第106話 暗躍④

「ヒィ!!」


 ヴェルティアに吹き飛ばされた黒装束の無惨な死に様が黒装束に与えた衝撃は凄まじいものであった。自分達とは根本的に違うと思い知らされたのだ。


「さぁて、どんどん行きましょう!!」


 ヴェルティアはニヤリという嗤いを浮かべると黒装束に言い放った。ヴェルティアの容姿は美の結晶と呼ぶにふさわしいものだ。それほどの美少女の笑顔であればニコリという表現がふさわしいのに、どう見てもニヤリという竜が威嚇したよりも遥かに恐怖感を黒装束達に与えたのだ。


 もちろん、ヴェルティアがこのような態度をとることは非常に珍しい。ここまでヴェルティア、いや四人がここまで怒っているのは不穏な空気を感じ、駆けつけた時にレーザンに覆いかぶさったガルエルムに何度も黒装束達が剣を突き立てているのを見てしまったのだ。


 それは黒装束達にとって裁判なしで死刑執行書にサインしたのに等しい行為だったのだ。


(俺だとこいつらに恐怖を与えるという目的でやるんだが、こいつがやると素なんだよな。まぁ加減・・はしてるけどな」


 シルヴィスはヴェルティアの行動をそう評した。ヴェルティアのやったことはシルヴィスもやろうと思えば可能だ。だが、それは相手に恐怖を与えて戦いを有利に進めるために行うためのものだ。だがヴェルティアは完全に素でシルヴィスと同じことを行うのだ。

 これはシルヴィスが強者になった・・・のに対して、ヴェルティアは強者として生きてきた・・違いであろう。

 ただ、ヴェルティアは最後の最後で加減した。もしヴェルティアが何の加減もせずに拳を振るえばシルヴィスの張った結界などまとめて吹き飛ばしていたことだろう。考えなしに行動しているように見えながら意識せずに押さえるところは抑えるというのはヴェルティアが戦闘に関しては真の天才ゆえと言えるだろう。



「ヴェルティア、粉々にするなよ。後片付けが大変だろ」

「あ、そうですね。反省します!!」


 シルヴィスの言葉にヴェルティアが反省の弁を述べると、ヴェルティアの拳が黒装束の一体を吹き飛ばした。吹き飛ばされた黒装束は結界にぶち当たると絶命した黒装束がそのままずり落ちていった。

 確かに1回目は粉々になっており、2回目は粉々にはなっていない。しかし、無残な死体ができたという事実は何も変わらず黒装束達にとって悪夢は変わらないのだ。


「てぇい!!」


 ヴェルティアの拳が黒装束に叩き込まれると骨の砕ける音が周囲に響き、再び結界にぶち当たり死の華を咲かせた。


 シルヴィスも容赦なく黒装束達に襲い掛かる。一体の黒装束がシルヴィスに刺突を行うが、シルヴィスはそれを躱すと同時に拳を叩き込むとのけぞった隙に肩を掴んでクルリと回すと延髄にナイフを突き立てた。

 延髄を断ち切ったナイフを抜き取ると黒装束の目がグルリと回りそのまま崩れ落ちる。延髄を断たれた黒装束は地面に倒れ込んだ時には既に絶命している。


「こ、こいつ!!」


 仲間を殺された二体の黒装束がシルヴィスに襲いかかった。シルヴィスは下がることなく逆に間合いを詰めると、黒装束の喉に抜き手を放つとシルヴィスの右指が黒装束の喉を穿った。

 シルヴィスは穿った抜き手をそのまま横に薙ぎ、その勢いのまま回転するともう一体の黒装束の右耳に掌打を叩き込む。シルヴィスの掌打の威力に黒装束の脳は大きく損傷を受けたのだが、それで終わりではなかった。シルヴィスは左手刀で頸部を打ち付けたのだ。


 再び放たれた衝撃に黒装束の頭部の中ではシルヴィスの放った二打の衝撃が嵐となって荒れ狂い脳を大きく損傷させたのだ。


 黒装束の目、鼻、耳から血が溢れ出し崩れ落ちた。


 シルヴィスの技量に黒装束達は恐れを見せる。黒装束達も殺しを生業にしている以上、シルヴィスが何をしたか理解した。それゆえに恐怖が倍増したのだ。


「うわ、うわ!!」

「ヒィ!!」


 黒装束達は精神の均衡を崩すと恐慌へ陥った。


 恐怖に囚われた黒装束達は連携、身につけた技量を発揮することができなくなり、シルヴィスとヴェルティアという災禍に次々と敗れていく。もはや戦いというよりも狩の様相を呈している。


 しかし、それは外から見た話であり、シルヴィスとヴェルティアは油断とは程遠い心境である。竜が蟻相手に油断しないのだから、黒装束とすれば絶望以外の何者でもないだろう。


「すぐに……」


 ディアーネがガルエルムに駆け寄ると治癒魔術を施そうした。しかし、ディアーネの顔が曇る。ガルエルムは致命傷を受けており、助けることができないのを察してしまったのだ


「……も……う、遅い……」

「申し訳ありません。我々がもう少し早く来ていれば」

「い……や、レーザンだけ……で…も…」

「わかりました。応急処置を行います」


 ディアーネはガルエルムを横に寝かせるとレーザンに治癒魔術を施した。


「私よりも……閣下を頼む」


 レーザンは治癒魔術を受けて効果が現れたのだろう。少しだけ苦痛に歪む顔が和らいだように見えた。


「……残念ですが、こちらの方は手遅れです」

「そんな……」

「レーザン……こちらの……お嬢さん……の言った通りじゃ……お前には……後を頼む……ぞ」

「閣下!!」

「すまぬが……シャイルに伝えてく……れ。お前という……息子を誇りに……思うと」

「閣下!!」

「リーゼ……には……ありがとう……と伝えて……く…れ。ソシュル……には……大好きじゃ……と伝えてく……れ」


 ガルエルムはそういうと目を閉じる。レーザンは慌ててガルエルムの手をとる。いかに助けることが出来なくともそれでもせめて手を握らねばならないという気持ちだったのだ。


「お任せください!! 必ずご家族には必ずお伝えいたします!! 後のことはこのレーザンに万事お任せください!!」


 レーザンの言葉を聞いたからか、ガルエルムは口の端を少し上げると手から力が完全に抜けた。


「閣下ぁぁぁぁ!!」


 レーザンは敬愛する上司が逝ったことを察すると慟哭が口をついて発せられた。


「この方の遺体を頼めますか?」

「……はい」

「あなたの応急処置は既に終わっております。私は他の方々の治癒を行います」

「わかった」


 ディアーネはそう言って立ち上がると一本の斧槍ハルバートを空間から取り出した。


「シルヴィス様の命により治癒にあたるべきですが……二、三体であれば大した時間はかかりませんよね」

「え?」


 ディアーネはレーザンの疑問の言葉に答えることなく、そのまま倒れ込む護衛達の元へ駆け出した。ただし、一直線ではなく微妙に迂回してその時に黒装束の胴を両断した。


「がぁぁぁぁ!!」


 胴を両断された黒装束が苦痛の声を放つのを無視して次の黒装束の首を跳ね飛ばすのが見えた。


「な……何という強さだ」


 レーザンはこの時、黒装束達が四人により狩られている状況に気づいたのだ。


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