第39話 魔族との邂逅⑤

「キラト」


 冒険者の中から一人の名が発せられた。その声に明らかな恐れの感情が込められていた。

 キラトと呼ばれた冒険者は十代後半くらいの年齢に見える。茶色の髪に、黒い瞳の端正な顔をした美男子だ。


「おいおいキラト、誤解すんなよ。俺たちはあのガキを騙そうとか考えてるわけじゃねぇ。世の中ってやつを教えてやろうとしてんだ」


 キラトと呼んだ冒険者はニヤニヤと嗤いながら言う。それに同調するように他の冒険者達も余裕を取り戻したところを見るとこの冒険者は上位に入るのだろう。


「ユーグレン、お前がアホだとは思っていたが、ここまで迂闊だとは思わなかったぞ」

「何ぃ!!」

「俺は身のためだぞと言ったのは、何も正義感からだけじゃない。お前達のためだ」

「どういうことだ?」

「なんだ本当にわからないのか?」


 キラトの声には嘲るような響きがあった。その態度に冒険者達も怒りの感情を露わにしはじめる。

 キラト達のランクは“ミスリル”だ。冒険者ギルドでは、下からブロンズ、シルバー、ゴールド、プラチナ、ミスリル、オリハルコン六段階あり、キラト達は上から二番目のランクだ。

 プラチナとミスリルの間には実力、財力、装備、人脈などの各分野において大きな隔たりがあるのだ。そしてミスリルとオリハルコンにもそれがあるのだ。


 そのキラトに対して怒りを向けることが出来るのはユーグレンもまたミスリルクラスであるためだ。いわば他の冒険者からすればユーグレンに頼ろうとしているのである。


「その白金貨に何らかの魔術がかけられてるぞ」

「な……」


 キラトの指摘に冒険者達の視線が革袋に集中した。その表情にはまさかという感情が浮かんでいる。


「依頼主はその大量の白金貨を無造作におくことで冒険者ギルドが信用できるか試してるんだよ。お前達は見事にそれにのっかって無様な姿をさらしたわけだ」

「……」

「依頼主は相当に用心深い性格だ。どんな生き方を今までしてきたことやら。ケインさん、すぐにその革袋はしまった方が良い。依頼人はこちらを試している。ギルドの信用を失いかねない」


 キラトはギロッとケインを睨みつけると厳しい声で言い放った。


「わ、わかりました」


 ケインは顔を強張らせながら革袋を閉じる。


「さて、あんたらの迂闊な行動は、質の悪い冗談と言うことにしてやるから、さっさと解散しな」


 キラトはそう言うとくるっと身を翻した。


「待て!!」


 キラトをユーグレンが怒りの籠もった声で呼び止めた。ピタリと立ち止まったキラトは振り返ることなく答えた。


「なんだ? 礼なら必要ない。質の悪い冗談で冒険者の品性が疑われるようになれば、そちらの方が損害が大きいからな」

「うるせぇ!! よくも恥を掻かせてくれたな!!」

「何を言ってる? 俺はお前らの名誉を守ってあげたんだぞ」

「てめぇ、もともと気にくわねぇ奴だったが、もう勘弁できねぇ」


 ユーグレンは剣を抜き放つとキラトへ鋒を向けた。


「あんた、何をしてるかわかってるの?」


 そこにキラトの仲間の黒髪の少女が睨みつけてユーグレン鋭い声で言う。


「うるせぇ!! お前はキラトの後にじっくりといたぶってやる!!」

「あ?」


 ユーグレンの言葉に反応したのはキラトであった。キラトから放たれる雰囲気が一気に剣呑なものとなった。


「リネアをいたぶるだと? 良い度胸だ。細切れにしてやる」


 キラトがそう言って一歩踏み出すと周囲の冒険者達が一斉に下がった。ユーグレンもキラトの逆鱗に触れたことを察したが、引くわけにもいかない。だが、キラトが一歩踏み出す度にユーグレンの体が震え始めた。


「ま、待て!! キラト!!」


 ケインが勇気を振り絞り、キラトを制止する言葉を投げかけた。


「ほう……つまり剣を抜いて威嚇するユーグレイよりも剣を抜いていない俺の方が割るというのがギルドの判断というわけか」

「ひ……そ、そんな事は無い……です」

「ならユーグ例をまず止めたらどうだ? ケインさん……あんたの行動を俺はギルドの意思ととるぜ。依頼人がおいていた白金貨をちょろまかそうとしたクズ共の意見の方が、より優先されるとギルドは判断したんだな」

「い、いや……そんなことはありません」


 ケインは大量の汗を掻きながらキラトの言葉にかろうじて返答する。


「じゃあ、制止すべきは俺か? ユーグレイか? どっちだ?」

「ユ、ユーグレイ!! た、頼む止めてくれ!!」

「あ、ああ、わかった」


 キラトの厳しい口調にケインはユーグレイに言うとユーグレイはケインの申し出を受けると剣を納めた。

 ユーグレイは誰の目から見ても安堵しており、ギルド内にほっとした雰囲気が流れたが、そこで終わりではない。


「それで、ユーグレイ……お前、俺に言うべき事があるだろう?」


 キラトから放たれる殺気に、再びギルド内の緊張感が跳ね上がった。


「す、すまなかった。許してくれ」

「ああ、それでいい」


 キラトから放たれていた殺気がウソのように消え去った。キラト達は後ろを向くとそのままギルドを後にした。

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