第33話 シオルの進言
「シオル様!!」
「アグナガイスを頼む。応急処置をしたから命に別状は無いが、重傷であるのは間違いない」
「は、はい!!」
神界に戻ったシオルは抱きかかえていたアグナガイスを駆け寄ってきた天使達に引き渡し、処置を命じると自身はヴォルゼイスの元へと向かう。
本来であれば、ヴォルゼイスとの謁見には、神とはいえ手続が必要なのだが、シオルはその手続が特別に免除されていた。
それはシオルがヴォルゼイスの親友であり、その功績があまりにも大きすぎるために与えられた特権であったのだ。
シオルがヴォルゼイスの謁見の間に到着すると門のところに立っている天使達が恭しく一礼する。
「ヴォルゼイス様に会いたい」
「はっ……しかし……ディアンリア様が」
シオルの言葉に天使は言い辛そうに言葉を発している。シオルとディアンリアが不仲であるというのは神界では常識であるため、天使としては気を遣わざるをえないのだ。
「構わん。通せ」
「はっ!!」
シオルの言葉に天使は素直に従う。シオルは残忍にほど遠い穏やかな性格をしているが、それでも苛烈な一面を確かに持っている事は知っている。ヴォルゼイスに苛烈な反論をしたことなども一度や二度ではない。
そんな大神に対して天使が抵抗するなど不可能というものだ。
扉が開かれシオルは歩を進める。
シオルの視線の先にはヴォルゼイスが豪奢な玉座に腰掛けており、その前にディアンリアともう一柱赤髪、茶色の眼を持つ偉丈夫がいた。
(アルゼスもいたのか?)
シオルは赤髪の一柱の名を苦々しく胸中で呟いた。アルゼスは戦いを司る戦神であり、シオルにことあるごとに絡んできており、シオルにとって当然ながら好ましい存在では無い。
同様にディアンリアもシオルにことあるごとに絡んでいた。シオルはこの二柱がなぜ自分に絡んでくるのか正確に理解していた。
その理由は二つ。
一つは、ヴォルゼイスとシオルの関係に対する嫉妬であった。シオルはヴォルゼイスの親友であり、様々な特権を与えられている。それが単純に気に入らないのだ。
そしてもう一つは、神族至上主義である二柱とそうでないシオルとは根本的に価値観が合わないのだ。
シオルはヴォルゼイスの前で跪くと頭を垂れた。
「相変わらず堅い奴だ。面を上げて立ってくれ」
ヴォルゼイスの苦笑交じりの言葉にシオルは立ち上がった。
「シオルガルク、アグナガイスの救出ご苦労だった」
「もったいないお言葉」
「ふ……そう怒るな。シルヴィスの実力を図るために必要な措置だったのだ」
シオルの声に僅かな怒りが含まれている事に、気づいたヴォルゼイスは苦笑交じりに言う。
「承知しています。しかし彼の者はディアンリアの
シオルの鋭い指摘に反応したのはディアンリアであった。
「シオルガルク殿!! ヴォルゼイス様に何という言い様を!! あまりにも無礼ではありませんか!!」
ディアンリアが怒りの声をシオルに向けてきた。シオルの言葉を自分への侮辱ととらえたからである。
「ディアンリア……私は今ヴォルゼイス様へ進言を行っている。貴様風情が割り込むか!!」
「ひっ!!」
シオルは怒気をはらんだ声で一喝するとディアンリアの口から恐怖の含まれた声が発せられた。
シオルにしてみれば、自分への侮辱を直接責めるというのであればまだしも、ヴォルゼイスを隠れ蓑にしてシオルに謝罪させようという狡い手法が癪に障ったのだ。
「そして、お前ごときが誰に断って私をシオルガルクと呼ぶのだ!! 貴様はいつからヴォルゼイス様と同格になったのだ!!」
「も、申し訳ございません!!」
シオルの激高にディアンリアは青ざめて謝罪の言葉を口にしていた。シオルの本名である“シオルガルク”と呼んで良いのはヴォルゼイスだけであり、彼の者にはシオルと呼ばせていたのだ。
「貴様、このシオルへの侮辱……高くつくぞ」
シオルは凄まじい殺気をディアンリアへと容赦なくぶつけてきた。あまりの剣幕にディアンリアのみならず、戦神であるアルゼスもゴクリと喉を鳴らしていた。
「シオルガルク、そうディアンリアをいじめるな。
「ヴォルゼイス様、ならばここでお答えください。彼の者に何を期待しておられるのですか?」
シオルの言葉にはヴォルゼイスへの複雑な感情が含まれている。
「ふ、お前が果たしてくれそうもないゆえ……な」
「それは……」
ヴォルゼイスの言葉にシオルは言い淀んだ。その様子を見たヴォルゼイスはほろ苦く笑った。
「シオルガルク……やっとなのだよ」
「……承知いたしました。お見苦しい所をお見せいたしまして申し訳ありません」
「気にするな。私とお前の仲だ」
「はっ!! それでは失礼いたします」
シオルは一礼するとヴォルゼイスの前から退出した。ヴォルゼイスは小さく笑い。シオルの表情は悲しさに満ちていた。
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