第20話 八つ足戦②

(結構な数がいるな……しかも囲まれてる)


 シルヴィスは砦の一室で気配を察知した。


 シルヴィスがむくろ旅団のアジトの砦を乗っ取ってから既に六日が経過している。


(まだ夕方か、襲ってくるのは寝入ってからかな?)


 シルヴィスは窓の外を見てそう判断する。既に囲まれているが、砦から三百メートル程の距離に本隊が陣取り、斥候らしき気配が百メートル周辺にいるが、そこから近づいてくる様子はない。


(標的は盗賊共か? ……それとも俺か?)


 シルヴィスとすれば盗賊達を捕らえに来た官憲であれば、殺すよう事はしないつもりだった。むしろ、一カ所に集めて抵抗するなと命じておいて、自分は姿を消すつもりだ。


 しかし、標的が自分であれば容赦はするつもりはない。


 ラフィーヌへ容赦をするつもりはないが別にエルガルド帝国の者だからとて無差別に殺戮するつもりはシルヴィスにはないのである。


 チリン……。


 シルヴィスは机に置いていた呼び鈴を鳴らすと男が入ってくる。


「お呼びでしょうか?」


 男は緊張を過分に含んだ声でシルヴィスに尋ねた。盗賊達にとってシルヴィスという人物は恐怖と理不尽を体現した存在だった。

 浚った女性達に殺させた二十人は本当に無作為に選ばれた事が、盗賊達にとって何よりも恐ろしかった。すなわちシルヴィスが盗賊達を人間と見なしていない事を嫌がおうにも思い知らされたのだ。


「ああ、この砦を何者かが包囲してる」

「え?」

「目的が俺か、お前達かは現時点では不明だ」


 シルヴィスの言葉に盗賊はゴクリと喉をならした。それに構うことなくシルヴィスは話を続けた。


「もし、目的がお前達の捕縛ならお前達はおとなしく捕まり裁きを受けろ」

「え?」

「用済みという意味だ。まじめな官憲の方々の手を煩わせるなよ」

「そ、そんな」

「お前達がやってきたことの報いだ。俺とすればせっかくの駒だが仕方ない」


 まったく惜しいという感情の欠落したシルヴィスの声に盗賊は顔を青くする。自分達のやってきたことを考えれば捕まれば間違いなく処刑される。シルヴィスの言葉は盗賊達への事実上の死刑宣告だ。


「もし、狙いが俺ならお前達は死力を尽くして戦え」


 次いで放たれたシルヴィスの言葉に盗賊はまたも顔を青くした。シルヴィスの強さは、はっきり言って盗賊達からすれば次元が全く違う。そのシルヴィスが死力を尽くすと言ったのだ。

 今自分達がどのような相手に包囲されているのか、恐れるなと言うのが無理というものだ。

 ただ、この死力を尽くせというのは盗賊達のみ・・であり、シルヴィス自身は生き残る自信が十分すぎるほどあった。


「とりあえず、戦いの準備をしておけ」

「は、はい」


 盗賊は簡潔に答えると慌てて部屋を出て行った。


「とりあえず……確かめることからだな」


 シルヴィスは、魔力で人形を形成した。一秒もかからず部屋にはシルヴィスと瓜二つの人形が完成する。


 人形は窓から飛び出すと森に向かって駆け出した。


(ふーん、追っていったか。まぁこの段階ではどっちかわからんな)


 人形を追って包囲の数人が動いているのをシルヴィスは察している。


(それじゃあ、リンクするとするか)


 シルヴィスは人形の視覚、聴覚と共有することも出来る。共有することで人形は簡単な命令を遂行するだけのものではなくなりシルヴィスが直にコントロールすることが出来るようになるのだ。


 *  *  *  *  *


 シルヴィスの形をした人形は森林地帯に飛び込むと一気に駆けていく。それは傍目には逃亡に見えることだろう。最も人形に近い六人の部隊が動き出した。


(ほう……よく訓練されてるな。等間隔に囲み、周辺の部隊も連携して包囲網を縮めている)


 シルヴィスは包囲している部隊の一糸乱れぬ包囲に対して、その練度の高さを察していた。


 森の中を駆ける人形に追っ手が接触するのはそれから数分後のことだった。


 人形の前に現れた男は黒の装束に身を包んでおり、一般的な兵士達とは異なる装いである。武器も同様で一般的な兵士達が持つ、槍や剣ではなく一般的な成人男性の肘から手首ほどの長さのナイフである。


 男はナイフを両手に構えると人形に向かって鋭い視線を向けてきた。


(個人的な技量はそれほどでもないな。だが……)


 シルヴィスがそう考えた瞬間に背後に二人の男がついた。


「どこにいくつもりかな?」


 正面の男が嘲るように人形に問う。


「どこって……単に食料を探しに行こうとしてるだけだが?」


 人形の返答に男はニヤリと嗤う。


「もう食料など探す必要はない。お前はここで死ぬのだからな」

「な、なんだと? お前らはむくろを捕らえに来たのか? それなら既にあいつらは無力化している。捕らえてくれて構わない。俺はあいつらの仲間なんかじゃないんだ。本当だ。近隣の村々で浚われた女性達は解放している。その女性達に聞けば俺の行っている事が本当だとわかるはずだ!!」


 人形の訴えに対して、男の嘲りのみは消えない。


「そうはいかんのだよ。盗賊共なんかどうでもいい。我々はお前・・を殺しに来たのだからな」

「な、何?」

「シルヴィス、ラフィーヌ皇女殿下を襲い、ノルトマイヤー伯爵を殺害した。我ら八つ足アラスベイムを侮ったのが貴様の」


 シュン!!


 風を切り裂く音がしたかと思ったら、人形の背後に衝いていた二人の男が突然倒れた。


 倒れた男の顔面に棒手裏剣が刺さっている。


 仲間が倒れた事に気づいた男の意識がそちらに向いてしまう。それはシルヴィス人形から意識が逸れたことを意味した。

 シルヴィス人形は、男との間合いを詰めると、魔力で形成したナイフを振るい男の左手首を斬り飛ばした。


「はぁぁぁ!?」


 突如発した焼けるような痛みに男が絶叫を放つ。シルヴィス人形は背後に回り込むと腎臓に刃を突き立て捻る。


 男はそのまま崩れ落ちるとすぐに動かなくなった。


 腎臓は血液が集まる内臓であり、そこを切り裂けば大量の失血を引き起こすことが出来る。さらにシルヴィスは体内で刃を捻ることで男の体内に空気が入り、即座に死に至ったのだ。


八つ足アラスベイムねぇ……どうやら戦うという選択になったようだな」


 シルヴィス人形は倒した男達を見下ろし、そう呟くと人形は黒い粒子となって消滅した。

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