第27話 十天使戦③

 シルヴィスのとんでもない発言にデミオル達天使は困惑していた。ここまで非情な手段を躊躇いもなく摂ることの出来るシルヴィスという男には驚くしかない。


「うぉぉぉぉ!!」

「ひぃぃぃぃ!!」

「うわぁぁぁぁぁ!!」


 駒と化した軀達は天使達を包囲すると絶叫を放ちながら天使達に襲いかかった。


 天使達にとって軀達などものの数ではない。むしろハエが纏わり付いてくるような煩わらしさしか感じないレベルだ。


 天使達は容赦なく襲いかかってくる軀達を蹴散らし始めた。


「ぎゃぁぁぁ!!」

「がぁぁ!!」


 天使達と軀達の実力差はまさに蟻と巨人であり、まったく相手にならない。


(どういうことだ? なぜこんな無駄なことをする?)


 天使達は軀達を殺戮しながらもシルヴィスの意図を読み損ねていた。今までのシルヴィスの戦い方は目線一つ、言葉一つでも自分を有利な状況にするためのものであることはわかっている。ならば、軀達を駒として自分達にけしかけるのも何らかの意図があると考えるのは当然であった。


 天使達のこの疑問が解決したのはすぐのことであった。シルヴィスが姿を消したのだ。


(何? 消えた?)


 エイトスがシルヴィスが消えたことに気づいた瞬間、自分の後頭部に衝撃を受けた。


「エイトス!!」


 周囲の天使がエイトスの名を叫ぶ。エイトスは三歩ほどの距離を飛び辛うじて転倒を免れると背後を見る。


 そこにはシルヴィスが片足を上げて経っている姿が見えた。


(奴はどうやって俺の背後を?)


 エイトスの混乱が収まる前に、シルヴィスの姿が消えた。


(な? また消えた?)


 エイトスが驚いた瞬間に、仲間の背後で既に攻撃モーションに入ってるシルヴィスの姿が見えた。


「ラルガンス!! 後ろだ!!」


 エイトスが叫ぶが既に放たれたシルヴィスの前蹴りがラルガンスの腰に入るとラルガンスは大きくよろめいた。

 ラルガンスが後ろを振り向いたときには既にシルヴィスの姿が消えている。


 そして、シルヴィスは他の天使の背後に現れると一撃を加えまた姿をくらました。


(やつは転移をして私達の隙を衝いてる。だが、どうやって転移先を決定している?)


 エイトスはここでシルヴィスが軀達を包囲・・させて襲いかからせた理由を察した。


「みんな!! この盗賊達だ。奴はこの盗賊達の体に転移術を仕込んでる!!」


 エイトスはそう言い放つと即座に空中へと避難した。エイトスの行動を見て他の天使達もそれに倣う。


 天使達に両断され地面に撒き散らされた地獄の傍らにシルヴィスは不敵に笑いながら立っていた。


 そのシルヴィスの傲岸不遜な態度に天使達は怒りとわずかな恐怖・・を感じていた。これほど手段を選ばない戦い方をする相手に天使達は出会ったことはない。異質な者を恐れるのは生き物の本能であり、それは人だろうが、魔族だろうが、天使だろうが、もしくは神であっても例外はないのかも知れない。


「天使様も結構鈍いものだな」


 シルヴィスの傲岸不遜な言葉に天使達は沈黙を守る。シルヴィスの煽りにのればのるほどシルヴィスのペースで戦う事になることは、嫌と言うほど理解しているのだ。


「さて、お気づきの通り俺がこいつらを分散させて襲いかからせたのは、こいつらに仕込んだ転移術の転移先の術式だ。お前達の転移がどんなものかは知らんが、の転移術は転移先をあらかじめ設定しておく必要がある」


 シルヴィスの言葉に天使達は沈黙している。


八つ足アラスベイルは俺がギエルというやつらに襲われた時に設定していたところに送りつけておいた。さて……ここからが本題なんだ」


 シルヴィスはここで言葉を切り天使達に視線を向けた。天使達は自然にシルヴィスに意識を集中させていく。


 そして……次の瞬間シルヴィスの姿が消えた。


 シルヴィスはエイトスの背後に転移すると虎の爪カランシャを一閃した。エイトスは延髄を断たれて地上への落下を始めた。


 落下を始めたエイトスへ視線が向く者、シルヴィスから視線を外さない者、それらをシルヴィスは一瞬で見定めると左手から魔力を杭にして高速で放った。


 ドン!!


 シルヴィスの放った高速の杭は天使の胸元を貫き、風穴を空けた。胸に風穴の空いた天使は驚愕したが、自分の状況を理解すると愕然とした表情と共に地面へと落下していった。


 シルヴィスはニヤリと嗤うとまたも姿を消し、元の位置へと戻った。


「エイトス……パラディア……」


 突然、二体の天使を失った天使達は愕然とした表情を浮かべている。


「わかったか? お前達は俺には決して勝てないということを」

「……」

「お前達は殺し合いの経験値が圧倒的に足りていない。だからここまで俺にあしらわれるんだよ」


 シルヴィスの言葉に天使達は唇を噛みしめた。


「あれしかないな……」


 デミオルの言葉に生き残った天使達はコクリと頷く。


(切り札があるか……しかし、ここで言葉にするところが絶望的にセンスがない)


 シルヴィスはデミオルの言葉に即座に動く。わざわざ切り札があることを示したのだからそれを待ってやる必要などないというものだ。切り札を持っているというのならそれを知らせるなどアホの所行でしかない。


 シルヴィスは転移ではなく、魔術による飛翔術で空中の天使達へと襲いかかった。


 高速で襲いかかるシルヴィスを天使達は迎え撃つ。


 が寸前でシルヴィスの姿が消えると、天使の背後に転移で現れると同時に延髄へ容赦ない斬撃を放つ。


 シュパァァ!! 


 という音と共に鮮血が舞い天使が地上へと落ちていく。シルヴィスは落ちていく天使に眼を向けることなく次の天使へと襲いかかった。


「ラルガンス!! おのれぇぇぇ!!


 次に狙われた天使は激高しシルヴィスへ剣を振るう。シルヴィスは今度は転移を使わずに間合いを詰めると剣を持った腕を制すると虎の爪カランシャを振るう。


「ぐぁぁぁ!!」


 天使の腕がシルヴィスの一閃により斬り飛ばされると絶叫が知らず知らずのうちに発せられた。シルヴィスは構うことなく次の斬撃を振るい天使の喉を切り裂いた。

 切り裂かれた喉を天使が抑えるのを見てシルヴィスは背後に回り込むとこめかみに虎の爪カランシャを突き立てた。


 ビクンビクンと側頭部を貫かれた天使は痙攣し、その痙攣が止まったところでシルヴィスは虎の爪カランシャを引き抜いた。


「ま、まさか……ザーリックまでも」

「さて、決めさせてもらうぞ」


 シルヴィスがデミオルに冷たく告げたところで、デミオルが両手を掲げると転がっている天使達の死体が浮かび上がった。


「ち……」


 シルヴィスは魔力により形成した杭をデミオルへ放つ。高速で放たれた杭はデミオルの胸を貫き風穴を空けた。


「くくく……もう遅い」


 デミオルはそう言って息絶えたが、天使達の死体が落下しない。天使達は、生き残った者も死体も光の粒子となった。

 十体分の光の粒子は一つに混ざり合うと一体の天使へと姿を変えた。


 金色の髪に白皙の美貌を持つ二十代半ばの美丈夫、背には光り輝く十二枚の翼がある。


「なるほど、それがお前達の真の姿であり、切り札という訳か」


 シルヴィスの問いかけに天使は薄く嗤う。


「ああ、初めまして。私の名は天使長アグナガイスだ。まぁ覚える必要などないがな」

「ほぅ……随分と煽ってくれるじゃないか」


 シルヴィスは皮肉気に嗤いながら返答する。アグナガイスの「覚える必要はない」というのはシルヴィスが死ぬからという意図に他ならない。


「いやいや……事実だからな」


 アグナガイスの右手に光り輝く剣が握られた。


「さて、思い上がった下等生物よ……楽しませてくれ」


 アグナガイスがシルヴィスへと斬りかかった。


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