第146話 閑話 〜シルヴィスの気づき〜

「……い!!ヴェルティア!!どうした?」

「ふぇい!?」


 シルヴィスの問いかけにヴェルティアは驚きの声をあげた。シルヴィスにとってヴェルティアの奇行はさほど珍しいものではないのだが、今日のヴェルティアの様子はおかしい種類が違っているのだ。


「お前どうしたんだ? 頭が痛いのか?」

「いえ!! 何でもありません!! 今日はいい天気ですね!!」


 シルヴィスの言葉にヴェルティアの返答は完全に的外れであり、それがシルヴィスにとって首を傾げざるを得ない。チラリとディアーネとユリを見ると二人は明らかに事情の察しが付いているようではあるが、聞いても答えてはくれないことをシルヴィスは何となく理解した。


(ヴェルティアのやつ昨夜なんかあったのかな?)


 シルヴィスはヴェルティアが自分のことをちらちらと見ている事に気づいており、ムズムズするという感じなのだ。


「おい、ヴェルティア。お前本当に何もないのか? さっきから俺に視線を送って来てるけど何か気になることでもあるのか?」

「べ、別に見てませんよ!! はい!! シルヴィスのことを意識しているわけではありませんよ!!」

「お前、何言ってるんだ? 俺の頭に寝癖でもついているのか?」

「いえ、そ、そんなことはありません!! シルヴィスはいつも通りです!!」

「ふ〜ん……まぁいいか」


 シルヴィスは首を傾げながら話を打ち切る気配を見せた。その様子にヴェルティアは明らかにホッと胸を撫で下ろしたようであった。


 しかし……


 ムニッ!!


 シルヴィスが生じた隙を見逃すことなくヴェルティアの両頬を摘み上げた。


「……お前、本当にどうしたんだ? いくら何でも反応ひとつできないなんておかしいだろ?」

「ふぇつに問題なんひゃないでひゅよ!!」

「お前……まさか」

「え?」


 シルヴィスがヴェルティアの目を真っ直ぐに見つめると、ヴェルティアの頬が見る見るうちに赤くなってきた。


「二日酔いか?」

「え?」

「いや、昨夜酒を浴びるほど呑んだんじゃないかと……」

「そ、そんなわけないじゃないですか!! 私はアインゼスの皇女ですよ!! 二日酔いなんてするわけないじゃないですか!! いえ!! そもそも私はお酒を嗜んだことなんかないです!!」

「じゃあ、どうして様子がおかしいんだよ?」

「それはシルヴィスのことが気になってるからですよ!!」

「ん? 俺の何が気になってるんだ?」

「よくわからなくなったんですよ!!」

「?」


 ヴェルティアの言葉がいまいち要領を得ないためにシルヴィスは首を傾げた。


「まったく、どうしてわからないんですかね?」

「お前、随分と無茶なこと言ってるぞ」

「う〜ん、中々伝わりませんね〜。シルヴィスの鈍さは絶望的ですね。反省してください!!」


 ヴェルティアの言葉はかなり支離滅裂なものでありシルヴィスも戸惑ってしまう。


(ふふふ、確実に効果はありましたね)

(ああ、お嬢がシルヴィス様を意識したのは間違いないよ)

(ええ、シルヴィス様もヴェルティア様の様子に戸惑っていますが、この辺りで少しシルヴィス様も突っついておきましょう)

(うん)


 ディアーネとユリは二人の会話に割り込むことにした。


「ヴェルティア様、少し落ち着きましょう」

「そうだよ。さすがにシルヴィス様も困ってるよ」

「う〜この頭脳明晰な私がどうして答えを出せないのでしょう? 不思議でなりません!!」


 ヴェルティアが頭をポカポカと叩きながら困ったように言うとディアーネとユリがヴェルティアの方をポンポンと叩いた。


「ヴェルティア様、戸惑われるお気持ち痛いほどわかります。ここは我々にお任せいただけませんか?」

「そうそう。私らも仕事一筋できたから経験はないんだけど、少しばかり年上だから察しはついてる」

「ふ、二人とも!! 何と素晴らしい!!」


 ヴェルティアは二人の言葉にぱっと顔を輝かせた。


「シルヴィス様」

「は、はい」


 ディアーネがシルヴィスをまっすぐ見つめて真剣な表情で言う。ディアーネの真剣な声にシルヴィスも緊張感を高めた。


「昨夜、私たちはヴェルティア様の結婚観についての話になりました」

「はぁ」

「ことあるごとに言っておりますが、ヴェルティア様は我がアインゼス竜皇国の皇女です」

「ええ、わかっています」


 シルヴィスは何を今更という声で返した。


「ええ、しかしヴェルティア様の秀ですぎた能力のためにつまらぬ男達では隣に立つことは叶いません」

「でしょうね」

「はい。しかし、隣に立つことのできる方がいることを伝えたわけです」

「……それってまさか……俺……ですか?」


 シルヴィスが恐る恐る言う。さすがにこの流れで自分のことであると思わないほどシルヴィスは鈍いわけではない。


「はい」


 シルヴィスの問いかけをディアーネは簡潔に肯定した。同時にユリもうんうんと頷いており、シルヴィスは戸惑ってしまう。


「ちょ、ちょっと待ってください!!」

「何か?」

「ヴェルティアは皇女、俺は人間、しかも生まれは平民ですよ」

「それが何か?」


 シルヴィスの言葉にディアーネはスパッと一刀両断した。


「シルヴィス様も意外と頭が硬いよな」

「え?」

「単刀直入に聞くんだけど、お嬢のことは嫌いか?」

「いいえ」


 シルヴィスの即答にユリはニヤリと笑う。


「だよね。お嬢とシルヴィス様が一緒にいることに誰が文句を言うと考えるわけ?」

「え? そりゃ竜皇国のお偉方が反発するんじゃないですか?」

「なんで?」

「だってヴェルティアと一緒にいるということは結婚相手ということになりますよね。普通に考えて反発がないとは思えませんよ」


 シルヴィスの返答にディアーネとユリはニンマリと笑った。その表情にシルヴィスは怪訝な表情を浮かべた。


「な、何ですか? その笑顔は?」

「あれあれ〜シルヴィス様はどうしてお嬢の結婚相手の話をしていると勘違いしてるのかな〜」

「え?」

「そうですよ。私はヴェルティア様の隣に立つことのできる方としか言っておりませんよ」

「あ……」


 二人の言葉にシルヴィスは自分が嵌められたことを察した。


「シルヴィス様もヴェルティア様が恋愛の対象であることがわかって非常に嬉しいですよ」

「そうそう。安心したよ。きひひ」


 二人の言葉にシルヴィスとヴェルティアは視線を交わすと二人とも少し頬が染まった。

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