第67話 シルヴィス④
ギオルがシルヴィスの名前をもらってから九年が経ち十五歳となっていた。
キーファはシルヴィスにありとあらゆることを教え込んだ。魔術、武器術、体術などの戦闘術、数学、植物学、魔獣学、文学、政治、経済、地政学とありとあらゆるものである。
シルヴィスは乾いた砂が水を吸収するようにキーファの教えを自分のものにしていった。それは自分の持つ力を自在に扱うようにするためであった。
キーファの説明では、シルヴィスの持つ力は先祖から受け継いだものであるという説明であった。黒い紋様は魔族、赤い紋様は神族のものであり、たまたまシルヴィスの身に顕現したという話であった。
シルヴィスの二つの紋様は感情の昂りにより、顕現しその時にはシルヴィスのコントロールを外れてしまう。そのため、キーファは紋様が顕現しないようにシルヴィスの身に封印を施した。
キーファほどの魔術師が組み込んだ封印術式はキーファ以外に解除することができない。シルヴィスも試しに解除を試みたことがあったのだが、解除は一向にできないのだ。
しかし、シルヴィスは紋様の力を封じられたとはいえ、キーファの薫陶を受けたシルヴィスの実力は、もはや人間の域を越えようとしている段階まできていた。人間でシルヴィスに勝てるものなどキーファ意外に存在しないまでになっていた。
「お師匠様、行きますよ」
「え〜シルヴィス。この酒場に秘蔵の酒があるんじゃ。それを見逃すなんてあり得ないだろう」
「ダメですよ。お師匠様は酒が弱いんですから二日酔いの介抱する身にもなってくださいよ」
「大丈夫だ。いいかシルヴィス、酒というのは人生を豊かにするものなのじゃよ。私は一人の酒飲みとして、二日酔いを恐れるようなことはしたくないのじゃ」
「まったくもう。昨日の朝に二日酔いでもう酒は止めるとかいってたじゃないですか」
「シルヴィス……いいかい。過去は変えれない。大事なのはこれからのことなのだよ」
「カッコ良いこと言ってますけど。反省しないという宣言をしてるだけじゃないですか」
「ぶ〜シルヴィス、横暴〜」
「子供みたいな言い方をしてもダメですよ。俺よりも年上なんですからね」
「あ〜あ、シルヴィスはすっかり可愛げがなくなってしまったのう。いつの間にかぼくから俺になってるしなぁ」
「はいはい。いいから行きますよ」
シルヴィスに引きづられながらキーファは酒場を後にする。酒場にいる人達はシルヴィスとキーファのやりとりを呆れながら見送っていた。
シルヴィスに引きづられてキーファは色々と喚いていたが、シルヴィスはまったく耳をかさなかったため、諦めたのだろう。自分の足で歩き始めた。
キーファはきちんと歩き出すとすれ違う人たちがキーファに頭を下げていった。
キーファは、極力命を奪うという行為を行わないため、人々は彼のことを「慈愛の魔術師」と呼ぶほど尊敬されているのだ。またキーファはとても親しみやすいために、人々に慕われていたのである。
キーファは貧しい者達を助けるために魔術を行使することはあるが決して無料では行わない。
かつてシルヴィスがなぜ貧しい人達からも料金を徴収するのか訪ねたことがあった。
「私と彼らは対等なんじゃよ。もし一方的に庇護を受けねばならんほど弱々しい存在ならばともかく、彼らには生き抜くための力がある。儂等に依頼するのはその生き抜く力故じゃ。そんな相手に一方て気に入った施しを与えるほどの傲慢さはないと思うておる」
その時のキーファの返答がこれであった。シルヴィスとすれば首を傾げるような返答であったが、それが何かは自分の中で結論が出ていない。
こういう時にキーファは手取り足取り教えることはしない、あくまでも自分の意見は伝えるが、それを受け入れるかはシルヴィス次第というスタンスなのだ。
「さて、シルヴィスの機嫌が治るように真面目に働くとしようかの」
「別に不機嫌になんかなっていません。呆れてるだけです」
「おやおや、つれないのぅ」
「もう、そんなこと言ってないで行きますよ。今回はちょっと厄介なんですから」
「そうじゃのう。儂も
「怪しい依頼なら辞めときます?」
シルヴィスの問いかけにキーファは静かに首を横にふった。
「いや、これを見過ごしては後々厄介なことになるかもしれんから、悪い芽は早めに摘んでおこうと思うての」
「悪い芽?」
「ふむ……気のせいと思いたいのじゃがな」
キーファはそう言って、頭を振った。その様子をシルヴィスは首を傾げる。
今回の依頼は今の都市から徒歩で十日ほどの位置にある小さな村が依頼であった。その村の近くに正体不明の魔物が住み着き、家畜だけでなく村人まで犠牲者が出たという話で、キーファに退治依頼がきたのである。
キーファほどの実力を持っているものが警戒するということにシルヴィスとしても緊張せずにはいられない。
「まぁ行かんと何も始まらんからのう」
「はい」
シルヴィスはキーファの言葉にうなづくと依頼者の村に向かって出発した。
* * * * *
出発から半日、シルヴィスとキーファは依頼主の村の前にいた。
徒歩で十日はかかるとはいってもそれは常人の話であり、シルヴィス達にはその括りは対象外だ。
魔力で形成した鳥を飛ばし、依頼者の村に着いたところで、その鳥を転移魔術の出口として転移魔術を起動したのである。
「便利なもんじゃな」
「まぁ、根が怠け者ですからね」
「怠け者結構なことじゃよ。怠け心が色々なことを工夫させるからのぅ」
「お師匠様がいうと説得力がありますね」
「いやいや、そこまで褒められると年甲斐もなく照れてしまうわい」
「はいはい。まぁお師匠様行くとしましょう」
シルヴィスは話を打ち切ると村の中に入っていく。キーファは少しばかり納得してなさそうな表情を浮かべるがシルヴィスに続いた。
村に入った二人はそのまま依頼主の村長の所に向かう。
村人達は二人に怪訝そうな視線を向けるが、特段何かを言ってくるようなことはなかった。
(なんか変だな。お師匠様の事を自分達で呼んでおいてこの反応か?)
シルヴィスが内心首を傾げてキーファを見ると、キーファも同様の感想のようであり、静かに頷いた。
数人の村人に村長の家を聞き出すとすぐに到着する。
コンコン……。
ドアをノックすると五十代後半の白髪の男性が出てきた。
「儂はキーファ=レンゼント、こちらは弟子のシルヴィスじゃ」
キーファが名乗ると男性は顔を輝かせた。
「おお、まさか本当に来ていただけるとは!!「慈愛の魔術師」様、この村をお救いください」
男性はキーファにそう言って跪いた。
「跪かなくて結構じゃよ。それよりも何があったかを教えて欲しいのぅ」
「すみませんでした。私は村長のトマスと申します。実は……」
村長のトマスが話した内容は、黒い毛に覆われた獅子の頭部を二つ持つ魔物が現れたという話であった。
その魔物は人語を理解しているという節があるという話であった。
「ふむ、なかなか厄介そうじゃのう」
「はい。すでに家畜だけでなく村人にも犠牲がでております」
「なるほどの。……まずはその魔物を見んことにはのう」
「よろしくお願いします」
トマスはそう言うと一礼した。
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