第73話 シルヴィス⑩

『ひっ』


 シルヴィスの視線を受けた村人達がビクリと体を震わせた。


 シルヴィスは手をかざすと村人達の恐怖は最高潮へと達した。


『ゆ、許してください!!』

『仕方が無かったんです!!』

『俺たちは悪くない!! 悪いのはイグルークだ!!』


 村人達の自己保身は見苦しいことこの上ない。シルヴィスは怒りと軽蔑のこもった視線を向ける。


 シルヴィスが魔術を起動すると魔物が爆ぜた。


 破裂した魔物の体から村人達の魂が放たれると、拘束されている村人の体に向かっていった。村人の体に魂が戻ると、村人達がキョロキョロと周囲を見渡し自分達の身に何が起こったかを確認すると嬉しさを爆発させた。


「うぉぉぉぉぉ!!」

「戻った!!」

「やったぞ!!」


 村人達の歓喜に沸く姿をシルヴィスは静かに見ている。その視線には高位の一欠片も存在していない。


「ありがとうございます!!」

「あなたは我々の恩人です!!」

「なたのおかげでこの村は救われました!!」


 村人達がシルヴィスに駆け寄ってきて礼を言う。シルヴィスの視線には相変わらず好意の一欠片も存在していないのだが、助かったという安心感のために村人達はそれに気づかない。


「黙れ」


 シルヴィスは村人達に対して冷たく言い放った。シルヴィスの言葉を受けて村人達は氷水をぶっかけられたような感覚を味わって一斉に静かになった。


「本来であればお前達のような裏切者共など八つ裂きにしてやるところだ」

「そ、そんな。あれは我々の」

「黙れと言った意味がわかないのか?」


 シルヴィスの苛立ちの声に村人達は震え上がった。キーファの死の原因は自分達にあることはわかっており、シルヴィスが自分達に怒りを持っている事は分かっている。だが、シルヴィスが自分達を助けてくれた事から許してくれたと思い込んでいたのだ。


「お前達と言葉を交わすつもりはない。だから、こちらから一方的に話す。話の腰を折ったら殺す。お前らに対して容赦するつもりなど一切ないことを理解しろ」


 シルヴィスの言葉に村人達の顔が引きつった、シルヴィスの態度には村人達に対する嫌悪感と警戒を感じ取ったからである。シルヴィスの視線は敵対者に向けるものであり、それが村人達を大いに困惑させた。シルヴィスが向けるのが憎しみ、軽蔑であればまだ困惑しなかったことだろう。


「まず俺がお前達を殺さないのは、お師匠様がお前達を責めるなと言ったからだ。それでなければ皆殺しにするところだ」


 ここでシルヴィスは一端言葉を切り村人達を見渡した。


「さて、当然だが俺はお前達を信頼していない。お前達は後ろから人を刺せる連中だからな」

「……」

「痛感したよ。お前達のようにか弱いふりして毒針を隠し持っている者がいることを俺は知らなかった。知っていればお師匠様を失うことはなかった」

「あ……そ、ひっ」


 村長のトマスが声を上げようとしたときに、シルヴィスの視線を受けると言葉を発することが出来なくなった。シルヴィスの“殺す"という発言が脅しではなく本気のものであることを察したからだ。


「お前達はお師匠様の死・・・・・・を理由には殺さない。だが、お前らは自分の身を守るためにお師匠様の名誉を傷つけるのは間違いない」

「ま、」


 ギロリと睨みつけると村人達は口をつぐんだ。シルヴィスの決めつけに反発する心はあるのだが、シルヴィスの殺意がそれを表現することを封じていた。


「そこでだ。お前達がお師匠様の名誉を傷つけることが出来ないようにしておいた」

「え?」

「お前達がお師匠様の名誉を陥れたりすれば、仕込んだ術が発動する。それが発動すればお前達の体は爆発する」

「な……」


 シルヴィスの言葉に村人達は絶句した。今までのシルヴィスの宣言は確かに恐ろしかったが、実害はなかった。だが、既に術を仕込んでいたと言われれば絶句するのも当然というものだ。今までとは桁違いの恐怖だった。


「疑うのなら誰でも良いからお師匠様の名誉を陥れてみろ。俺の言葉がハッタリでないことはすぐにわかるさ」


 シルヴィスはそう言い放つと、もう用は済んだとばかりに振り返るとキーファの亡骸を背負う。村人達の反応を完全に無視して転移魔術を展開し姿を消した。


 * * * * *


「以上で話は終わりだ」


 シルヴィスは淡々とした口調で仲間達に言った。


「へぇ~シルヴィスもすごい経験をしてたんですね」

「そうだな。まさかシルヴィスの過去にここまで重いモノがあったとはな」


 シルヴィスの話を聞いたヴェルティアとキラトはうんうんと頷きながら言う。


「ところでその村の方々はどうなったんですか?」

「さぁ? お師匠様の名誉を陥れない限りどうでもいいよ。ひょっとしたら一人か二人かは魔術が起動して死んだんじゃないか?」


 シルヴィスの口調は素っ気ないものであり、それが逆に村人達への興味の無さを示していた。


「今にして思えば、あの経験があったから今まで生き残ってこれたのかと思ってる。どんな相手でも武器を隠し持ってる。それを軽視すれば大切な人を亡くすことになる」


 シルヴィスの言葉に全員納得の表情が浮かんだ。


 シルヴィスがどのような格下の相手に対しても策を弄して対処するのも、容赦なくとどめを刺すのもすべては「師匠の死」が根底にあるのだ。戦いにおいて敗北は死と捕らえている以上、一般的に禁忌とされる手段も躊躇無く行うという戦闘スタイルになったのである。

 逆に言えばシルヴィスがそういう戦闘スタイルをとるのはもう二度と大切な者を失わないための考えの表れである。


「まぁ心配しないでも私達は死なないからシルヴィスは安心してくださいね。はっはっはっ!!」

「俺がお前の命を心配するはずないだろ。どう考えてもお前が何をしでかすかの方を心配するわ」

「まったく、シルヴィスは素直じゃありませんね~そういう所は直した方が良いと思いますよ」

「普通に考えたら俺の言ってる方が正論だと思うぞ」

「甘いですねぇ~世界の方々は私に賛同するに決まってますよ。ねぇ、そうですよね!! いえ、もはやそれ以外の答えは存在しないことでしょう!!」


 ヴェルティアはそう言ってディアーネとユリに視線を向けると二人は気まずそうに視線を逸らした。それを見てキラト達はシルヴィスの言葉が正しいことを察した。


「うんうん、シルヴィス見てください。二人ともシルヴィスに気を使って明言を避けましたよ。やあり私の友である二人は配慮することの出来るすばらしい方達ですね~」

「お前って本当に良い性格してるよ。その自己肯定感の高さは見習うことにするよ」

「お~シルヴィスもやっと私に追いつこうという意識を持てましたか。皆の憧れ、竜皇国の至宝である私に追いつくため精進してください!!」

「お前って本当にすごいな」

「皇女様ですから!! はっはっはっ!!」


 ヴェルティアの高笑いにシルヴィスだけでなく全員が笑顔になる。ヴェルティアのこういう反応は他者の気持ちを明るくさせてくれるものであり、天性のカリスマの一端というべきものだろう。


(お師匠様、俺は新しい仲間達は中々面白くて頼りになるやつらです。安心してください)


 シルヴィスは仲間達を見て小さく笑った。

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