第149話 エルガルド帝国動乱⑤

「な……何という数だ……」


 エルティーユ将軍が指揮台から魔族の軍勢を見た時に呻き声と共に漏らした言葉がこれであった。

 帝都を囲む魔族の軍勢からは強烈な圧迫感が感じられた。


「こいつら一体……どうやって……」


 幕僚の言葉はエルティーユ将軍も不思議で仕方がない。軍の移動というものは、数が多ければ多いほど長大となり、動きが察知されることになる。これほどの大軍勢をエルガルド帝国内にありながら誰にも気づかれることなく移動させることなど不可能だ。

 転移術を使った可能性も考慮したが、これだけの大軍勢を転移させるには膨大な魔力が必要であり、少なくともエルガルド帝国にはそれを可能とする手段は存在しない。


「奴らの展開にはどれくらいかかる?」


 エルティーユ将軍の問いかけに幕僚の一人であるザイオスが緊張を孕んだ声で返答した。


「あの軍勢の数……展開具合をみたところ、四時間と言ったところと思われます」

「そうか……時間からすればこちらの方が早いな」

「はい」

「帝都を守る防壁……これのおかげで何とか持ち堪えることもできるはずだ」

「はい。……しかし、食料の備蓄状況はどれほどなのでしょうか?」

「……」


 ザイオスの問いかけにエルティーユは苦い顔をする。元々、この帝都での戦いは想定していなかった事態だ。まず魔族との戦場となるのはラディンガルドであり、どれほどの規模の軍を援軍に送り、武器食料を用意するかを協議していたところなのだ。

 そのため帝都がいかほどの兵糧を蓄えているかをエルティーユ将軍が知らないのも仕方のないことなのだ。


「兵糧の確認は後だ。まずは敵の第一波を防ぐことに全力で臨め!!」

「はっ!!」


 エルティーユ将軍の言葉に幕僚達は敬礼を行うと準備に動く。


 エルティーユ将軍は椅子に座ると思案に入る。


「中核は私の第四軍……近衛騎士団は戦力にならん……レンゼンハイル侯、ウィーグル伯が生きてさえいてくれれば私は後顧の憂なく戦えたというものを……」


 エルティーユ将軍の声は限りなく苦い。近衛騎士団を率いていたレンゼンハイル侯とウィーグル伯はエルティーユ将軍と交流があり、その力量のみならず人格的にも信頼していたのだ。


「ぼやいても仕方がないな。何とかこの帝都を守り切らねば……それに陛下や姫様方を守り切らねば……」


 エルティーユ将軍の声に力が込められた。ルドルフ4世、皇后リティル、皇太子アイゼルク、皇子ジランという国家の柱をエルガルド帝国は突然失った。

 先帝の孫であるセラムが皇帝として即位したが、乳幼児であるセラムに政務など執ることはできるわけはない。摂政としてラフィーヌが政務を取り仕切っているが、将来的にはともかく現時点でラフィーヌはルドルフ4世に及ばない。だが、それでも必死にエルガルド帝国を支えようという皇女を見限ることなどできるはずもない。


「将軍!!」


 そこに幕僚の一人が駆け込んできた。


「どうした?」

「敵軍の編成が終わりつつあります!!」

「何だと!?」


 エルティーユ将軍の声が明らかに上ずった。ザイオスの見立てが甘かったのでは決してない。そのことはエルティーユ将軍も他の幕僚達も十分にわかっている。


「魔族は……この短期間に陣形の編成が行える……」


 エルティーユ将軍の声に緊張が走る。それは魔族の軍の練度が自分たちよりはるかに高いことを思い知らされたのだ。


「敵軍は我々が戦ったどの軍よりも強い」

「はっ」

「こちらの準備はどれほどだ?」

「……三割ほどです」

「そうか……厳しいな」

「しかし、ここで諦めるわけにはいきません」


 幕僚の言葉にエルティーユ将軍はギロリと睨みつけた。将軍の眼光に幕僚は腰が抜けそうになったくらいだ。


「誰が諦めると言った? 攻撃が始まるまでに何とか五割に持っていけ!! 後の五割は戦いながら準備を進めるしかない!!」

「はっ!!」

「やってくれるな」


 エルティーユ将軍はギリッと唇を噛んだ。


「市民……の混乱をおさめるためにもここは凌がねば」


 エルティーユ将軍の言葉は、突然市民が戦争に巻き込まれたことによるパニックを恐れたことに他ならない。

 動揺した市民が軍の邪魔をするだけでなく反逆に回られる可能性があるのだ。どのような強固な城であっても内通者により落ちるということなど例としていくらでもある。


「将軍、敵の動きが止まりました……陣形が整ったようです」

「迎撃用意!!」

「はっ!!」


 将軍の命令を受けた幕僚がチラリと視線を向けると兵士が敬礼を行い旗信号で合図を送る。


 弓兵達が矢をつがえ始めた。同時に魔術師達も詠唱を魔術の展開を始めた。


 城壁の上で迎撃が整っていくが、敵は構わずゆっくりと歩を進めてくる。まるで人間の迎撃など歯牙にも掛けないという印象である。


 ザッザッザッ!!


 ……ザッ!!


 敵軍が迎撃の間合いギリギリで一斉に止まった。


「おい。なんで止まるんだ?」

「間合いのギリギリだぞ」

「一糸乱れない統制だ……強いぞ」


 兵士達の中から敵軍の力量の高さに緊張が一気に高まった。兵士達の緊張が高まっているのは敵から向けられる殺意の強さを肌で感じているからだ。

 それは敵が力を溜めていることを察することのできない未熟者がエルガルド帝国軍の中にはいない事の裏返しと言える。


「来た!!」


 敵軍が速度を上げて突っ込んでくるのを見た瞬間に兵士の中から声が発せられた。


「放てぇ!!」

「迎撃開始!!」

「迎撃せよ!!」

「攻撃開始!!」


 中級指揮官たちの命令が下されると一斉に弓兵達が番た矢を一斉に放った。


 降り注いた矢が敵兵を射抜くと敵兵達はチリとなって消滅した。


「こいつらは何かの術で形成された兵だ!!」

「くそ!! 術者を斃さないと!!」


 兵士達から悲鳴にも似た声が発せられた。


 ドゴォォォォォォ!!

 ゴゴォォォォォ!!


 魔術師の放った火球が次々と放たれ兵達をまとめて薙ぎ払った。吹き飛ばされた兵達は先ほど同様にチリとなって消え去った。


「くそ!! 取りつきやがった!!」



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