第69話 シルヴィス⑤

「さて、おんしらは村人の魂をこの魔物に移し替えたというわけじゃが。一体、何が目的なんじゃ?」


 キーファの問いかけにトマスがニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべている。


「簡単な事だよ。キーファ君、君を殺そうと思ってな」

「はて? おんしとは初対面じゃがのう。どこかで会ったことがあったかのう?」

「ふふ、この姿ではわからぬのも当然だろうな」

「ならさっさと姿を見せてくれんかの? 村長の体に入っているのはおんしではあるまい?」

「そうだねぇ~君を殺そうとしたらこういう手が一番良いと思ったんだよ」


 トマスが言い終わると同時にシルヴィスとキーファに村人全員が襲いかかった。


「シルヴィス、村人達の体は壊すなよ。あとで・・・魂を入れ替えて万事解決とするからの」

「はい!!」


 シルヴィスは一瞬で術式を形成するとシルヴィスを中心に直径五メートル程の魔法陣が顕現した。

 魔法陣が顕現したことに村人達は一瞬怯んだが、すぐに突っ込んでくる。


 魔法陣から光の輪が放たれた。放たれた光の輪は村人に直撃すると動きが止まった。


「ぐぅぅぅ!!」

「うぅぅう!!」


 光の輪で拘束された村人達が拘束を解こうとしているがビクともしなかった。


「よし、それではやるかの」


 キーファは虚空人差し指を向けると魔力の弾丸を放った。


 ビシィィィ!!


 弾丸の放たれた空間にヒビが入った。


「さて、相手はしてやるかの」


 ガシャァァァァッァ!!


 空間が崩れその後ろから一人の男が現れる。長い黒髪に切れ長の眼、秀麗と呼んでも差し支えない容貌をしているが、どことなく纏う雰囲気が禍々しすぎるものだ。


「久しぶりだな。キーファ……いや、ゼイオルと言うべきかな?」

「まさか……イグルークか?」

「そうだよ。随分と久しぶりだな」

「お前どうやって……」

「ふ……長い時間がかかったものだよ。君の封印は本当にやっかいだったよ」

「結構昔の話じゃったのに……心の小さ」


 キーファは言葉の途中で動く。一瞬でイグルークの間合いに飛び込むと右拳を叩き込んだ。


 ゴゴォ!!


 イグルークはキーファの一撃を左腕で受ける。両者のぶつかった衝撃が周囲に放たれビリビリと空気を揺らした。


「ふ……やはりやるな」


 イグルークはニヤリと嗤う。


 キーファはそのまま左下段蹴りを放った。イグルークは右腕を咄嗟に下段蹴りの軌道に潜り込ませた。しかし、ここでキーファの下段蹴りは上段蹴りへと軌道を変える。


 ゴゴォ!!


 軌道を突如変えたキーファの上段蹴りをイグルークはまともに受けた。


 ズササ!!


 地面を転がったイグルークであるがすぐに立ち上がるとニヤリと嗤った。


「まったく……衰えたものだな」

「何?」

「今の一撃は以前のお前なら私の顔面を砕いていた……だが、その威力はないな」

「それはそうじゃろ」

「何だと?」

「おんしが本気でないのに儂が本気をだすわけにはいかんじゃろ。しかし、おんしこそあんな見え見えの上段蹴りをまともに受けるとはのぅ」

「口の減らない奴だ」


 イグルークの顔からみが消えると、イグルークの体が突然巨大化した。巨大化に伴い、その姿も大きく変わった。背中にはコウモリのような羽が生え、サソリのような尻尾が生えた。


「やっとやる気になったようじゃのう。シルヴィス」

「は、はい」

「村人の体と魂を保護するのじゃ」

「わかりました」


 シルヴィスはキーファの言いつけ通り、村人と魔物に閉じ込められた魂を守るために結界を張る。それを見てキーファの体に黒い紋様が浮かび上がった。


 キーファの体に紋様が浮かび上がったのを見てイグルークはニヤリと嗤うと左指先五本に火の玉が浮かべるととキーファに放つ。


 ドドドドドン!!


 放たれた五発の火球はキーファの防御陣に直撃するとそのまま爆発するが、キーファの防御陣を貫くことは出来なかった。


「消し飛べぇぇぇ!!烈火爆炎燼エゼキエスト!!」


 イグルークは両手を掲げると巨大な火球をキーファに放つ。キーファも両手を掲げると魔法陣を描く。


水魔大瀑布ゼミルシース!!」


 キーファの魔法陣から巨大な水球が放たれた火球にぶつかる。水と炎は互いの存在をかけて激しくぶつかるが、やがてどちらも小さくなっていく。キーファとイグルークの放った術は互角であり相殺により消滅したのだ。


(おかしいのう……烈火爆炎燼エゼキエストを放った意図はなんじゃ?)


 キーファはイグルークが烈火爆炎燼エゼキエストを放ったことの意図を考えざるを得ない。烈火爆炎燼エゼキエストは確かに強力な術であるが、自分にいきなり放って仕留める事ができるわけがない。

 実際にキーファは対応し、烈火爆炎燼エゼキエストを相殺したのだ。キーファは決してイグルークを過小評価していないため、その意図を考えざるを得ないのだ。


(まさか……)


 キーファは突如ある予感を閃き、シルヴィスの方を見やると、魔物を縛った鎖が粉々に砕け散るのが見えた。


(まずい!! シルヴィス!!)


 シルヴィスが危ないとキーファが認識した瞬間に、キーファは動いていた。


 魔物がシルヴィスにかみ砕こうと口を大きく開けた。シルヴィスはそのことにまだ気づいていない。


(間に合え!!)


 キーファはシルヴィスを突き飛ばした。驚くシルヴィスの顔が見えるが、それはキーファにとってほっと胸をなで下ろした。苦痛に歪む表情でないことに安心したのだ。


 魔物の牙はキーファの右腕に食い込んだ。わずかにキーファは顔を歪めたが、魔物の牙はキーファの右腕をかみ砕くことは出来なかった。キーファを覆う魔力が、魔物の牙を食い止めたのだ。


「ははは!! 甘いなぁ!!」


 だが、これで終わりではなかった。イグルークがキーファの間合いに踏み込むと魔力で形成した杭を放ったのだ。放たれた杭はキーファの防御陣を貫くとそのままキーファの右胸を貫いた。


「がはっ!!」


 キーファの口から血が噴き出した。


「お師匠様ぁぁぁぁ!!」


 シルヴィスの悲痛な声が響いた。

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