にわ

「あの……」


そう口を開くと、彼女は澄んだ目をこちらに向け、ぱちくりと瞬きをした。


いい所のお嬢様だろうか。

美しく、真白なまま汚れていない姿。


俺の汚れと固まった血がこびり付いた軍服姿と相対する存在だ。


「す、すまない。偶然迷い込んでしまったんだ。すぐに立ち去る」


銃をしまい込み、足早に立ち去ろうとする俺の腕を少女が掴んだ。


「待って」


驚いた。

声も清く澄んでいてまるで天然の水だ。


「怪我をしているの?」


俺の血ではない、そう言いかけて止める。

きっと戦争とは関わりのないお嬢様だ。

何故戦場がすぐ近くにあるここに居るのかは知らないが……。


「いや……大丈夫だ。すまないがもう行かなければならない。邪魔をしたな」


そう言ってもう一度去ろうとすると、少女はため息をついた。


「あなたもわたしを感染症だと疑うのね」


感染症?

この少女は何かの病気に掛かっているのだろうか?


「皆して失礼しちゃうわ。伝染らないと知っている癖に」


伝染らないのに?皆?

困惑したまま俺は固まる。


「あなたは軍人さんよね?わたしのこと知らないと思ってたけど、噂になってるのかしら」


「いや……知らないが」


「あら、そうなの?じゃあどうしてそんなにいなくなろうとするのよ。戦いに行くのがそんなに好きなの?」


そう言われてぎくりとした。

そんな筈はない。

任務の途中でのんびりしている訳にも行かないから、そう言おうとして少女の次の言葉に遮られた。


「わたしはカナネよ。あなたは?お名前を言うお時間くらいあるでしょう?」


「……リョウマだ」


見た目の儚さとは違い、随分強引で強気な少女だ。

正直俺の苦手な性格ではある。


「リョウマ、わたし退屈なの」


「……は?」


何を言い出すんだ突然。

戦場に駆り出される軍人に向かって退屈だと?

少しだけかちんときたが、少女の寂しげな横顔にそんな感情はすぐかき消される。


「少しだけでいいの。話し相手になってくれる?」


「……俺は任務の途中だ。行かなければならない」


「……そう。なら仕方ないわね」


思っていたよりすぐに引き下がったな。

またあの横顔を見せられて、何故か胸が痛む。


「じゃあ、明日も来てくれる?」


「……は?」


今度は自分でも間抜けな声が出たと思った。


「リョウマはこの辺の軍人さんなんでしょう?じゃあ、きっと来れるわ。待ってる」


「いや、迷ってしまっただけで、また来れるとは限らないが」


「それでもいいの。お願いよ」


この美少女に悲しげな瞳で懇願されたら断れる男はいないだろう。

俺は顔を逸らし、渋々頷いた。


「……わかった」


「本当?ありがとう、待ってるわね」


花が咲いたかのような笑顔でまたこちらを覗き込んでくる少女、カナネは心の底から嬉しそうだった。


不思議なお嬢様。


カナネの第一印象はそれだった。

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