第74話 閑話 ~生き残ったことは幸運ではなかった~

「皆殺しだ」


 シルヴィスの言葉にヴェルティア達の怒りのボルテージが上がると天使達に襲いかかった・・・・・・


 天使という強大な存在に襲いかかるという表現を使ったのは、シルヴィス達が捕食者であり、天使達がエサにしか見えなかったらであった。


「だ、団長!! 俺はもう嫌だぁぁぁぁぁ!!」


 エリックに対し最後の部下はそう叫ぶと狂ったように剣を振り回して天使達に突っ込んでいった。

 

「ま、待て!!」


 エリックは手を伸ばすが部下は三歩目を踏み出した瞬間に天使の放った光の矢が数十本部下の体を射貫いた。

 体中を射貫かれた部下はそのまま倒れ込んだ。明らかな致命傷にエリックはもはや駆け出すことは出来なかった。


「い、痛ぇ……よ……」


 部下の悲痛な声がエリックの耳に入るがエリックは背を向けて逃げ出した。もう助ける術はないし、それよりも天使達に向かっていくなど部下のように発狂しないと不可能だ。


(くそ!! くそ!! なんでこんな事になるんだ!! あの悪魔共に捕まったのがすべての原因だ!!)


 エリックは自分が置かれた状況を生み出したシルヴィスが憎くて仕方が無い。だが、実力の差が開きすぎているので、害することは絶対に不可能だということがわかる。隙らしい隙も皆無であり、どうしようもないという思いだけが生じていた。


「ぎゃあああああ」

「ひぃぃぃぃ!!」


 天使達の絶叫が響き渡るのをエリックの背に感じながら逃げる。


(正気かよ!! あんな化け物共に向かっていくなんてどうかしてるぜ!!)


 エリックは心の中で毒づいた。振り返らなくても天使達の身に天災が襲いかかっている事がわかる。天使のような人間よりも遙かに身体能力、頑強さを持っているような存在であっても天災に対して無力なのは変わらないのだ。


「逃げるなよ」


 エリックの前に四体の天使が立った。


「ひぃぃぃ!!」


 エリックの口から恐怖の叫びが発せられた。エリックの恐怖の叫びに天使がニヤニヤと嗤った。シルヴィス達に蹂躙されている天使達であるがエリックに対しては強者である立場を保てるという余裕であろう。


(ちきしょう!! こいつら楽しんでやがる!!)


 エリックは自分が嬲られる立場である事を嫌が応にも思い知らされた思いだ。ガタガタと震えてしまう。

 死ぬのも勿論怖かったが、それよりも嬲られて殺されるのは怖くて仕方が無い。今まで戦う術のない者達を嬲って殺してきたために、どれほど尊厳が踏みにじられるかを理解しているのだ。


「くそがぁぁぁぁぁ!!」


 エリックは剣を構えて天使達に斬りかかろうと一歩踏み出したところで天使の一体の指先から放たれた魔力の弾丸がエリックの右膝を打ち抜いた。その威力は凄まじく膝から下が消し飛んでしまった。


「はぁぁぁぁぁ!! ぎぃぃぃぃ!!」


 自分の右足が吹き飛ばされた事にエリックは絶叫を放った。


「痛ぇ!!痛ぇよぉぉぉ!!」


 エリックは泣きながら自分の欠損した右足を押さえた。


「死ぬ!! 殺されてしまう!!」


 エリックは地面を這いながら少しでも天使から逃げようとする。その惨めな姿を見て天使達が蔑みの嗤いを投げつけた。


「ははははは!! 惨めなやつめ!!」

「クズめ!! 偉大な神に逆らった報いを受けるがいい!!」

「じゃあなクズめ」

「それじゃあ、駆じょ……」


 そこに思いがけないことが起こる。高速で飛んできた何らかの物体が天使の一体の頭部に命中し頭部が砕け散ったのだ。

 それはヴェルティアが投げた頭部が天使に直撃したのだ。勿論ヴェルティアはエリックを救おうとしたわけではない。いわば流れ弾であった。


「はわぁぁぁぁっぁ!!」


 エリックが気付いたときに頭が吹っ飛ばされた天使の持っていた剣が自分に向かってきていた。


 それは本当に偶然であった。


 たまたまだった。たまたま、崩れ落ちる天使の体勢が剣を突き立てるものであった。その剣の切っ先にエリックの心臓があったのだ。


「ぎゃぁぁぁぁぁぁああぁぁぁあ!!」


 ゆっくりと切っ先がエリックの心臓を刺し貫いた。考えられないような苦痛、そして絶望がエリックを襲う。


 エリックは数回痙攣した。急激に失われていく意識の中で、自分の死が何者の意思によるものではないことを察していた。

 それは自分の存在が、今まで見下していた殺した者達よりも価値がないように思われたのだ。少なくとも殺すという意思を向けられていた。それすら向けられることなく自分が死ぬことが惨めで仕方が無かった。


(こ、こんなのが俺の……終わりなのか? ちきしょう……生き残った結果が……これかよ……)


 エリックは限り無く惨めな気持ちを味わいながら意識を失った。


 彼の死により軀旅団はこの世から完全に消滅した。

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