第68話 シルヴィス⑤

「お師匠様……お話が」

「ふむ、さっきの村長が怪しいといいたいのじゃろう?」

「はい。そんなやっかいな魔物が近辺にいるというのに村の様子が……」

いつも通り・・・・・と言いたいのじゃろ?」

「……はい」


 シルヴィスの違和感はキーファの言うとおり、いつも通りすぎるのだ。村長トマスの情報では家畜だけでなく、村人にも犠牲がでているというのに村人に警戒している様子が見られないのだ。

 もし、本当に厄介な魔物というのなら自警団でも編成して村の警戒に当たるべきなのにその様子が皆無なのは不自然に考えてしまう。


「自警団は出とるのかもしれんがのう。それなら村長殿が自警団の事くらい言っても良いのじゃがな」

「……はい」

「シルヴィス、今回は儂も余裕がないかもしれん。心せよ」

「はい」


 キーファの言葉にシルヴィスも静かに頷く。キーファが警戒するような相手にシルヴィスが緊張感を持たぬはずはないのだ。


 それからしばらく二人は村の周囲を確認することに時間の費やし、三時間ほどしたところで日が暮れ始めた。


 その間に村人達は二人に一切接触してこなかった。


 そして日が暮れて村人達が就寝し、村の明かりが完全に消えた頃に咆哮が村に響いた。


『グォォォォォォォ!!』


 魔物の咆哮にシルヴィスとキーファは頷くと魔物がいると思われる場所へと駆け出した。


「お師匠様」

「あいつじゃの」


 二人の眼に双頭の魔物がうつる。その様子は敵愾心というよりも何かを探しているようである。


(おかしい……あの魔物。敵愾心を感じない)


 シルヴィスが魔物を見て敵愾心をまったく感じなかった事に戸惑う。チラリとキーファを見ると同様の疑問を持ったようで眼を細めている。


「おかしいのう……あれはまるで……」

「え?」

「まぁ取り敢えず殺すのは後回しじゃ。捕らえることにしようかの」

「は、はい」


 シルヴィスは鎖を魔力で形成すると魔物に向けて放った。


『ギャゥウ!!』


 一瞬で鎖が魔物の体に巻き付き、叫び声を上げた。その悲痛な声にシルヴィスは罪悪感を刺激されてしまったくらいだ。


「よし!!」

「よくやったぞ」

「はい」


 キーファは周囲を警戒しつつ、捕らえた魔物の元へ向かう。


「ふむ……」


 暴れる魔物にキーファは手をかざすと魔法陣を顕現させた。


(あれは神の言葉ジーンザント? なぜ、神の翻訳者ジーンリングでないんだ?)


 シルヴィスはキーファの対応に疑問を持った。神の言葉ジーンザントはいわば他者にかける神の翻訳者ジーンリングであり、神の翻訳者ジーンリングは基本自分だけ影響をうけるものであるが、神の言葉ジーンザントはかけられた対象者の言葉を翻訳して発せられるようになるため、周囲の者達に意思疎通させることができるのだ。

 ここで、シルヴィスが疑問に思った事は、シルヴィス自身も神の翻訳者ジーンリングを使える以上本来必要はない。

 キーファは一体誰に・・神の言葉ジーンザントで翻訳された魔物の言葉を聞かせるつもりなのかという意図が読めなかったのだ。


「さて、おんしは何者じゃな?」

『た、たすけて』

『悪魔が俺たちを』

『助けて、お願いよ』


 魔物の口から次々と言葉が発せられた。


「ふむ、どうやらおんしらはその魔物の体に複数の魂が入れられておるのぅ」

『助けて!!』

『お願いだ。せめて子供達だけは助けてやってくれ』

「まぁ、落ち着くのじゃ。儂等も事情がわからん限り動きようがないからの。誰か事情を話せる者はおらんのかな?」

『村長なら』

『そうだ。村長』

「ほう村長がおるのか。事情を話してもらえんかの?」

『は、はい。村長のトマス・・・です』


 名乗った村長の名前にシルヴィスとキーファは視線を交わした。


「村長さん……ひょっとして、あなた方はこの村の方々なんですか?」

『そ、そうです!! 儂等はこの村の住人です!!』


 シルヴィスの問いかけに魔物から発せられた声はうれしさに満ちていた。自分達の置かれている状況を理解してくれているだけで救われるという希望を持ったのかも知れない。


「なんだ。もうバレてしまったんですな」

「え?」


 声がかけられてシルヴィスがビクリと振り向くとそこには村長トマスと村の人々が立っていた。


(まさか……まったく気配を察知できなかった。俺だけならまだしもお師匠様まで)


 シルヴィスがキーファに眼を向けるとキーファも察知できてなかったようで、僅か表情が強張っていた。


『この悪魔め!! 俺たちをどうするつもりだ!!』

『なんでこんな事を!!』

『私達が何をしたって言うんだ!!』


 魔物の口から村長トマスに向かって厳しい声が投げつけられた。


(……ん? なんだ? この違和感は……?)


 シルヴィスは何らかの違和感を感じているが、それがなんなのかを言語化することはできない。言語化するほどのしっかりとした違和感ではない。それがシルヴィスに言いようのない不安を与えていた。

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