第62話 八戦神⑨
「ぐ……くそ」
クルーセスの口から苦痛とも屈辱とも取れる言葉が絞り出されている。
それもそのはずで、クルーセスは左腕が斬り飛ばされ、右半身の火傷を負っている。また右腹部、右太ももに矢が突き刺さっており、まさしく満身創痍と称するに相応しい状況であったからである。
「しかし、シルヴィスさんの仕込みでしょうね。最初はあっちの四柱を斃すまで、俺達に耐えてもらおうとしていると思っていたのだが、実際は逆みたいだね」
「そうね。私もリューべと同じ見解ね。じゃないと要所要所で決まる理由にならないわ」
「そうじゃのう。こちらはとっくにそう思っていたが、こいつは気づかなかったのかのう」
「お爺の言う通りね。ここまでくれば偶然と片付けるわけにはいかないわね」
「……貴様ら……何を」
クルーセスはその場で倒れ込んだ。そこにリネアの矢が延髄を射抜く。延髄を射抜かれたクルーセスは二、三度痙攣をしたが、すぐに動かなくなった。
「まぁ当然気づくよな」
「気づかないのは余程のアホウくらいですよ」
そこにエイラントを斃したディアーネとユリが
「さて、それではヴェルティア様達の援護に向かいましょう。あまり意味があるとは思えませんけどね」
「そうじゃのう……あの三人どう考えても強すぎるのう」
「むしろ、神の方に助太刀してバランスをとったほうが良いのかもしれないなぁ」
リューべの言葉に全員が頷きかけたくらいだ。
それもそのはずで、シルヴィス、ヴェルティア、キラトの三人は、残りのアルゼス達四柱を完全に圧倒していたのだ。
「さぁ、受けてみてください!!」
ヴェルティアの拳をユクレンスが胸部にまともに受けて吹っ飛んでいく。ヴェルティアの拳は複雑な軌道を描いたわけではない、ごくありふれたものある。だが、初動の読みづらさ、放たれる威力、速度がありふれたものではない。
ディアーネ達と四柱の戦いが終わったのと同時に、シルヴィスはアルゼス達四柱達との戦いに参戦しており、一対二の戦いが三対四の戦いへと変化していたのである。
ヴェルティア、キラトの二柱との戦いは、ほぼ互角の戦いで推移していたのだが、シルヴィスが参戦したことで形勢は一気にシルヴィス達に傾いたのだ。
「くそ!!」
ラムセスの斬撃がキラトに放たれるが、キラトはその斬撃を受けるようなことはせずに最小の動きで躱すと即座に反撃に転じた。
キラトの斬撃はラムセスの頬をザックリと斬り裂いた。
ラムセスは自身の斬り裂かれた頬の感触に一瞬だが恐れの表情を浮かべた。それは本当に一瞬のことであり、すぐに怒りの表情に塗り替えられたが、それは逆にラムセスが劣勢にあることを意識づけるものであった。
「もう、無理だろ? 潔く討ち取られてしまえ。楽にしてやるぞ」
「ほざけ!!」
キラトの挑発にラムセスは単純な返答しか行うことができない。心情的に追い込まれている証拠である。
「あっそ、じゃあ苦しんで死ね」
キラトは冷たく言い放つとラムセスの間合いに恐れずに踏み込むこんだ。これはキラトがもはやラムセスを脅威と見直していない事の表れである。
キラトの袈裟斬りをラムセスは受けて即座に反撃を行う。三合目まではキラトとラムセスは互角の剣戟を展開していたが、四合目からは形勢がキラトに傾き、七合目からはキラトが完全に戦いを支配した。
キラトは必殺の斬撃をたて続けに放つと少しずつラムセスに剣が届き始めました。
肩、腕、太腿、胸、腹に少しずつ斬り裂かれ始める。
「お前は楽に死ねる好機を自ら捨てた。少しずつ刻んで死ぬがいい」
「ひっ」
「お前らもやったことだ。まさか嫌だとは言わんよな?」
「な、あれは」
「駆除なんだろ? 魔族だから殺してもいいとな。なら俺達もお前ら神族は殺して良いということにした。お前は敬意を持つに値しないからどこまでも残酷に殺せるよ」
「ま、待って」
「お前の命乞いは聞くに値しない」
キラトは冷たく言い放つと斬撃を再開した。
今までの斬撃よりも一段階、速さ、鋭さの増した斬撃であり、ラムセスはもはや、受け流すことはできないものだ。
キラトの剣がラムセスの左腕を斬り飛ばす。
「がぁ!!」
ラムセスの口から苦痛の声が発せられたが、キラトはまったく耳を貸すことなく次の斬撃をみまった。
次はラムセスの右太腿を大きく斬り裂いた。凄まじい痛みにラムセスは地面に転がった。
「ぐがぁぁぁぁ!!」
「さっさと立て……斬り刻みにくいだろう」
「ひ、待って……降さ…ぐっ」
キラトは剣の鋒をラムセスの口に突っ込んで、言葉を中断させた。
「すごいな。この状況で命乞いもしないお前のその高潔さは素晴らしいぞ」
キラトはラムセスに冷たく言い放った。もちろん、この言葉はキラトの嫌味である。キラトはラムセスが命乞いをしようとしたことを察しており鋒を口に突っ込むことで封じたのだ。
「さて、高潔なお前には惨たらしい死を与えてやろう」
キラトの冷たい言葉にラムセスの死を回避しようとする本能が振動となってキラトの手元に伝わった。
「ひ、ひそがぁぁぁぁ!!」
ラムセスは倒れ込んだまま手にした剣を突き出そうとした。
しかし、キラトはそれよりも早く横に払う。鋒が口内にあったために頬を斬り裂いた。その痛みにラムセスの動きが止まった。
(痛がっている暇なんてないだろうが)
キラトは軽蔑の度合いを一気に高める。ラムセスにとって剣を突き出そうと言う行為は生存のための最後の賭けのはずだったのだ。しかし、ラムセスは頬を切り裂かれた痛みのために剣の動きが止まってしまったのだ。
キラトは静かな言葉と共に剣を振るい。ラムセスの右腕を剣ごと斬り飛ばした。自分が最後の賭けに敗れたことを悟ったラムセスの表情が恐怖のために凍る。
「がっかりさせてくれる」
キラトの剣が再び振るわれ、ラムセスの首が斬り飛ばされた。
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