第31話 後始末①

「う~ん、理不尽かつ無情な結果だが、仕方ないよな。ヴェルティアという歩く天災が来てしまったのが運の尽きだったな」


 シルヴィスの同情がアグナガイスに注がれた。アグナガイスとすれば不本意甚だしいだろうが、ヴェルティアという理不尽な存在が突如参戦したという不幸には納得せざるを得ないだろう。


「シルヴィス様、この者はまだ生きているみたいですが……どうなさいます?」


 ディアーネはチラリとアグナガイスを見て言う。ディアーネの言う通り、アグナガイスはピクピクと痙攣をしており、息絶えていないことを示していた。


「俺とすればとどめを刺すのが当たり前なんだが、こいつを倒したのはヴェルティアだからな」


 シルヴィスがヴェルティアを見るとストレッチを始めているヴェルティアは首を傾げた。


「え? 元々シルヴィスの相手なんだしシルヴィスが決めるべきじゃないんですか? まぁ、とどめを刺すというのなら別に構いませんよ」


 ヴェルティアはもはやアグナガイスに完全に興味を失っているようで、我関せずと言う返答であった。


「いいのか? 倒したのはお前だぞ」

「まぁ、表面上を見ればそうでしょうけど、シルヴィスの煽りに乗せられて突っ込んでくるという状況を作り出したのはシルヴィスですし、シルヴィスが決めてください。私としては、そんなやつの事よりも、私達の勝負のやり直しの方が遙かに大切です」

「そうか。まぁ生かしておく理由もないし、始末しておくか」


 シルヴィスは虎の爪カランシャに魔力を込める。


「すまないがそれは許してくれないかな?」


 そこに何者かの声がかけられる。


 シルヴィス達が視線を向けた先には、一人の男が立っていた。


 銀髪を短く刈り込んだ美しい顔立ちをした男だ。身長はシルヴィスよりも少し高いくらいで白を基調とした鎧を身につけて、背には長剣を背負っている。


「あんたは?」


 シルヴィスの問いかけに銀髪の男は優しげに微笑んだ。シルヴィスには、男から一切の敵意を感じることはないが、シルヴィスは警戒を解くことはない。そしてそれはヴェルティア達も同様で、ユリ、ディアーネがヴェルティアを守る位置に立った。


「私はシオルという名だ。一般的には神と呼ばれる存在だ」

「ほう……で、神様はこの天使長様が俺たちを殺そうとしたという前提はご存じかな?」

「……知っている」

「ここでこいつを見逃したら、ケガを治してまた俺を殺しに来る。そしてまたこいつと戦えと?」

「虫の良い話というのはわかっている。そこを曲げて頼みたい」

「そうか……ではいくら出す?」

「いくら?」

「金だよ。俺はこの世界の通貨を持ってないからな」


 シルヴィスの提案にシオルは思案顔を浮かべた。


「逆にいくらならアグナガイスを見逃してくれるかな?」

「エルガルド帝国の今年の国家予算」

「いいだろう」


 シルヴィスの要求をシオルは即座に承諾する。


「ほう……ずいぶんと剛毅なことだな。今すぐにここに出す事が出来るのかな?」

「当然だ」


 シオルは空中に魔法陣を描くとそこから大量の金貨が流れ落ちてきて、すぐに山積みとなった。


「これでいいだろう?」


 シオルの言葉には相変わらず敵意は見られない。


「ああ、そこまで誠意を見せてもらえばこちらとしても応えるさ。だが、一つ言わせてもらう」

「なんだい?」

「この金で助けるのは一度だけだ。もう一度こいつが挑んでくれば次は殺す。そこに取引は一切ない」

「承知した。当然の申し出だ」

「それじゃあ交渉は成立だ。こいつを引き取ってもらおう」

「感謝する」


 シオルはそう言うとシルヴィスの隣を悠然と歩きアグナガイスを抱きかかえた。


「それでは失礼する」


 シオルは一言告げるとアグナガイスと共に姿を消した。


(シオルか……どうやら大物はいるみたいだ)


 シルヴィスの頬を冷たい汗が一筋伝う。


 シルヴィスはシオルの動きに細心の注意を払っていたが、シオルが隣を悠然と通り過ぎるのを察知するのが遅れたのは事実であった。

 あの一瞬にシオルが攻撃を仕掛けていたらシルヴィスは戦いの流れを奪われ、取り戻すのはシルヴィスですら困難を極めていただろう。


「さっきの神様強かったですねぇ~」


 そこにヴェルティアがうんうんと頷きながら脳天気な声を発していた。


「お前もわかったか」

「当たり前です。あそこまで意を消すことの出来るってすごいですよ。簡単に間合いに入り込まれたのは久しぶりのことなのです」

「お前って、戦いのことになると本当に天才的な能力を発揮するな」

「はっはっはっ!! 当然です!! アインゼスの皇女ですから!!」

「さて、その戦いに関して天才的な能力を持つアインゼスの皇女様なら、勝負の続きはお預けというのもわかるよな?」

「う~~~」


 シルヴィスの提案にヴェルティアはものすごく嫌そうな顔をした。

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