第19話 八つ足戦①

「まさか俺のために命を捧げてくれる者達ができて心から嬉しいよ」


 シルヴィスの嬉しそうな声に数十人の男達が引きつった笑顔を浮かべていた。


 この男達はむくろ旅団と名乗る傭兵崩れの盗賊団だった。ラクシャース森林地帯に入ったシルヴィスの身ぐるみを剥ごうとしたのだが、当然のごとくシルヴィスは盗賊達を蹴散らした。


 シルヴィスは襲ってきた盗賊達を交渉という名目の脅迫行為によりアジトの砦に案内させると、そこで拳で語ったのだった。『語り合った』ではなく『語った』という表現にいかに一方的に盗賊達が蹴散らされたかわかるというものだ。


 盗賊達はシルヴィスという男の恐ろしさを骨の髄まで叩き込まれていた。


 その恐怖は戦闘力からくるものだけではない。確かに戦闘力の高さが自分達とは別次元である。しかし、それよりも敵対者への対応が盗賊達にとって恐ろしすぎたのである。


 盗賊達のアジトの砦には近隣の村々から浚ってきた女性達がいた。彼女達がどのような扱いを受けていたかは容易に想像がつく。


 シルヴィスは女性達を一つどころに集めると、盗賊達の中から無作為に二十人選ぶと両手両足を砕いて動けなくして、女性達にナイフをそれぞれ手渡すと『もし、あんた達の中でこのクズ共を殺すことで心の傷を癒やせる、もしくは尊厳を取り戻せるというのならやってもかまわない。責任は俺がとるし、罪も俺が背負う』と宣言した。


 女性達はガタガタと震えていたが、一人の女性がナイフを手にゆらりと立ち上がると盗賊の一人の前に立つと男性の名を叫びながら盗賊の腹にナイフを突き刺した。


 絶叫が響き渡り、それが惨めな命乞いと交互に発せられるが、女性は構わずにナイフを突き立てていく。やがて絶叫が小さくなっていき完全に事切れたのを荒い息を発しながら女性は他の盗賊達に眼を向けた。


 両手両足を砕かれた盗賊達は一斉に命乞いを始めたが女性は次の盗賊にナイフを突き立てた。


 響き渡る絶叫に他の女性達もナイフを盗賊達に突き立てていった。それは地獄のような光景であったが、シルヴィスはそれを黙ってみている。

 女性達は二十人の盗賊達を殺したところで、シルヴィスが『あと十人ほど足そうか?』と告げたが、女性達は冷静さを取り戻し始めたのだろう。静かに首を横に振った。


 シルヴィスは女性達に残りのこいつらは自分が責任を持って処理すると言い放つと女性達にアジトにある金品を分け与えると解放した。


 彼女たちの人生が大きく歪んでしまったが、金品を分け与えたのは少しでも生きる意思を取り戻して欲しいというシルヴィスの願いであった。


 女性達はシルヴィスに頭を一つ下げると砦を出て行った。


 シルヴィスは女性達を見送った後で、軀の構成員達を集めて冒頭の宣言を行ったのだ。


 軀旅団はシルヴィスの手に落ちたのである。


 構成員86名、全員に魔術処理・・・・を行ったシルヴィスの傀儡の手下が誕生したのだ。



 *  *  *  *  *


「頭領……報告が上がってきました」


 サリューズの元に報告を持ってきたのは、ウォイルという八つ足アラスベイムの一部隊を率いる男だ。


「ふむ……盗賊に浚われていた女たちが戻ってきたか……」

「はい。軀旅団とかいう傭兵崩れの盗賊団に浚われていたそうですが、黒髪の少年が介抱してくれたとのことです」

「面倒だな」

「はい。近隣の集落の者にしてみればあの者が自分達を救ってくれたという事になります」

「そういうことだ。一人も逃すわけにはいかなくなったということだ。ウォイル……包囲殲滅を行うことになった」

「はっ」


 ザリュースの言葉にウォイルはニヤリと嗤う。


 ウォイルにとって強敵と戦うということは最高の娯楽だ。ウォイルよりも力、速度で上回る者はいるだろう。だが、ウォイルはそれらの者達を幾人も葬ってきた。

 ウォイルは膂力、速力、技術などをバランス良く高次元で備えており、それらすべてを上回るものなどほとんどいないのだ。


「傭兵崩れの盗賊とはいえそれなりの規模の部隊をひとりで制圧する実力、油断はできませぬな」

「ああ、手段は問わない」

「好きにやって良いと?」

「ああ、死人に口なしというやつだ」

「はっ」


 ザリュースは退出していくウォイルを見ながら思案顔を浮かべた。


祝福ギフトがない者が……一〇〇人ほどの盗賊を一人で片付けるか……何をやったのか。黒呪ジステグマか侮ることはできんな)


 ザリュースは決して敵対者を甘く見るようなことはしない。それが祝福ギフトを持たない者であってもそうだ。

 だが、今回の相手は得体の知れない相手という印象がより強くなっているのを感じていた。


 だがそれは八つ足アラスベイムの総力を挙げれば任務を遂行できるという静かな自信の表れでもあった。


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