第37話 魔族との邂逅③
シルヴィス達はラクシャース森林地帯を抜け、エルガルド帝国の北方の大都市であるラディンガルドにいた。
砦の戦いから十一日後のことであり、シルヴィス達は相当なハイペースでラディンガルドへ到着したのだ。
シルヴィス達一行はそのハイペースにあっても大した披露は見せない。というよりも平然としていたのだが、軀の生き残り達はそうはいかない。一日の移動が終わったときには三人は崩れ落ちていた。
生き残り達にとって移動は死にものぐるいの鍛錬であった。それというのもシルヴィスが「遅れればどうなるか聞きたいか?」と言われれば必死に走らざるを得ない。さらに、ヴェルティアが「受け身をきちんととれるなら私が前に投げて上げますよ」というとんでもない事を言い始めた時は泣きながら断っていた。
ヴェルティアの力で投げ飛ばされれば受け身云々では無く、空中分解される未来しか見えなかった。人間は鳥と違って空を飛ぶように出来ていないのだ。
ラディンガルドは人口四十万を超える大都市であり、エルガルド帝国の北方の守りの中心であり、二万の軍が駐留する軍事都市だ。
駐留する軍を統率するのはエリュゼス=キューラー侯爵。エルガルド帝国皇帝であるルドルフ4世の信頼厚い人物だ。
この辺りの情報は、エリック達から聞き出したり、途中の村々で聞き込みをした結果であった。
「お~中々大きな都市ですねぇ~」
ヴェルティアがラディンガルドの城壁を見て感心したように言った。
「そうですね。さすがはエルガルド帝国の北方の守りですね」
「ああ、あそことあそこは連携がとれるようになってるし、あっちとあっちもそうだ。よく考えられた配置だと思うよ」
ディアーネとユリも同様に感嘆している。ヴェルティア達の実力ならば、落とすのは簡単だろうが、それでも備えを見て、きちんと評価する姿勢は立派なものだ。
「ちなみにヴェルティアはこの都市を攻め落とすとするならどうする?」
「そりゃぁ、もちろん正面突破ですよ!!」
「……だよね」
シルヴィスは予想通りのヴェルティアの返答に頷かざるを得ない。ヴェルティアの実力ならばどのような防御施設であっても拳一つで粉砕するだろうし、どれほどの実力者であってもヴェルティアを止められるとは思えない。
「まぁお嬢ならそうだよね」
「はい。それ以外の方法など無用ですよね」
ディアーネとユリの言葉はヴェルティアの耳には入らなかった。まぁ耳に入ったところで“いや~二人ともよく私の事わかってくれてますねぇ~"となって終わりであろう。
「となるとヴェルティアレベルの化け物がここに攻めてきたことはないと言えそうだな」
シルヴィスは別にヴェルティアを陥れるために発言したのではなく、施設の状況から魔族の戦闘力を推測した故の発言であった。
もし、ヴェルティアレベルの実力を有するものならばこの備えでは心許ないことこの上ないのだ。それなのに、この防御施設レベルを継続しているというのは、前線に出てくる魔族の実力はそれほど高い訳ではないのかもしれない。
しかし、ヴェルティアがそれを理解していても、受け入れるかどうかは別というものだ。
「なっ!! 何ですか化け物って!!」
「あぁ、すまん怪物だった」
「意味は一緒じゃ無いですか!! 私のような淑女に何という言い草ですか!!」
「いや、普通に考えて淑女は都市を攻め落とすという質問はされないし、されても正面突破なんて即答しないだろ」
「それはシルヴィスの淑女のイメージが偏っているんですよ。シルヴィスの価値観の狭さがここでバレてしまいましたね……」
「しばくぞ」
「大丈夫ですよ。心が狭くても人はいくらでも成長できます!!」
「お前、なんで俺を慰めてんの?」
「シルヴィスが打ち拉がれていることでしょうから慰めておかねばと思っているのですよ。よしよし!!」
「いらん。いらん」
ヴェルティアが頭を撫でようとしたのでシルヴィスはさっと躱した。シルヴィスが躱したことにヴェルティアは少しばかり不満そうだった。
「お二人とも、とりあえず中に入ろうではありませんか」
「そうだよ。二人とも仲良いのは良いこと。でも、まずは中に入ろうぜ」
ディアーネとユリはニヤニヤとしながら、シルヴィスとヴェルティアに言った。
「そうですね。さぁ、とりあえず中に入りましょう!!」
「まぁ、ここで喋ってても仕方ないからな」
「そうそう!! 楽しみですね~」
ヴェルティアはニコニコとしながら城門へと向かう。エルガルド帝国の都市に入るには身分証の提示が求められるのだが、ディアーネによる偽造により身分証は取得済みである。
エルガルド帝国の発行した身分証は公印が押されているというものであり、偽造は公印があれば容易であるし、朱肉に魔術処理が施されているのだが、そちらの方もディアーネが魔術を解析し、同じ効果の魔術を施したためにまず見破られることはない。
「身分証」
門衛の愛想のかけらも無い声で身分証の提示を求められたが、ヴェルティアはニコニコとして身分証を提示した。
無駄に容姿が整いすぎているヴェルティアの笑顔を向けられれば多くの異性は、警戒が緩む。この門衛も同様であったがそれを責めるのは酷というものであろう。
「はい、どうぞ」
明らかに機嫌が良くなった門衛は次にシルヴィスに視線を向けると、また途端に機嫌が悪くなってしまう。
理由は簡単で、シルヴィスの身分証とヴェルティアの身分証の家の名前は同じにしてあるのだ。
「ご兄妹かな?」
「いいえ……妻です」
「……そうか」
このやりとりを何度も行った結果、羨望よりも嫉妬の籠もりすぎた視線を受けてシルヴィスも辟易としてしまうのだ。
当然、シルヴィスはヴェルティアと夫婦として身分証を偽造することに難色をしめしたのだが、“一番怪しまれない"というディアーネとユリの力説に押し切られてしまったのだ。
「はい。次」
そしてディアーネとユリの身分証を見てから、機嫌が良くなるというのまでが様式美というものだ。
ディアーネとユリの容姿も非常に整っているので、ヴェルティア同様に異性のみならず同性からも羨望の視線を向けられるわけであった。
最後に軀の三人の身分証を確認して、一行はラディンガルドへ無事に入ることができた。
「さて、それじゃあ。冒険者ギルドへ行こうか」
「そうですね。どんな人たちがいるか楽しみですね」
「お前、喧嘩売るなよ。可哀想だからな」
「なっ!!シルヴィスは私を何だと思っているんですか!!」
「歩く理不尽、暴力の権化、無垢なる天変地異……かな?」
「なんでそうなるんですか!! ……って聞いてください!!」
ヴェルティアの抗議の声をシルヴィス達は聞き流して、冒険者ギルドへと向かった。
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