第57話 八戦神④

「やれ!!」


 アルゼスの命令が下されると天使達が一斉にシルヴィス達に襲いかかった。


「ヴェルティア、やるぞ!!」

「はい!!」


 シルヴィスの言葉にヴェルティアが返答した一瞬後、天使の一体の顔面にヴェルティアの拳がめり込んだ。拳を打ち込まれた天使は吹き飛ぶような事はなかった。ヴェルティアが吹き飛ぼうとした天使の右足首をむんずと無造作に掴んだのだ。


「てぇい!!」


 天使同士がぶつかると二体の天使が粉々に砕け散った。


「あら、天使って脆すぎますねぇ~。まぁ、まだまだあるし大した問題じゃないですよねぇ~」


 ヴェルティアの天真爛漫な笑顔に含まれた怒りに、自然と体が震え出す。生存本能が悲鳴を上げているのを理解したが、神の下僕である天使の矜持が逃げることを許さない。


 本来のヴェルティアはこのような残虐行為で相手の尊厳を踏みにじるという事はしないのだが、今回ばかりは天使達相手に尊厳に配慮しようという気は微塵もない。

 戦う術を持たないものに対して嬲るという行為がヴェルティアの美意識と決定的に相容れないのだ。


「てぇい!!」


 ヴェルティアは拳を向かってきた天使に無造作に叩きつけた。ヴェルティアの拳をまともに受けた天使の頭部がスイカを壁に叩きつけたかのように爆ぜた。


「ひぃ!!」

「ば、化け物」


 仲間の天使の頭部が無造作に爆ぜたのを見た天使達に動揺が走る。いかに神の使徒としての矜持があるとはいえ、ヴェルティアのような理不尽が美少女の形をした存在に突っ込むのは自殺と変わらないのだ。


 ヴェルティアはそんな天使達の悲哀を踏みつぶすように暴虐の嵐と化して天使達を蹂躙し始めた。


「あ~あ、お嬢がものすごくやる気になってるな」

「まぁ、当然ですよ。このクズ共はヴェルティア様の美意識の対極にある連中ですからね」

「それもそうか。私もこのゲス共が許せないと思ってるんだよな」

「奇遇ですね……私もです」


 ディアーネとユリは神の小部屋グルメルからそれぞれの武器を取り出した。ユリは剣、ディアーネは斧槍ハルバートだ。


「それじゃあ、いくとしましょう」

「ああ、細切りにしてやるぜ!!」


 ディアーネとユリは天使達に向かって駆け出した。ディアーネに襲いかかった天使が斧槍ハルバートの一閃で、両足を切断されて地面に転がった。


「ひぃぁぁぁぁ!! 足が!!足がぁぁぁ!!」


 自分の置かれた状況を理解した天使が絶叫を放つがディアーネは容赦なく斧槍ハルバートを振りかぶった。


「ひぃ!!ま、待って!!」

「遠慮しないでください。私からの心からの贈り物です」


 ディアーネは冷たい声で言い放つと同時に斧槍ハルバートを振り下ろした。頭部を両断された天使が絶望の表情を浮かべ、それが消える頃にはディアーネは次の天使に狙いを定めて斧槍ハルバートを振るって天使達の命を刈り取っていた。


「うわぁ……えげつない」


 ユリは天使の顔面に剣を突き立てた、顔面を貫かれた天使は倒れ込みピクピクと痙攣をしている。ユリは極々自然に天使の顔面を踏みつけて突き立てた剣を引き抜いた。

 天使達にしてみればユリのえげつさもディアーネと大差ないのだが、その抗議が聞き入れられる機会は永遠に訪れないことだろう。


 ディアーネは斧槍ハルバートで天使達を容赦なく粉砕し、ユリは舞うように剣を振るい天使達を斬り伏せていく。

 戦い方は真逆だが、天使達にとって二人が危険な存在である事は無理矢理に理解させられていた。


 キラト達も戦いを開始しており、キラトが最前線で天使達を斬り伏せていき、リネア、ムルバイズ、ジュリナがキラトを援護して天使達を次々と屠っている。後衛組の三人をリューベが守っているので天使達は後衛組を攻撃することはできない。


(キラトの実力は頭一つ抜けてるな。リューベの実力も相当なものだがキラトについて行くのはキツいか)


 シルヴィスはさざなみの戦いを初めてきちんと見るが、個の能力も凄まじいのに、互いが弱点を補っていると言うよりも、それぞれ長所を活かしているうちに、弱点を覆い隠してしまい結果として弱点を無くしてしまっているのだ。


(キラト達は余裕あるし、ヴェルティア達の方は……うん。天使のクズ共に同情するレベルだ)


 シルヴィスは襲いかかってくる天使をいなして喉をナイフで切り裂いた。


「さて……あいつを始末するか」


 シルヴィスの視線の先にはアグナガイスがいた。前回はシオルの顔を立て殺さなかったのだが、二度も助けてやるつもりは微塵もない。増して魔族の虐殺を行い、乳幼児まで殺しているのだ。到底許せるものではない。


「おい」

「う……きさ……ま……」

「わざわざ助けてもらったというのに命を捨てに来るなんてシオルに悪いと思わないのか?」

「だ、黙れ!!」

「まぁ貴様等のようなゲスに容赦はしてやらんから手加減を期待するなよ」

「ひっ!!」


 シルヴィスの足下に魔法陣が描き出され、シルヴィスの全身に紋様が浮かんだ。シルヴィスの左半身の紋様は黒く光り、右半身は赤い光を放っている。


「な、なんだ?」


 アグナガイスはシルヴィスの身に何が起こっているかが分からない。シルヴィスがとてつもない実力を有しているのは理解していたつもりであったが、それがまったく上辺の理解であった事をアグナガイスを察した。


 そしてシルヴィスの体に浮かんだ紋様が消えた。いや、シルヴィスの体の中に取り込まれていったと言うのが正しいだろう。紋様を取り込んだシルヴィスの姿はいつもと変わらない。だが、アグナガイスにはシルヴィスの体から放たれる威圧感が数桁レベルで跳ね上がったのを感じていた。


「さて……殺すか」


 シルヴィスが一歩踏み出すとアグナガイスは意思に反して二歩下がった。


「おいおい、神の僕である天使、その天使を統べる天使長様がそれでは示しがつかんだろ」

「ひ……かかれぇぇぇ!!」


 アグナガイスの叫びに天使達が顔を青くしながらシルヴィスに襲いかかった。シルヴィスは天使を無造作に手で払った。


 それだけで直撃を受けた天使の上半身は肉片となって飛び散った。


「な……」


 あまりの出来事に天使達の動きが止まった。天使は常時、防御陣を形成している事、肉体が頑強なことの二点の理由で物理的な攻撃に耐性があるのだが、シルヴィスの一撃はそんな天使達の常識ごと粉々に打ち砕いたのだ。

 ヴェルティアといい、シルヴィスといい天使達にとって理不尽な存在である事は間違いないだろう。そしてこのような理不尽な存在と戦わなくてはならない我が身の不幸を呪うしか出来ないというものだ。


「ボケッとしてんなよ」


 シルヴィスは吐き捨てると動きを止めていた天使に拳を放った。天使達は抵抗など出来ずに、いや、天使達が全身全霊をもってシルヴィスの攻撃に対処しようとしているのだが、シルヴィスとの実力差がありすぎて、まったく抵抗が用を為していないのだ。


 シルヴィスの理不尽な攻撃によって天使達は次々とその命を砕かれていく。


 もはや絶望的といえるほどの力の差がシルヴィスと天使達の間には存在するのは明らかであった。

 巨人と蟻の戦い。いや、それ以上の絶望的な戦いに天使達は参戦させられているのだ。


 シルヴィスはアグナガイスの間合いに飛び込むと拳を胸部に叩き込んだ。シルヴィスの拳はアグナガイスの胸部を貫くと、アグナガイスは遅れて苦痛に顔を歪めた。


「じゃあな。前哨戦にもならなかったな」

「ま…」


 アグナガイスの命乞いの言葉を聞く前に、シルヴィスは魔力の塊を一気に放出した。


「がぁぁぁぁ!!」


 背中を吹き飛ばされたアグナガイスが断末魔の絶叫を放ちながら、十メートルほどの距離を飛び地面に落ちる。地面に落ちたときにはアグナガイスは既に事切れていたのは断末魔の叫びが途切れたことからわかる。


「殺されるのを先延ばしにするつもりか?」


 シルヴィスの言葉にアルゼス達は怒りの表情を浮かべた。


「我ら八戦神オクトゼルスを天使共と一緒にするなよ」


 アルゼスの言葉にシルヴィスはニヤリと嗤った。

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