第87話 救世主にならされた者達②

 レンヤ達一行はゴブリンの大群という実戦形式の訓練に参加するため、王都を出立した。


 レンヤ達にラフィーヌが同行するということで、身の回りの世話をするための侍女、護衛の騎士達、補給物資を運ぶための兵士達と百人規模の集団となった。


 レンヤ達にあてがわれた馬車は皇族が使用するものと遜色ない最高級品で乗り心地は非常に良いものだ。


「しかし、こんな良い馬車での移動なんて俺たちも優遇されているものだな」


 ヴィルガルドの言葉にエルナもうなづいた。


「そうね。まさかこんな良い馬車に乗れるような日が来るなんて思ってもみなかったわ」

「二人の世界では馬車が主流なのか?」


 そこにレンヤが二人に尋ねた。


「レンヤの世界では違うの?」


 エルナの問いかけにレンヤは大きくうなづいた。


「ああ、俺達の世界では自動車ってのが馬の代わりになってる」

「自動車?」

「ああ、仕組みはよくわからんがガソリンっていう燃料を使って動くんだ」

「よくわからないわね」

「まぁ、俺もどういう原理で動いてるかは詳しくはわからないんだよな。工業高校とかに通ってたら伝えられんだろうけどな」

「へぇ〜レンヤの世界って随分と変わった世界なのね」

「ああ、魔法なんてものはなかったし、科学が魔法の代わりをしてるんだ」

「科学?」

「ああ、説明が難しいんだけど、とにかく科学が魔法の代わりに生活を豊かにしてるんだ」


 レンヤの言葉にエルナもヴィルガルドも首を傾げた。レンヤのいう科学が何かいまいち掴めないのだ。


「じゃあ、魔物とかにどうやって対処してるんだ?」


 ヴィルガルドの問いかけにレンヤは苦笑をして答える。


「俺のいた世界では魔物は想像上のモノとされてるんだ」

「つまり、いない?」

「ああ、少なくとも生活を脅かされるということはないな」

「ということはゴブリンを見たことはないわけだな」

「初めてだな。二人はあるのか?」


 レンヤの問いかけに二人は頷いた。


「ああ、戦ったこともある。俺の世界では大した強さじゃない。エルナの世界ではどんな位置付けなんだ?」

「私の世界でもそんなに強いという位置付けじゃないわ。でも時々強い個体が出てきたりするけど、よほど特殊なことね」

「まぁ、ゴブリンの恐ろしさは個体の強さというよりも、その繁殖力による数の多さだな」

「ヴィルガルドの世界でもそうなのね。私のいた世界でも繁殖力が他の種族よりも強いから物凄く数が増えるわ。よく村々が襲われて滅ぼされているという事例も事欠かないわ」

「どの世界でもゴブリンの立ち位置にあんまり差はないみたいだな」


 ヴィルガルドの言葉にレンヤとエルナは頷いた。


「この世界のゴブリンの立ち位置も変わらないんだろうな。ラフィーヌ様の言葉だとゴブリンの大群・・を斃してほしいという話だったから、繁殖力が強く、固体での弱さを補ってるんだろうな」

「言いかえれば討ち漏らしたら、まずいということになるわけね」

「そういうことだ。だからこそ細心の注意をして臨む必要がある」


 ヴィルガルドの言葉に二人は頷いた。


 

「あの三人がゴブリンを甘く見なければ良いのですけど……」


 アルマの心配に対して、ラフィーヌは皮肉気に嗤う。


「ふふ、大丈夫よ。ゴブリンの大群といえども討ち漏らすようなことはしないわ」

「何か手を打たれておられるのですか?」

「ええ、すでに軍による包囲は完了してるし、追い立ても終わってる。ゴブリン達はレンヤ達に狩られるだけの状況よ」

「なるほど……既に救世主の道は作られてると」


 アルマの言葉にラフィーヌはニヤリと嗤う。今回のゴブリン掃討は実戦形式の演習と伝えているが、実際は初陣だ。救世主の初陣に万が一にも失敗は許されない。そのために、ゴブリンを逃げられないように手を打ったのだ。


 救世主を見出したという功績により、各国への優位を保つことができる。


 救世主を陣頭に擁することの効果は計り知れないのだ。また、魔族との戦いに勝利することで世界に対する影響力を一気に強める。エルガルド帝国はそうやって、国際的地位を高めてきたのである。


「ふふふ、これでレンヤ達を救世主として認知させることができる。あとは魔族を滅ぼすことで、エルガルド帝国はさらに強大な存在になることができる」


 ラフィーヌの笑みには聖女然としたいつもの雰囲気はない。どこまでも冷徹な意思があるだけだ。

 ラフィーヌには、エルガルド帝国をもっと強大にするという目的がある。それは皇族として生まれ、皇族の教育を受けた結果に培われた価値観であった。

 エルガルド帝国のためにならない者としてシルヴィスを見切ったのは、そお価値観故であるだろう。


 レンヤ達の初陣が三日後に迫っていた。

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