第90話 救世主にならされた者達⑤

 ゴブリン達の生き残りはいないという確信を持ったレンヤ達は、帝都へ帰還することになった。

 その途中の馬車内で、レンヤとヴィルガルドは必要最小限の言葉しか交わさない状況であり、エルナもゴブリン掃討の際に二人に何らかの諍いがあったことを察しているが、理由を二人に尋ねても「何でも無い」「たいしたことは無い」とだけ返答があったのみだった。


 ただ、両者の間にある雰囲気は決して険悪なものではない。


 レンヤは何かを考え込んでおり、ヴィルガルドはレンヤが答えを出すことを待っているという状況であるようにエルナには思われた。


(結局は時間が解決するのを待つしか無いのね)


 エルナの出した結論がこれであった。そう判断したエルナは魔術書を読んで時間が解決することを待つことにした。


 こうして、三人の馬車は静かに帝都へ向けて進んでいく。


 そしてゴブリンを掃討して二日後のことである。


 寝静まった野営地に何者かが転移してきたのだ。当然、転移の気配を見逃すような盆百の実力者はこの一行にはいない。


「ラフィーヌ様に至急お伝えすることがございます!! 何卒お取り次ぎを!!」


 転移してきた者はエルガルド帝国の近衛騎士であり、体中の所々から血を流していた。明らかにただ事ではない。


「しばし待たれよ」


 本来であれば、用件を尋ねるのだが、騎士の鬼気迫る様子から、自分達の想像外の出来事が帝都で起こった事を察したのだ。


 騎士がラフィーヌに伝えるために走り出した。


 わずかの時間でラフィーヌだけでなくレンヤ達も騎士達の元に集まった。時間は既に夜半であったのだが、転移してきた騎士の様子に不満を表す者など誰もいない。むしろ騎士が何を伝えるかが気になっている。


「ラフィーヌです。何があったのですか?」


 ラフィーヌの言葉に騎士は下げた頭を上げると意を決したように口を開く。その様子に周囲の者達の緊張感が高まっていく。

 

「はっ!! 陛下崩御にございます!!」

「なっ」


 騎士の言葉にラフィーヌの驚きの声が発せられた。同時に周囲の者達も驚愕が広がっていく。


「それだけではございません!! リティル皇后陛下、アイゼルク皇太子殿下、ジラン殿下……ご逝去!!」


 次いでもたらされた報告にラフィーヌは顔を青くした。騎士の告げた名前はラフィーヌの家族達だ。


「な、なぜ……? お父様、お母様……お兄様が……」


 ラフィーヌの声は震えている。


「はっ!! 魔族の襲撃にございます……」

「魔族による襲撃……」

「はっ……近衛騎士が応戦いたしましたが力及ばず、近衛騎士団長レンゼンハイル侯、副団長ウィーグル伯は討ち死に……近衛騎士団は半壊状態です……」


 次々ともたらされる凶報にラフィーヌのみならず周囲の者達も顔を青くしていく。近衛騎士団は皇族を守るための騎士団で所属する騎士達のレベルは非常に高い。団長と副団長の実力も高く並の魔族であっても容易に斬り伏せる事が可能なほどの実力を持っているのだ。


「アジェリナは!? アジェリナは無事なの!?」


 ラフィーヌが尋ねた名であるアジェリナとはラフィーヌの五つ下の妹である。ラフィーヌはアジェリナを可愛がっており、その無事を願うのは当然というものであった。


「アジェリナ皇女は無事でございます。襲撃時に陛下達とは別の場所におりましたのが幸運でございました」

「そう……よかった。みな……聞きなさい」


 ラフィーヌの言葉に全員が姿勢を正した。


「これより私は帝都へ戻ります。レンヤ、ヴィルガルド、エルナ……一緒に来てくれますか?」

「は、はい。もちろんです」


 ラフィーヌの依頼にレンヤが了承し、二人も頷いた。その様子にラフィーヌはほっとした表情を浮かべた。


「アルマ、あなたも来なさい」

「承知しました」

「他の者達は当初の予定通りの日程で戻りなさい。レシディル、指揮を」

「はっ!!」

「それからその者に手当と休息を」


 ラフィーヌは指示を出すとレンヤ達へ視線を移した。


 エルナが転移魔術を展開すると魔法陣が描かれた。エルナの転移魔術は一度に転移させる事が出来るのは五人が限度なのだ。

 五人が転移魔術により姿を消すと、残された部下達はそれぞれの仕事に戻っていく。その顔は不安に満ちていた。


 * * * * *


「これは……」

「こんな……」


 帝都にある皇宮に転移してきた一行は息を呑んだ。


 あれほど荘厳な威容を誇っていた皇宮の壁は崩れ、所々に火が出たのだろう煤で汚れている。


「皇女殿下!! ご無事で!!」


 転移してきたラフィーヌ達を見た騎士や魔術師達の顔に希望が浮かぶ。


「お父様達の……遺体は?」


 ラフィーヌの言葉に騎士達が表情を引き締める。皇族を守る立場である自分達が守るべき主を守れなかったなど屈辱の極みというものだ。


「大聖堂に……」


 騎士の一人が苦渋の表情で答えるとラフィーヌは静かに頷いた。


「わかったわ。皆はそのまま後処理を行いなさい」

「はっ!!」


 ラフィーヌの命令に騎士、魔術師達は一礼するとそれぞれ散っていった。


「いきましょう……」


 ラフィーヌの言葉にレンヤ達は頷くと大聖堂へと向かって歩き出した。大聖堂までに数々の騎士、魔術師、侍女達とすれ違うがみな暗い顔をしていたが、ラフィーヌ達を見た瞬間に希望の表情が浮かんだ。


(みんな、どうしたらいいか不安なんだ)


 レンヤはその様子を見てラフィーヌだけでなく自分達にも希望を持ってくれているのを感じていた。


(みんなの期待にこたえなきゃいけない)


 レンヤは心の中でそう考えるようになっていた。それは自分がやるべきことを自覚し始めた証拠であるといえるかも知れない。


「開けなさい」


 大聖堂の前にいる騎士達にラフィーヌが命じると騎士達は大聖堂の扉を開けた。


 並べられた柩の前で一人たたずむ少女が振り返った。ラフィーヌの顔を見ると駆けつけてきた。


 少女はそのままラフィーヌに抱きついた。


「アジェリナ……つらかったわね」

「お姉様ぁぁぁぁ!! お父様が!! お母様が!! お兄様が!!」


 アジェリナの慟哭が大聖堂の中に響いた。

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