第32話 後始末②

「仕方ないですねぇ……でいつまでですか?」

「神をしばき倒して元の世界に戻ったらだな」

「結構長くなりそうですね」

「まぁな」


 シルヴィスの返答にヴェルティアはため息をついた。


「まぁ仕方ないよ。お嬢」

「う~」

「そうですよ。流石にあれほどの手練れがいるのに、互角の戦いを楽しんでたら、後ろからズブリということになれば目も当てられません」

「わかってますよ。さっきの神様の実力もさることながら、神様達は戦いを見物してたってことでしょう。だからシルヴィスは、私の口を塞いで情報を漏れないようにしたのでしょう?」


 ヴェルティアの言葉にシルヴィスは静かに頷いた。


 シルヴィスが先程、ヴェルティアの口を塞いだのは、シルヴィスの闘法に対する情報を神達に漏れないようにするためだ。

 シルヴィスにしてみれば神が天使達との戦いを見ていないと想定しない方がおかしい。そのため、切り札を見せるようなことはしなかったのだ。


「ああ、そういうことか。お嬢と互角にやり合ったというわりには、あの程度・・・・の奴を仕留めてないというのはおかしいと思ったんだ」

「えぇ、私もあの程度・・・・の相手に手こずっていたのかと内心首を傾げてましたが、そういう事情があったのですね」

「そうなんですよ!! 私もおかしいと思ったんです!! それでも情報を漏らさない私って偉いですねぇ!! うんうん」


 ヴェルティアの自画自賛に全員が苦笑を浮かべた。ある意味、ヴェルティアの前向きすぎる・・・姿勢というのは事態を打開するには有効なことが多いのだ。

 

「いや、お前は口を滑らしかけただろ。というよりも7割は漏れてたぞ」

「何を言っているんですか。7割ということは逆に言えば3割も秘密は保たれているのです。その3割を守った私の機転こそ称賛すべきでしょう!! さぁ、遠慮はいりませんので褒めて良いのですよ」


 シルヴィスの非難をヴェルティアはさらなるポジティブシンキングで踏みつぶした。


「ワァ~エライナァ~ヴェルティア スバラシイ」

「シルヴィスもようやく私が出来る女ということに気づいたようですねぇ!! はっはっはっ!!」


 シルヴィスは明らかに棒読みの賛辞を送ったが、ヴェルティアは額面通りに受け取り得意満面の笑みを浮かべた。


「なぁ、お前って本当に皇女としてやっていけてるのか?」


 シルヴィスの問いかけにヴェルティアは首を傾げた。


「当然じゃないですか。私の皇女っぷりはまさしく皆の憧れそのものなんですよ!!」

「まぁ、さすがに礼儀作法とか教養とかは仕込まれてるだろうが、俺が言いたいのはそこじゃないんだよ」

「シルヴィスは本当に回りくどいですねぇ~そんなことでは相手に伝わりませんよ」

「いや、お前そんなに単純なら騙されまくるだろ。しかも皇女という立場なんだから、どんどん利用しようという奴がわいて出てくるだろ?」

「え?そんな人たちなんていませんよ?」

「え?」


 ヴェルティアの返答にシルヴィスはディアーネ達を見ると、ディアーネ達は意味ありげに頷いた。シルヴィスの視線を受けたディアーネが返答する。


「シルヴィス様、実際にヴェルティア様を利用しようと考える者など、もう・・どこにもおりません」

「本当に?」

「はい。ヴェルティア様のような災害を好んで抱え込もうという者はおりません」

「あ~そういうことか」

「はい、ヴェルティア様を騙して利益を得ようとした者は例外なく悲惨な目に遭っています」


 ディアーネの返答にシルヴィスは納得した。確かにヴェルティアを騙すことは一度は出来るだろう。だが、この暴走娘を制するなんて出来るわけない以上、利用しようとした者達が先に潰れてしまうのだ。


「な、まるで私が悪逆非道な皇女であるような言い方はやめてください!!」

「エティンゲア商会とイーギント商会、ゲーボルク傭兵団、ウォルメイス王国……まだまだありますが提示しましょうか?」

「あ、あれは違います!! ちゃんとした理由があります!!」

「ほう。まさかあの“大丈夫です!!いけます!! さぁ行きますよ!!"という激励という名の虐待が?」

「ぎゃ、虐待って……」

「まぁ、お嬢は規格外だからな。お嬢の普通は他人の虐待にあたる」

「ガーン!!」


 ディアーネとユリの言葉にヴェルティアは両膝をついて落ち込んでしまった。その様子があまりにも哀れだったのでシルヴィスもいたたまれなくなり、つい慰めの言葉を口にしてしまう。


「まぁ、お前ができる女である証拠だ。そう気を落とすな」

「そうですよね!! いや~私ってやっぱり優秀ですね~うんうん」


 “お前騙した?"というレベルの切り替えの速さだが、ディアーネとユリを見ると小さく首を横に振ったところをみるといつものことのようだ。


「とりあえず、俺は落とし前をつけるまでは帰らないから、ヴェルティア達は帰っておいてくれ」

「え? 帰りませんよ」

「へ?」


 シルヴィスの提案をヴェルティアは即座に断った。ディアーネとユリも同様に頷いている。


「シルヴィス様はヴェルティア様の御身をご心配いただけていると思われますが、その心配は杞憂でございます」

「へ?」

「え!? シルヴィスは私を心配しているのですか!?」

「いや、心配というよりも……」

「すばらしい!! さすがはシルヴィス様!! ヴェルティア様を女性扱い出来るなんて……このディアーネ、とても感服いたしました!!」


 シルヴィスがヴェルティアの意見を否定しようとしたときに、それをディアーネがさらに大きな声で塗りつぶした。


「ヴェルティア様!! シルヴィス様の器の大きさはすばらしいですね!!」

「そうですねぇ~うんうん、シルヴィス偉いですよ!! 褒めさせてもらいますね。よしよし!!」


 あっさりとディアーネの意図に乗って、ヴェルティアがシルヴィスの頭を撫でる。シルヴィスの実力と気質ならおとなしく撫でられるようなことはしないのだが、ヴェルティアの実力の高さから躱し損ねたのである。


「いやさ……もうそれは良いとして。お前は皇女なんだろ。帰らないと国としてもやっぱりマズイだろ?」

「それがですね。お父様がどうしてもシルヴィスに会いたいと言ってるんですよ」

「え? お前の父と言うことは竜帝?」

「はい、そうですよ」

「いや、俺は竜帝なんて偉すぎる方と会うつもりはないぞ」

「まぁ、シルヴィスはそういうだろうと言ったんですけどね。お父様はぜひご足労いただきたいと言って聞かないんですよ」

「なんで?」

「さぁ?」


 シルヴィスの質問にヴェルティアは首を傾げた。その様子は本当に知らないとしか思えないものだ。


「ああ、そこは私が説明させていただきますね」


 そこにディアーネがシルヴィスに向かって語り始めた。


「竜帝陛下のお言葉をそのまま伝えさせていただきます。もし、お疑いなら何らかの術を施していただいて構いません」

「いえ、そこまでするつもりはありません。竜帝陛下が何を言ったか教えてください」


 シルヴィスはディアーネの言葉に苦笑交じりに返答する。そこまで言われて、なお疑うというのは流石に狭量というものだ。


「“シルヴィス殿、我が娘ヴェルティアと互角の戦いを行ったという君にとても興味がある。本来であれば、こちらから出向くのが礼儀と言うことは承知している。だが、君は現在異世界にいるとのこと。さすがに異世界にまで私が出向くわけにはいかないのでヴェルティアと一緒に異世界から戻ってきてはくれないだろうか? 異世界から帰還したらぜひ会いたいのだがどうだろうか? 何なら私から出向くことも辞さない"以上です」


 ディアーネの口から竜帝の言葉が伝えられると流石にシルヴィスも無碍に断ることができない。頭ごなしに命じられればシルヴィスは、反発し絶対に断ったろう。しかし、竜帝という立場にある者から、ここまで丁寧に言われてしまうと断るというのは流石に躊躇われる。

 シルヴィスという男は、“右を向いてくれませんか?"と丁寧に言われれば素直に右を向くが、“右を向け!!"と頭ごなしに言われれば損を承知で左を向くような男なのだ。竜帝の言葉は、“右を向いてくれませんか?"と言われたに等しいのだ。


「わかりました。竜帝陛下ともあろう方にそこまで言われれば応じないわけにはいきません。しかし、この世界でやることがあるのでそれが済んでからとなりますがよろしいですか?」

「ヴェルティア様」


 ディアーネがヴェルティアを呼ぶとヴェルティアは満面の笑みを浮かべた。ディアーネは意思決定はヴェルティアが行うべきという考えに基づいているため、ヴェルティアの判断を仰いだのだ。


「そうですねぇ~シルヴィスにはシルヴィスの都合もありますし、お父様の要望にも応えてくれるというので、落としどころというやつですね。というわけで私達もシルヴィスの手助けをして国に帰りますので、それまで手伝いますね」

「ええ、我々としても機か……コホン、シルヴィス様を陛下と会わせることが国家への貢献ですので、ぜひ我々もついていかせてください!!」

「シルヴィス様、一人の方が気楽というのもあるかもしれないけどさ。私達のような美女達と旅をするというのもそれはそれで楽しいと思うぜ? こう見えても私も料理とか出来るし色々と役に立つよ」


 ヴェルティア達の言葉にシルヴィスの口元は自然と緩んだ。


(まぁ、この三人なら色々と助けてくれそうだし……それに)


 シルヴィスはそう考えたところで首をぶんぶんと横に振った。シルヴィスが首を振ることで無かったことにした感情は“楽しい”であった。長い間一人でいることになったシルヴィスにとって他者といることで楽しいと思えるのは自分でも驚きだったのだ。


「わかった、よろしく頼むな」


 シルヴィスの返答にヴェルティアは満面の笑みをディアーネとユリはどことなくほっとした表情をした笑みを浮かべた。


 シルヴィスはこの一連の戦いを通じて新たな仲間を得たのであった。


 それがシルヴィスにとってどのような変化をもたらすかをシルヴィスにはわからない。だがどことなく悲劇とは無縁でいられそうな予感をシルヴィスは感じていた。

 

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