第71話 シルヴィス⑧

「それは……キーファと同じ……いや……お前は一体?」


 シルヴィスの変化を見たイグルークが戸惑いの声が発せられた。


 シルヴィスは左手を広げ握りを数回繰り返す。それは自分の体が意思通り動くかのような確認作業であるのは明白であった。

 本来であればそのような状況でそのような確認をするのは自殺行為と言える。だが、イグルークはシルヴィスのあからさまな隙を衝くために動くことが出来ない。


 シルヴィスは一切の殺気、怒気などの“意”を一切放っていない。そのためにイグルークは踏み込むことが出来なかったのだ。


「さて、こうか……」


 シルヴィスは小さく呟くとシルヴィスの体に浮かんでいた紋様が消えた。


「……消えた? ふ、お前はどうやらその力を使いこなせてないようだ……な」


 イグルークが得意気にシルヴィスを嘲弄したがそれは中断された。シルヴィスがいつの間にかイグルークの間合いに入っていたからだ。


 シルヴィスの拳が放たれる。


 それはイグルークには認知できないものであった。凄まじい衝撃がイグルークの顔面を叩き、次の瞬間凄まじいばかりの苦痛が生じた。


「な……」

「イグルーク、邪魔をするな。もうお前では俺には勝てない。俺がお師匠様を治療するのを邪魔しなければ殺さないでいてやる」


 シルヴィスの声には昂ぶりも傲りもない。ただ事実を指摘する冷徹さがあるだけだ。それがイグルークには限り無く恐ろしい。

 イグルークは自分が震えているのを自覚した。キーファ相手にも感じてなかった圧倒的な恐怖がイグルークを襲っていた。


「舐めるなよ小僧!!」


 イグルークは一声吼えるとシルヴィスへ襲いかかった。イグルークにとって自分が恐怖するということはあり得ない思いだったのだ。この屈辱を消すためにはシルヴィスを殺すしかない。そのためにシルヴィスに仕掛けたのだ。だが、もはやイグルークはシルヴィスの敵ではないのは明らかだ。

 高速で放たれるイグルークの拳をシルヴィスは最小限度の動きで躱すと的確な反撃を行う。

 先程までとは真逆の展開であった。


 いや、厳密に言うと先程の展開とは明らかに異なってる事があった。シルヴィスの猛攻への隙間に行われたイグルークの反撃をシルヴィスは躱せなかった。しかし、まったく反応が出来なかったわけではない。僅かながら急所を避けていたからこそシルヴィスは死ななかったのだ。

 だが、シルヴィスの反撃にイグルークは反応すらすることができないでいたのだ。これは見た目には大して変わらないだが、絶望的な差であった。


「バカが……!!」


 シルヴィスは頃合いとみて一気に攻勢に転じた。イグルークの攻撃を見切り、しかも反撃を的確に入れたことで削りに削り、分水嶺を超えたと判断したのだ。


 シルヴィスの右拳がイグルークの腹部に深々と突き刺さった。


「がはぁっっ!!」


 イグルークの口から青い血がこぼれ落ちる。シルヴィスの一撃ほどの衝撃をイグルークは長い戦歴において受けた記憶はなかった。


 ガクンとイグルークの膝が落ちる。シルヴィスはそのまま跳躍するとイグルークの顎を蹴りつけた。


 ゴキリ……シルヴィスの足にイグルークの顎が砕けた感触が伝わる。


(ここだな……一気に決める!!)


 シルヴィスは勝負どこと見る。容赦なく追撃を始めた。


 ドゴォォォ!!

 ゴゴォォォ!!

 

 シルヴィスの一撃一撃がイグルークに叩き込まれる度に空気を揺らした。村人達は一方的な戦いに震え始めた。自分達がとんでもない誤りをした事が分かり始めていた。このままではシルヴィスから報復を受けると思うと恐ろしくて仕方がなかったのだ。


(ま、まってくれ!! 死、死んでしまう!!)


 的確に急所を痛打してくるシルヴィスにイグルークは死の恐怖を身近に感じ始めていた。イグルークはもはや反撃など考えることもできない。ガードを固め死という最悪の終着点に到達時間を引き延ばすだけだ。


「しつこいぞ!!」


 シルヴィスの貫手がイグルークのガードをすり抜けて胸を穿った。


「がはっ……」


 胸を穿かれたイグルークの膝が再び折れる。そこに続けてシルヴィスの貫手が腹部を貫いた。


「ま、待ってくれぇ……」


 イグルークの口から命乞いの声が発せられた。腹部の中でシルヴィスの手から魔力が放たれる気配を察したのだ。それは致命的なダメージを与えることがイグルークには本能的に察した。


 シルヴィスはイグルークの言葉に耳を貸すことなく、そのまま魔力を放った。


 ズシャァァァァァ!!


 シルヴィスの魔力の奔流はそのままイグルークの腹部を吹き飛ばすと上半身と下半身を分離させた。


「あ、あぁ……」


 イグルークは自分が敗れた事を察し、苦痛と共に絶望の気持ちが爆発するが、もはや命乞いをするだけであった。


「た、たす……」


 イグルークが一縷の望みをかけて命乞いの言葉を紡ごうとするが苦痛のために声を出すことができない。


「生き返るなら何度でも生き返れ。そのたびに殺してやる。生まれ変わったことが分かれば必ずまた殺してやる。何度でも何度でもな」

「ひっ」


 シルヴィスの苛烈すぎる宣言にイグルークは心の底から震えた。もはや死の恐怖よりもシルヴィスが恐ろしくてたまらない。

 シルヴィスが片足を上げるのが見える。イグルークにとってシルヴィスの行動の一つ一つが恐怖の対象でしかない。シルヴィスはそんなイグルークの恐怖ごと虫を潰すように頭を踏みつぶした。

 

 ドゴォォォォ!!


 踏みつぶされたイグルークの頭部は粉々に砕けていた。イグルークの死を確認したシルヴィスは村人に視線を向けた。


『ひっ!!』

『お、お許しください!! 命令されて仕方が無かったんです!!』

『お願いします!! 何でもします!! 何でもしますから殺さないで!!』


 村人達は震えながらシルヴィスに命乞いを始めた。今のシルヴィスにとって蚊を潰すよりもたやすく村人達を殺すことが出来る。殺意を込めた視線を受けて村人達の恐怖感は天井知らずで上がっていく。


「ま……まて……シルヴィス」


 そこにキーファがシルヴィスの名を呼んだ。


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