一日だけの君との逢瀬

夏季シオン

いちわ

もしも争いのない平和な国に生まれていたら、この結末は何か変わったのだろうか。


俺と君はきっと結ばれて、幸せな家庭を築いていけたと思う。

そのくらいの理想は描いていたかった。


そんなことが叶う世界に生まれたかったと、今でもずっと思い続けているんだ。


――――――――――


「リョウマ、今日の調子はどうだ?」


銃声と人の息遣いをすり抜け、ふと場違いな程気の抜けた声が俺の耳に届く。


「いつも通りです」


けらけらと笑う声の主には目もくれず、俺は出来るだけ落ち着いた声で答えた。


「そうか。ははっ。お互い今日も生き延びような」


「……はい」


生き延びる……。

こんな時に、こんな場所で『生』という言葉を使えるのはきっとこの人ぐらいだ。

相も変わらず、何を考えているのか分からない。



俺達の世界は今、戦争に溢れている。


いつから始まったのかも分からない終わりの見えない戦争がずっと続いている。

俺もこの人も生まれた時から軍人という職業を決められ、国に命を捧げろと育てられてきた。

しかし、どこの国も命を落とすばかりで一向に勝つ傾向がない。

せめて一時的に停戦でもしてくれたらどれだけいいだろうか。

どの国も自らの手柄、勝利を優先し、1度も白旗をあげない。


なんて身勝手な世界。とは常々思っているが口に出してはいけない。

そんな事を言ったが最後、反乱分子として処分されてしまう。


「生きづらい世界だ…」


「おいおい、暗いな」


つい零れた本音に反応される。

先程から俺に構ってくるこの人は俺達の隊の隊長、マコトさん。

もう長年生きて戦地を駆け抜けている大先輩だ。


「すいません、考え事をしていました」


「実は余裕ときたか。こりゃ今日も大丈夫そうだねぇ」


周りに敵がいて、常に死が転がっている極限状態にいるが、こんな会話が出来るくらいにはもう隣り合わせの死に慣れている。


「とはいってもここからだ。気抜くなよ。俺はここから行く。お前はそっち側を探れ。いいな、少しでも怪しいと思ったら速攻で退け。ここで3時間後に落ち合おう」


「はい」


呼吸を整え、作戦を遂行するために動く。

今日は敵の拠点をひたすら探る任務。


つまり、敵に見つかる可能性が格段に上がる。

慎重に行かなければならない。


マコトさんと別れ、俺は呼吸をなるべく抑えながらゆっくりと進む。

集中し、警戒を解かない。

気を抜けば死。

一瞬で訪れる死。


そんなのごめんだ。


俺は、死にたくない。


だからこそ戦っている。



そのすり減らした精神のままどれだけ進んだだろうか。

いつの間にか木々のない開けた土地に出てしまった。

銃声もいつの間にか聞こえない。

まずい、ここで敵に見つかったら即死だ。


急いで今来た道を戻ろうと踵を返すが、そこでふと気付いてしまった。

少し奥に古ぼけた大きな家がある。



アジト、とまではいかないだろうが、敵の隠れ家だろうか。


俺は呼吸音と足音を消し、ゆっくり近付く。


中に人がいないか、それだけでも確認できたら。

少し窓を覗くだけ、少し、覗くだけ。

どくんどくんと心臓が鳴り響く。

抑えろ、抑え……




「ご機嫌よう、麗しい軍人さん」


「うわぁっ!!」


急に声をかけられ、思わず飛び退く。

しまった、大きい声を出してしまった。


声の主と目が合う。




とっさに銃口を突きつけてしまったその相手は、あまりに美しい天使のような少女だった。

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