第29話 天使長アグナガイス戦②
「さぁ、シルヴィス!! 続きをやるとしましょう!!」
無駄に良い笑顔でヴェルティアがシルヴィスに場をわきまえず提案してきた。
「いや、今取組中なんだが……」
シルヴィスの返答は当然である。天使長アグナガイスが今まさに切り札を放とうとしてるのに、ヴェルティアの提案を却下するのは当然と言えば当然だ。
「え~せっかくここまで来たんですよ。ここまで来るのって大変だったんですから、相手してくださいよ!!」
「ヴェルティア様、シルヴィス様にも都合があるのは当然でございます」
そこにメイド服に身を包んだ一人の少女がヴェルティアの空けた次元のスキマから顔を出した。
「えっと……あなたは?」
シルヴィスは基本的に礼儀正しい相手には礼儀を守るタイプなのだ。現れたメイドの少女はシルヴィスに一礼すると名乗る。
「初めまして、私はディアーネ=ザイエルグランと申します。ヴェルティア様の専属侍女でございます」
「これはご丁寧に、俺はシルヴィスです」
「はい。本日はうちの皇女様が空気も読まずに大変申し訳ございません」
ディアーネは申し訳なさそうにそう言うと再び一礼する。ディアーネの言葉はヴェルティアに対する慇懃無礼というべきものだが、不思議と声に込められている感情はヴェルティアへの好意に満ちているようにシルヴィスには感じられた。
「ディアーネはどうしてそう素直じゃないんですかね~。私には聞こえますよ。私を讃えたいというディアーネの本当の心が!!」
「疲れてるんですか?」
「はっはっはっ!! 心配ありがとうございます!! でも大丈夫ですよ。私のスタミナは無尽蔵なんです!! はっはっはっ!!」
「はぁ……これですよ。シルヴィス様頼みますね」
ディアーネの言葉にシルヴィスは首を傾げた。ディアーネの意図するところをシルヴィスを読み取ることができない。まぁこの辺りはディアーネというよりもアインゼス竜皇国の事情が入っているのでシルヴィスがわからないというのは当然なのだ。
「まぁ、とりあえずあの方をさっさとやっちゃってください!!」
ヴェルティアがアグナガイスを指さすと言い放った。
アグナガイスはヴェルティア達が現れたことに呆気にとられていた。突然のヴェルティア達の登場はそれだけ衝撃が大きかったのだ。
ヴェルティア達が転移してきた時に、貫手で次元を超えてきたという衝撃に硬直してしまったのは仕方がない。
「ああ、なんか興が削がれたのだが……一理あるな」
「ですよね~♪ やっぱり私のアドバイスは一級品です!! 」
「ヴェルティア様は少しお控えになってください」
三人の声がアグナガイスの耳にも入ってくる。状況的には切り札をいつでも放てる状態にしており、術自体が霧散している訳ではない。それなのにあの三人はまったく危機感を感じていない事に憤りをアグナガイスが持つのは当然のことであろう。
しかし、同時にヴェルティアとディアーネに対して、自分を恐れない二人に警戒心が一瞬ごとに高まっていく。
「お嬢!! あんまりワガママ言うんじゃないよ!!」
そこに黒髪を一つにまとめた褐色の肌を持つ美女が現れた。ディアーネとは違い武官のような服装に革鎧を身につけている。
「あなたは?」
シルヴィスの問いかけに美女はニカッと笑うと口を開いた。
「俺はお嬢の護衛武官のユリシュナていうんだ。気軽にユリって呼んでくれ。シルヴィス様」
「え? ああ、ユリさん、俺のことはシルヴィスでいいですよ」
「いや~気遣いは嬉しいけどシルヴィス様って呼ばせてもらうよ。さすがに皇は……うぉ!!」
ユリは大きくのけぞると避難の眼をディアーネに向けていた。ディアーネが高速で放った鉄球が木にめり込んでいる。常人、いや一流の武人であっても眼でとらえるのは困難を極めるものである。それを放ったディアーネも躱したユリも相当な実力者であるのは間違いない。
「ユリ……まさかと思いますが……ねぇ?」
「わ、悪かったよ。つい」
「つい……で命を失いたいのですか?」
「わ、わかったって!!」
ディアーネが優しく微笑むが眼がまったく笑っていないため、むしろ恐怖感を感じてしまう。
「二人でそんなに楽しそうなことを、私も混ぜてください!!」
「「いえ、駄目です!!」」
「ど、どうしてですか!! そこは素直になるべきだと思うのですよ!!」
「ヴェルティア様が混ざると命がいくつになってもたりません」
「ディアーネの言うとおりだ。お嬢は絶対に混ざるといけない!!」
「二人とも……私は嬉しいですよ!! ここまで私の事を心配してくれるなんてやはり二人とも私の友ですね~」
ヴェルティアはうんうんと嬉しそうに頷いているが、ヴェルティアを心配しているというよりも、自分達の身を案じている印象が強いとシルヴィスは思っているのだが、それは決して的外れではないだろう。
「ささっ、シルヴィス、さっさとあの方をやっつけて私との勝負の続きと参りましょう!!」
ヴェルティアの言葉にすっかり毒気を抜かれているのだが、決着を着けるというのは賛成なので、アグナガイスとの戦いを再開することにする。
「ああ……ヴェルティア達は危ないから下がっていろよ」
シルヴィスの言葉は社交辞令のものであったのだが、これがアグナガイスにとってまずかった。
「シルヴィスは本当に優しいですね。ですがこのヴェルティアにそのような気遣いは無用なのですよ!!」
「え?」
「あの方はそれなりの腕前というのは分かります。それでも心配は無用というのを証明して見せましょう!!」
「お、お……ぅ?」
「はっはっはっ!! 任せてください!!」
ヴェルティアは両手を腰に当てて高笑いするとビシッとアグナガイスに指を差して高らかに宣言した。
「さぁ、今からあなたの相手は私がします!! 用意は良いですか? 良いですよね!?それじゃあ行きますよ!!」
ヴェルティアの宣言にシルヴィスは流石に二の句が継げない。今の会話でどうしてこのような展開になるのかまったく意味がわからなかったのだ。
「シルヴィス様、お嬢の言葉に合理性なんて求めちゃ駄目だよ」
「え?」
「そうですね。合理性とか論理性とかそんな常識など踏みつぶしますからね」
「あ、やっぱりそうなんだ」
「あの方に同情します」
ディアーネの心からのアグナガイスへの同情の言葉にユリもうんうんと頷いている。
「ふん、何者かと思ったがまとめて吹き飛ばしてしまえば関係ない!!」
アグナガイスはここでようやくヴェルティア達の登場により呆けていた意識が再び戦闘モードへと切り替わった。
迂闊すぎると言えるのだが、次元の壁を貫手で破って登場というインパクトを考えれば戦意を再び燃え上がらせることが出来たのは流石と言えるだろう。
「燃え尽きろ!!」
アグナガイスが放ったのは超巨大な火球であった。もはや小型の太陽と呼んでも差し支えないほどの熱量だ。それが高速で落下してくる様は世界の終わりを実感させるものであった。
ディアーネは即座に周囲に防御陣を張り巡らせた。
(おお、この一瞬で周辺にこれだけの防御陣を張り巡らせるなんてディアーネさんの実力は凄まじいものだな。……でも、広範囲すぎるよな?)
シルヴィスはディアーネの張り巡らし防御陣の広範囲さに首を傾げた。範囲が広すぎるのだ。
ヴェルティアは腕をぶんぶんと回すと火球に向かって飛んだ。
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