第72話 シルヴィス⑨

「お師匠様!! すぐに治療を!!」


 シルヴィスはキーファにかけより穴の空いた胸に治癒魔術を施そうとして手をさしのべたところでキーファは静かに首を横に振った。


「よ……い……儂はもう助からん」

「そんなことはありません!!」

「ふ……ふ……核を壊されたのだ……」

「核?」

「魔……族の心臓……のことじゃ」

「魔族? お師匠様は人間ではないのですか?」

「生まれ……人間じゃった……よ」


 キーファの言葉にシルヴィスは眼を見張った。その驚きを察したのだろうキーファは顔をほころばせた。


「お前に見せた黒い紋様……は魔族の血が……顕現したものだ。それを……顕現した者はゆっくりと……体が……魔族のものに……なっていく」

「なら、お師匠様は助かりますよね!! 魔族は人間よりも遙かに強い!! そうですよね!!」


 シルヴィスの声が涙の含まれるものへと変わっていく。


「先程も……言ったじゃろう。核を壊され……た以上……儂はもう死んだも……同然じゃよ」

「何を言っているのです!! お師匠様が死ぬわけありません!! 今もこうして……」


 シルヴィスの言葉をキーファは片手をあげて遮った。シルヴィスはそれが自分の言葉を遮るためのものであることはわかっているが、手を握りしめることを選択した。


「シルヴィス……お前と初めて会った時のことを覚えておるか?」

「もちろんです」

「……あの時、儂は言ったな……弱者が……強者……を恐れるの……は当然と」

「はい」

「この村の者達も……それと同じじゃ……弱者が儂等……を裏切った……のを責めるな」

「しかし、奴らが裏切らなければ!!」

「かもしれん……じゃが儂は……この結果に満足して……おる」

「え?」


 キーファの言葉にシルヴィスは戸惑った。裏切った者達を許すというだけならまだしも、この結果に満足というのはシルヴィスにとって理解出来ないものだった。


「少し……話に付き合ってもらえるかの?」

「はい」

「シルヴィス……儂に魔族の血が……顕現して……もう三百年は経つ」

「え?」

「儂の子も孫も……顕現しなかった……儂より早く……逝って……しまった。親しい友も……愛した……妻も子も……孫も……みな儂を置いて死んでいった」

「お師匠様……」

「儂は孫が逝って旅に出た……だが、どんなに人と仲良くなってもみな儂より先に死ぬ。それはどうしても寂しいものじゃ……。そんな旅の終わりにお前に出会ったのじゃ。いや、違うな……儂はお前が顕現したのを……感じ……お前を追ったのじゃ……よ。あの出会いは偶然ではない……必然……じゃよ」

「必然?……まさか」


 シルヴィスの脳裏にキーファがあのときに言った同類という言葉を思い出す。今まで魔族の血が顕現した者同士とばかり思っていたのだが、それ以上の意味があるように思えてきたのだ。


「その顔は……察したようじゃな。シルヴィス……お前は儂の子孫じゃ……孫には子供がおったでな……間違い……ない」

「俺がお師匠様の子孫……」

「ああ、お前は……我が子によ……く似て……おるよ……」


 そう言ってキーファは小さく笑った。


「ふふ……儂が……満……足……なのは……お前が儂を……超えたのを……見られたからじゃ……」

「お師匠様、俺はまだまだあなたを超えてなんかいません!!」

「いや……お前は……儂を超えた。お前に……施した封印を解いた……のが何よりの証拠……じゃ」

「お師匠様……」

「それに……見送ってばかりじゃった……儂が見送られる立場……になれ……た。儂は一人で死ぬのじゃとばかり……思って……おったの……での」

「お師匠様、俺を一人にしないでください……死なないで」

「せっかく満足して逝こうという者を引き留めなさんな」


 キーファはそう言ってシルヴィスの頭を撫でる。その手から感じる力の無さはキーファの限界、命の終焉を感じさせるものであった。

 

「そうじゃ……シルヴィス……お前の本当の名を教えてくれ……んかの? 今のお前なら本当の名を教えて……くれる事が……出来るじゃろ?」

「俺は……」


 シルヴィスは唇をぎゅっと噛みしめた。今までの自分では"ギオル"という名前を告げようとしたとき、喉を締め付けられるような感覚により名を告げることが出来なかった。だが今ではギオルと告げることは可能である事がわかる。それは自分がかつてのトラウマを乗り越えた証拠である。


「俺の名はシルヴィス!! これは仮の名なんかじゃない!! 俺の尊敬する方のくれた本当の名だ!! 俺の誇りだ!!」


 だがシルヴィスは自らの意思でシルヴィスと名乗ることを選んだ。出来ないのではない。自分で決断し自分の意思でキーファにシルヴィスと名乗ったのだ。


 キーファはこのシルヴィスの決断を完全に理解したのだろう。小さく笑った。


「そ……うか……お前の……名は……シルヴィスか……。ふふ、いつの間にか随分と粋なことをするようになったのう……」


 キーファはそう言って眼を閉じる。握る手から力が急速に抜けていくのがわかった。


「あ……あぁ!! お師匠様!!」


 シルヴィスの悲痛な言葉にキーファは安心させるように口元を綻ばせる。そしてその笑みが消えた時、シルヴィスは自分の師が逝った事を悟った。


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