違いに跳ね上がったエルガルド兵であるが、神相手では分が悪すぎた。
ミラスゼント達はほとんど斬り結ぶことなく兵士達を斬り捨ててラフィーヌの元へと歩き出した。
「シルヴィス!!」
ラフィーヌが憎悪のこもった目でミラスゼントを睨みつけた。視線で怨敵を殺せるというのならば間違いなくミラスゼントはこの段階で死んでいたことだろう。
「やぁ、ラフィーヌ。エルガルドはもう終わりだな」
「黙れ!!」
「おいおい、何を怒ってるんだ? せっかくお前が助かるように話をしてやろうと取引を持ってきたというのに」
「取引?」
ラフィーヌの怪訝な声にミラスゼントはニヤリと笑う。
「そうさ、この帝都の民を奴隷として差し出せばお前
「何をふざけたことを!!」
「ふざけてなどいないさ。お前はわかっているはずだ。もうエルガルド帝国は終わりだとな」
「滅びてなどいないわ!! 私たちは貴様達魔族に屈することはない!!」
「ふはは、哀れなやつだ。そうだな。民の手前本心を語ることはできないだろうなぁ」
ミラスゼントはニヤリと嗤うと危険を察した騎士達がラフィーヌの前に立ち塞がった。
「ん〜? 邪魔だよ」
ミラスゼントは邪悪な嗤いを浮かべたまま右腕を無造作に振った。その瞬間、ラフィーヌを守るために立ち塞がった騎士達の上半身がちぎれ飛んだ。
「ヒィィィィ!!」
「ば、化け物だ!!」
ラフィーヌの後ろに立っていた市民達の中から恐怖の叫びが上がった。
ラフィーヌも気丈な表情を崩すことはなかったが、カタカタと体が震え、歯がガチガチと鳴るのがラフィーヌの恐怖を示していた。
それを庇うようにアルマがラフィーヌの前に立った。
「アルマ、下がりなさい!!」
ラフィーヌの声は鋭いものであったが、恐怖のために震えている。
「申し訳ありませんが、その命令だけは聞けません。ラフィーヌ様より後に殺されるなど私にとってこれほどの屈辱はございません。せめて一瞬でもラフィーヌ様を守って死にたいのです!!」
「アルマ!!」
「う〜ん、麗しい主従愛だね〜。感服したよ。その意気に免じて君から引き裂いてやる」
ミラスゼントの嫌らしい嗤みが発せられた。その邪悪な嗤みにラフィーヌは違和感を感じ自然と声を発した。
「お前は……何者? あの男ではないわね」
ラフィーヌの口から出た言葉に驚いたのはラフィーヌ自身であった。
「俺はシルヴィスだよ」
ミラスゼントは邪悪そのもの嗤みを浮かべながら言い放つと右手を振りかぶり殺意を込めて振るう。ラフィーヌは恐怖のあまり反射的に目を瞑った。
ギキィィィン!!
「ほう……よく防いだな」
ミラスゼントの嘲る言葉にラフィーヌは目を恐る恐る開けた。
目を開けたラフィーヌの目に三人の背中がうつった。
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