第34話 ラフィーヌは嗤う

「な……八つ足アラスベイルが……」


 八つ足アラスベイルの敗北の報を受けたラフィーヌは呆然としていた。


 シルヴィスを逃したというのならばならば怒りがわいたのだろうが、敗れたというのは恐怖を伴ったのだ。

 ラフィーヌは八つ足アラスベイルの実力をよく知っている。今回はディアンリアからの情報により八つ足アラスベイルの総力を挙げた作戦であった。

 それが撃破されたとなれば、シルヴィスを始末するのは国家権力を持ってしても困難きわまるという結果が導き出されてしまった。


 もちろん、現時点でシルヴィスの本当の実力を知らない。ラフィーヌにしてみればエルガルド帝国は未曾有の危機に陥っているのだが、そこまでは知らない。おまけにヴェルティア達という理不尽の塊がシルヴィスに合流したことで、さらにエルガルド帝国はもはや生かされているという状況にあるのだ。


 まぁ、この評はディアーネ、ユリにとっては納得できないことだろう。理不尽の塊はヴェルティアのみだと主張するのは必然であった。

 しかし、それはあくまでもヴェルティアを基準にすればということで、ディアーネもユリも規格外の実力を持っているというのは確実なのだ。


「ノイル侯は?」


 ラフィーヌとすればサリューズの生死が気に掛かるところであった。ラフィーヌにとってサリューズは自分の武術の師であり、その実力の高さは骨身にしみているのだ。


「はっ、ノイル侯は胸骨を骨折という重傷ではありますが命に別状はございません」

「そうですか……良かったです」


 ラフィーヌの安堵した様子に報告した者もまたほっとした様子を見せると一礼して退出していった。


「……アルマ」

「は……」

「サリューズが裏切った可能性は?」

「……五分五分」

「何の参考にもならないわね」

「申し訳ございません」


 ラフィーヌの言葉にアルマは恐縮したように頷く。実際にラフィーヌとしてはアルマを責める意図は全くない。ラフィーヌも判断がつかなかったためにアルマに尋ねたのだ。ギエルはシルヴィスに返り討ちに遭った後に、シルヴィスの道具としてラフィーヌを殺そうとしたし、八つ足アラスベイルの幹部であるノルトマイヤーが命を落としたのだ。


「サリューズと会うことは出来ないわね」

「はい……それどころか今回のあの男と接触した生き残りに会うのも危険かと」

「そうね……誰にギエルと同じ術を仕込んだかわからないものね」

「はい」


 ラフィーヌとすれば八つ足アラスベイルが、自身を暗殺する道具となっている可能性がある以上、八つ足アラスベイルを重用するのは危険であると思うのは当然であった。

 ラフィーヌの実力は相当高い。ラフィーヌの祝福ギフトは、白であり神聖術に対する適正が高い。神聖術は治癒術のみならず、対魔族の術、肉体強化による戦闘と隙が無いのだ。


八つ足アラスベイルは今後は使えないわね」

「はい」

「少なくとも……皇族の側に置くことはできないわ」

「どうされます?」


 アルマの言葉にラフィーヌは思案する表情を浮かべた。


「廃棄するしかないかもしれないわね」

「廃棄ですか……」

「ええ、いつ牙を剥くかわからない……そんな相手を近くにおく事は出来ないわ」

「しかし、八つ足アラスベイルほどの組織の育成には時間がかかります」

「それに私の一存ではサリューズ達を廃棄することはできないわ」

「それでは……一体どうやって?」

「私達がやらなくても処分してくれる連中がいるわ」

「魔族……ですね?」


 アルマの問いにラフィーヌはニヤリと嗤う。そのみはゾクリとするほど美しく、そして冷たかった。


「そうね。陛下・・に進言せねばならないわね。そしてレンヤ達をすぐに鍛え上げねばならないわ」

「レンヤがモノになるには三ヶ月はかかると思われます」

「他の二人はすでに一流の実力を持ってますが、レンヤは素人ですものね」

「はい。しかし、あの成長は凄まじいものがあります」

「そうね……頼もしいわ」


 ヴィルガルド、エルナと違ってレンヤは、戦いに対してまったく経験が無い事がすぐに知れた。しかし、レンヤはまじめに訓練にいそしみ実力を上げている。訓練開始からわずか一週間で並の技量を持つ騎士を試合で打ち負かしたのだ。 


「いざとなったら、あの三人をぶつければ確実に勝てるわ」

「そのための時間稼ぎというわけですね」

「そういうことよ」


 ラフィーヌはそう言って冷たく嗤う。それは自分が敗北するとはまったく考えてないモノの冷たい嗤いだった。


 しかし、ラフィーヌはこの考えが誤りであることを思い知らされることになる。

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