第88話 救世主にならされた者達③

 ゴブリン達の大群がいるという森林地帯に到着し、一行は即座に斥候を放った。


 わずか一時間ほどでゴブリン達のいる場所が特定されるとレンヤ達三人はゴブリン討伐に向かった。

 ゴブリン達に向かうのはレンヤ達三人ということになった。ラフィーヌが騎士達の同行を進めたが、ラフィーヌの護衛が手薄になることを理由に三人だけで向かうことにしたのだ。

 もちろん、ラフィーヌにしてみればいらぬ心配というものであったが、おとなしく申し出を受けた。しかし、当然だが隠密に秀でた者達を何人かついて行かせている。


「いよいよか」

「いいぁ、レンヤ。これを訓練と思うなよ。実戦だ」

「わかってる」


 ヴィルガルドの注意にレンヤは即座に答える。


 レンヤは真面目であった。自分の力が騎士達を上回っているといっても所詮は練習であり、命のやりとりとは異なるということをわかっている。

 ゴブリンという魔物は単体では勝てる自信はある。だが、どのような連携を行うかは現段階では何もわからない。ひょっとしたら仲間・・が死ぬかも知れないと思うと余裕でいられないというものだ。


「……いるぞ」


 ヴィルガルドの鋭い言葉にレンヤはゴクリと喉を鳴らした。


(不思議だ。これから殺し合いを始めるというのに怖くない・・・・。喧嘩一つしたことのない俺が……だ)


 レンヤは自分の心境に驚いていた。不安はある。だがそれは自分の死を心配している故のものではなく、自分以外・・の者が死ぬかも知れないという不安であった。


 この心境は逆に言えば、自分の強さがゴブリンに負けるわけがないという自信の表れであった。

 これはレンヤに与えられた祝福ギフトからくるものであった。ディアンリアが与えた祝福ギフトは単に身体能力の大幅な上昇だけでなく、戦闘技術・・・・も含まれている。その意味では潜在的な能力で言えばレンヤ、ヴィルガルド、エルナは超越者の立ち位置にいるのだ。


 しかし、潜在的な能力がすでに超越者であってもいきなりすべてを扱えるわけではない。レンヤ達に課された訓練は、戦闘技術を身につけたというよりも、自分に宿った戦闘技術を使いこなす・・・・・ためのものなのだ。このことはレンヤ達のみでなくエルガルド帝国の者達も知らないことであった。


 救世主として連れてこられた者達は神々にとって駒であり、エルガルド帝国の者達もまた盤上の駒であり、悲喜様々な模様を神達は見て楽しむのである。


「いた」


 レンヤの言葉が耳に入った瞬間にエルナが魔矢マジックアローと呼ばれる魔術を放った。


 ビシュン!!


 高速で放たれたエルナの魔矢マジックアローはゴブリンの頭部に命中すると、頭部のみならず上半身が消滅した。エルナの魔矢マジックアローはそのままの勢いで、ゴブリンの背後にあった木々を穿つと木々は一斉に倒れた。


「え?」


 エルナの口から呆然とした声が発せられた。エルナの感覚ではゴブリンの頭部を吹き飛ばすという予想であったが、それよりも遙かに高出力であったためだ。


『ギギケェェェェ!!』

『ギギ!!』

『ドルクラ!!』


 仲間の突然の死にゴブリン達は何やら騒ぎ出した。ゴブリン達は簡単な武装をしているが剣、盾、槍、戦斧、弓など多彩な武器を持っている。


 ピィィィィ!!


 一体のゴブリンが首にさげていた笛を思い切り吹くと甲高い音色が響き渡った。


「くっ!!」


 エルナは魔矢マジックアローを四射するとゴブリン達の命が終わった。


「ごめんなさい……まさか、こんな威力があるなんて思わなかったの」


 エルナはシュンとした様子で二人に謝罪する。


「仕方ないさ。むしろ厄介なのはゴブリン達が逃げ出すことから、こっちに向かってくるなら願ったり叶ったりさ」

「まぁ、こいつらは斥候みたいだ。敵襲が知れたと言っても大した問題じゃない。向かってこなくても防御を構えるとかそういうものだろうな」

「どうして防御を構えると思うんだ?」

「こいつらの武装を見ただろう。品質はともかく全員に武器が行き渡ってる。いいかえればそれだけの生産力があるということだ」

「村があるということか?」

「ああ、恐らくは繁殖力の強いゴブリンだ。最初は小さな集落がこの森に定住して、急激に数を増やしたんだろう」

「その村を発見して全滅させるというわけだな」

「ああ……レンヤ」


 ヴィルガルドが表情を引き締めてレンヤに言う。その雰囲気にレンヤもまた緊張感を高めた。


「レンヤ、お前は強い。それは間違いない」

「いきなり何だよ?」

「だが、他者の命を奪うには強さだけでなく覚悟が必要だ」

「覚悟……」

「俺たちがこれから戦うのはゴブリンだ。だが、村があるということは、そこには子供のゴブリンがいる。当然だが、子供のゴブリンであっても見逃せばそいつらが繁殖して再び村を形成する」

「……わかってる」

「弱者への思いやりはすばらしい。だが、その結果……悲劇がおきることだけは避けなければならない」


 ヴィルガルドの言葉には妙な迫力があった。その声と表情にレンヤはヴィルガルドの過去に何かあったことを察した。だが、そこには触れてはならない気がした。


「わかってる……ヴィルガルドやエルナに迷惑をかけるようなことはしない」

「わかってくれて嬉しいよ」


 ヴィルガルドは小さく安堵の言葉を発した。


(自分のミスで誰かが死ぬことほどつらいことはないからな……)


 ヴィルガルドは心の中で呟いた。


「二人とも、話はそこまでよ。ゴブリン達がやってきたみたいよ」


 エルナの言葉にレンヤとヴィルガルドは頷くと武器を構える。レンヤとヴィルガルドが前衛、エルナが後衛に自然と陣形をとった。


 そこに数本の矢が放たれた。射たのはもちろんゴブリン達だ。


 放たれた矢は三人の前にエルナが展開した防御陣を貫くことは出来ずに止まると次々と勢いを失って落ちていく。


魔矢マジックアロー!!」


 レンヤが魔術の名を叫ぶと魔力で形成された魔矢マジックアローが矢の放たれた方向へと飛んだ。


『ギャッ!!』

『グゥ!!』


 すると茂みの向こうから悲鳴が聞こえる。レンヤの魔術が相手に損害を与えたのだ。


「いくぞ!!」


 レンヤは剣を構えるとそのまま突っ込んでいく。その後にヴィルガルドが続く。少し遅れてエルナもレンヤを追った。


『ギャッ!!』


 エルナが茂みを抜けると既に数十体のゴブリンに囲まれたレンヤとヴィルガルドがいた。

 しかし、戦いは一方的であった。いや、戦いと呼ぶことが憚れるほどであり、一方的な殺戮と称してもよかったかも知れない。


 レンヤとヴィルガルドは剣に魔力を通し、振るうことで切れ味を増しているのだが、その斬撃は凄まじいものであった。ゴブリン達は武器で防ごうにも斬撃の速度に対応できずにレンヤの剣が通り過ぎた後に武器を掲げるほどであった。


 わずか二分でゴブリン達の死体の山が築かれた。


 レンヤとヴィルガルドは剣を一振りすると互いに頷いた。


「やつらはあちらから来た……いくぞ」

「ああ」

「わかったわ」


 レンヤの言葉に二人は即答すると三人は走り出した。


 その間に二回の襲撃があったがゴブリン達は三人を止めることは出来ずにすべて草を薙ぐように斬り伏せられた。

 ゴブリン達の死体を撒き散らしながらレンヤ達は走る。


「ここだ」


 レンヤが呟くと混乱して走り回るゴブリン達の姿があった。


「よし!! 任せて!!」


 エルナが即座に魔術を展開すると村の上空に巨大な雷の球体が現れた。エルナの実力ならばレンヤのように放つ魔術の名を告げることなく放つことが出来るのだ。


 突如上空に現れた雷の珠にゴブリン達は呆然と見上げていた。


 バチバチと放電をしていた雷の珠から突如、数十本の雷が放たれた。


 ドゴォォォォォォォォォ!!


 数十本の雷光はゴブリン達に直撃すると炭化した死体が村に転がった。


「すげぇな」

「ええ、明らかに威力が上がってるわね」


 レンヤの称賛をエルナはニッコリと笑って返した。自分の魔術の実力が桁違いに上がったことにやはり喜びがあるのだろう。


「おい、まだ終わってないぞ。ゴブリン達を皆殺しにするぞ」


 ヴィルガルドはそう言うと村だった・・・場所へ踏み込んでいく。


「手分けしよう。この状況だ。ほとんど死んでるだろうが油断するなよ」

「わかった」

「うん」


 ヴィルガルドの言葉に二人は即答すると三人は分かれて生き残りのゴブリン達を探すことにした。

 本来であれば敵地で個人行動は慎むべきだが、もはやゴブリン達は組織的な戦闘行為は不可能であるし、一つにまとまることでゴブリン達を逃がす可能性があるためにそうせざるを得なかったのだ。


 レンヤは二人と別れ、ゴブリン達の生き残りを探す。しかし、見つかるのは死体ばかりであり、それらのほとんどは炭化している。エルナの魔術の威力のすさまじさを目の当たりにした思いであった。


「ん?」


 レンヤの知覚に何者かの気配が引っかかり注意を向けるとゴブリンの子供二体がレンヤに恐怖と怒りの籠もった目を向けていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る