第21話 八つ足戦③

「狙いは俺か……それにしても随分早くここがわかったものだな」


 シルヴィスは人形から得た情報により、包囲しているのは、ラフィーヌの手の者であるということがわかりニヤリと嗤った。

 ラフィーヌの手の者と言うことは自分を害する目的で向かってきているので、容赦しなくて良いというのはとても気楽な事であった。

 この編の線引きは余人には理解しがたいのだが、シルヴィスにとって自分に向かってくる者には基本的に容赦はしないが、理由次第では手心を加えることもある。今回の八つ足アラスベイムはシルヴィスを殺しに来ているという事で完全に手心を加える対象外だ。


「それにしても面倒くさいな。この国で様子を見ようと日和った選択がいけなかったな」


 シルヴィスの声にはぼやくような響きがある。ラフィーヌ達に喧嘩を売り、天使を撃破し神を喧嘩相手と定めたからといって、現段階で出来る事は少なくとりあえずは、様子を見ようとラクシャース森林地帯で状況の変化を確認しようという消極策の結果が八つ足アラスベイムとの戦いに至ってしまったのだ。


「ま、何ごとも完璧にこなせるわけないし、負けなければ良いとしよう」


 シルヴィスはすぐに切り替える。


 シルヴィスは自分が常に最善手を打つ事が出来るなど考えていない。自分の打った手がどのような形で自分に返ってくるかなどあらかじめ知ることなど出来ない以上、自分がそれに対応できる実力を身につけるだけだ。


「逃げるのは簡単、皆殺しは面倒……となると頭を潰すのが妥協点・・・だな」


 シルヴィスの言葉からは自分が殺されるという意識など微塵もない。これは油断からでくるものではなく、先の人形を使って得た八つ足アラスベイムの技量から出した結論であった。


 ドタバタ!!


『おい急げ!!』

『相手はどれくらいいるんだ?』

『わからん!!』


 部屋の外ではむくろ達が走り回っているのが聞こえている。


(あいつらはどれだけ生き残れるかな)


 シルヴィスは軀達がどれほど無惨な死を迎えたところでまったく心を痛める事はないということを自覚している。

 もし、軀達が無辜であったり、善良とは言えないが傭兵のままであればともかくだが、不幸を撒き散らすだけの存在に同情する意思など微塵もない。


(戦闘態勢はそろそろ整うか)


 シルヴィスは外を見ると軀達が配置についているのがわかった。


(お……?)


 砦の周囲で革袋に火を付けて閉じ口にロープで結び、くるくると中心の八つ足アラスベイムが回りだしハンマー投げの要領で砦に向かって投擲した。


 それが十数個一斉に砦に向かって飛び砦に直撃する。砦に直撃した火のついた革袋が破れ、中の油が周囲に撒き散らされ、一気に砦の各地に火がついた。


「火を消せ!!」

「来たぞ!!」

「敵襲!!」


 軀達は突然の火事に一気に浮き足立った。


「仕方ない……炎で浮き足立てばすぐにやられるな」


 シルヴィスは魔力で数個水珠を生み出した。生み出された水珠は、膨張すると人型へと姿を変える。

 水の体に妖精のような羽が背から生えている。シルヴィスの使役する水姫みずひめである。


「いけ」


 シルヴィスの言葉に水姫達は即座に応えると砦の各所に起こった火の手に向かって飛んだ。


 水姫達により即座に鎮火することができたが、危機が去ったわけでは無い。いや、むしろ危機が始まったと見て良いだろう。火を消された事で八つ足アラスベイル達が少しでも混乱が収まる前に襲いかかったのだ。


「ぎゃあああああ!!」

「くそがぁぁぁ!!」


 シルヴィスが絶叫の方向を見ると黒装束に身を包んだ男達と軀達の戦いが始まっている。


(やはり、一対一ではないな。多対一の状況を生み出して的確に斃していってるな)


 シルヴィスは八つ足アラスベイム達の戦いを見て、先程の人形から仕入れた情報を繋いでいく。

 

 八つ足アラスベイム達は一対一で戦うことはせずに多対一という有利な状況を作り戦いを進めていくのが基本戦術のようだ。


 情報を確認したシルヴィスは神の小部屋グルメルから湾曲したナイフを取り出した。そのナイフの柄には穴が空いており、そこに人差し指を通すとナイフを握りしめた。

 この武器はオリハルコン製のシルヴィス愛用の武器で虎の爪カランシャと名付られたものだ。


「さて……いくか」


 シルヴィスは窓から飛び出すと広場の中心に着地すると、八つ足アラスベイム達が一斉に襲いかかった。


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