第2話 プロローグⅡ
VRMMORPG。
この手のゲームが世に出て既に5年以上が経過し、今ではさまざまなジャンルのVR世界が誕生し、老若男女問わず、世界中の人々がその仮想の世界にのめり込んでいた。
クエストをクリアする事でその証をもらい、それを通行手形として利用する事で、別のマップを冒険できる観光型のゆるいゲーム。
または、幻想的な世界で、現実の自分とは全く違う姿で冒険を楽しむ定番型のゲーム。
または、硝煙とガンオイルの匂いを漂わせる戦場で、ゴリゴリのサバイバルを楽しむFPS型。
そう言った、従来にもあったであろうMMORPGのジャンルのゲームをVRの技術を駆使して一新させたものがほとんどである。
その内の一つで、VRMMOのジャンルを取り入れてサービスが開始された古参のオンラインゲーム。
その名も《ブレイブソウル・オンライン》……通称【BSO】。
『さぁさぁさぁーー!! 鳴り響いたゴングの音と共にっ、闘技場中央では激しい打ち合いが既に始まっているぅぅぅーーーー!!!!』
空中投影されている女性キャラクターの実況に、会場となっている闘技場はより大きな歓声に包まれた。
「はあぁぁぁっ!!!」
「ぬおぉぉぉっ!!!」
ガギィンッ! と金属同士がぶつかり合う鈍い衝突音が響き、その衝突と同時に衝撃波が生まれる。
黒鉄の籠手と大剣の刃がジリジリと火花を散らし、闘技場中央で激しい鍔迫り合いを繰り広げていた。
「ふっ、ワシの一撃を正面から受けるとは、思い切ったのぅっ……!」
「ふふっ、貴様の一撃など、ただ威力が高いだけの単純攻撃だから、なっ!!」
「ぬっ?!」
闘技場中央で戦っているのはこの仮想世界、ブレイブソウル・オンライン内において、最強格に数えられる歴戦の猛者2人。
優れた膂力と耐久性を併せ持つ『狼牙族』の女性プレイヤー……《拳闘士》ミカヅキ。
対するは、その狼牙族よりも優れた耐久性に加え、対魔法属性の能力を持つ小さな怪人『ドワーフ』の男性プレイヤー……《守護戦士》ザンザス。
ミカヅキは両手両脚に装備した籠手と具足による超近接格闘技で仕掛け、ザンザスは身の丈をゆうに超えている大剣をその手に持ち、それを軽々しく振るう。
両者は共に
ミカヅキの拳打とザンザスの斬撃がぶつかり、鍔迫り合いになっていたが、ここでミカヅキが仕掛ける。
ぶつかりあっていた衝撃を、ミカヅキも右腕の力を一瞬で抜いて、ザンザスの刀身を滑らせる。
正面から落ちてくるザンザスの大剣を半身になって躱し、そこからさらにもう一歩。
振り下ろし、地面に深くめり込んだ大剣を引き抜くのが速いか……いや、それよりも速くミカヅキが一歩踏み込む。
「ハアァァァァァッ!!!!」
踏み込んだ勢いを殺す事なく、突き出された左ストレート。
それは一直線にザンザスの顔面目掛けて迫り来る。
「ぬぅう、あああっ!!!!」
「っ!?」
あと少しでミカヅキの左ストレートが顔面に直撃する……と思ったその時、ザンザスは迫り来る拳に対してまさかのヘッドバット。
被っていた兜の額部分で、ミカヅキ渾身の一撃をあえて食らったのだ。
またしても金属同士の鈍い音が鳴り、その音を聞いているだけで痛々しい。
「ぬぅっ……! ぐぅふっ……ええいっ、なんのこれしきっ!?」
「無茶苦茶だな。あのまま顔面を潰されていた方が、まだダメージは少なかったのでは?」
「ハハっ、バカを言うな。お前の拳なんぞで、ワシの鎧が砕けると思うか?」
ミカヅキが放ったのは、間違いなく決めに行った渾身の一撃のはずだったが、ザンザスはそれを躱すのではなく、あえての対抗。
彼の身に纏っている鎧もまた、高ランクのクエストで得た報酬で手に入れた物である。
その耐久性は他の安い防具類とは比較にならないほど高いため、ある程度の攻撃を受けたとしてもビクともしない。
「これは竜種の持つ最高硬度の鱗で編まれた鎧だ。どんな刃でも、この鎧を貫く事は出来まい!!」
「ほう……かなりのレア物防具が発見されたと、噂程度には聞いてはいたが、貴様が持っていたとはな……。
だが、どんな武器、鎧にも耐久値があるんだ……その限界を越えれば、どんな硬度の物も容易く壊れるっ!!!」
ザンザスのヘッドバットには驚きはしたものの、それでミカヅキの攻撃が止む訳はない。
さらに加速して動き回り、地面を強く踏めると、再び一直線にザンザスの懐へと入る。
「砕けない鎧というなら、それを砕いてみたくもなるっ!!!!」
「出来るわけないわいっ!!!」
ザンザスの視界からミカヅキの姿が消える。
その次の瞬間には、自分の懐に入り込んでいるのを認識する……が、対処までが間に合わない。
既にミカヅキは右拳を振り上げ、力の限り振るおうとしている。
ザンザスは咄嗟に、ある言葉を発した。
「【戦陣の
「でえぇぇやあぁぁぁッ!!!!」
ザンザスが何か言葉を発したのとほぼ同時に、ミカヅキの右ストレートが放たれる。
が、その拳がザンザスの体を殴りつけるよりも前に、目に見えない壁を殴りつけたような感覚を、ミカヅキの拳が捉えた。
「っ?!」
「フハハッ! まだまだ上がるぞおぉっ!!
【戦陣の
「っ、ステータス強化の時限魔法……!」
「おうよっ! 各種ステータスを一定時間強化する《守護戦士》の特技だっ!」
ザンザスが使った魔法……この《BSO》の世界では【特技】と呼ばれるスキルである。
【特技】は、それぞれのプレイヤーが選択した《職業》やアバター選択時に選んだ《種族》がそれぞれ保有しており、《職業》×《種族》の選択によって、各プレイヤーが保有するスキルはそれぞれ違ってくる。
ザンザスの《種族》はドワーフであり、耐久力と対魔法耐性に優れている。
そして《守護戦士》は頑丈な鎧を身に纏い、両手に重厚な武器や盾を持ち、その屈強さを持って戦場では最前線を走り、相手の攻撃から味方を守る壁役としての役割も担える。
そしてそれを支えられるのが《守護戦士》の持つ特技である【戦陣の楽曲】。
その特徴は自身のステータスを一定時間強化できる時限式の魔法であり、さらに重ね掛けする事で、その時間と強化倍率を上げることが可能。
(【戦陣の楽曲】は《詠唱》から始まり最大強化値の《六重奏》まである……っ。
ここで流れを止めておかないと……!)
【戦陣の楽曲】の使用には、特定の条件があり、すぐさま最大値までの強化は出来ない仕様になっているため、ザンザスが最終段階まで強化させるまでに、まだまだ時間は掛かるが、その間に仕留めきれなければ、それはミカヅキの敗北に繋がる。
そのために、ミカヅキも自身の手札を切る事を選んだ。
「【ワイルドハント】ッ!!!!」
決意したミカヅキの口から発せられた特技名。
その名を出した瞬間に、ミカヅキの体を特殊なオーラ光が覆った。
月光のような青白い光を纏ったミカヅキ。
そして次の瞬間、またしてもミカヅキの姿が掻き消えた。
「っ! 自身の膂力を最大限に高める特技っ……!」
「そうだ……お前が頑丈な盾を纏うなら、私はどんな盾をも貫く矛を持つだけだっ!!」
「ぬっ?!」
声のした方をザンザスが見る。
しかし、そこにミカヅキの姿は見てとれない……そう思った瞬間に、またしても自身の鎧を打ちつける衝撃が走る。
「ぐうっ?!」
「ちっ、案外硬いな……。だが、それがいつまで保つかな」
ザンザスの立っている場を中心に、その周囲を高速で動き回る物体。
ザンザスや闘技場で観戦している者たちからは、何かが高速で飛び回っているように見えるが、それこそが《狼牙族》の特技【ワイルドハント】を発動したミカヅキなのだ。
プレイヤーが選ぶことのできるアバター……そのう内の一つである《狼牙族》の特性は、ドワーフには劣るが高い耐久性と種族随一の膂力を持っている事。
【ワイルドハント】はその膂力を最大限まで向上させる特技であり、それはプレイヤーのレベルが上がれば上がるほどに強化されていく。
そのため、高レベルプレイヤーであるミカヅキの使用する【ワイルドハント】は、その極地にあると言ってもいい。
「チィッ、こうも周りをうろちょろされてはな……!
目障りでたまらんわいっ!!」
ミカヅキはザンザスの周りを飛び跳ねるように動き回っており、ザンザスが反応できなかった瞬間に打ち込んでいく。
当然ザンザスは反応ができないため、その攻撃をモロに受けている状態だが、自身が発動した【戦陣の楽曲】の効果により、それをなんとか耐えている状態だ。
だから……。
「【戦陣の
「らああぁぁぁぁッ!!!!!」
ザンザスがさらなる特技よ重ね掛けを行い、ミカヅキはそれに怯まず、攻勢に出る。
「【ライトニングラッシュ】ッ!!!!」
「チィッ!!」
【ライトニングラッシュ】
ミカヅキが選択した《拳闘士》の保有するスキル。
《拳闘士》とは読んで字の如く、素手による近接格闘戦を得意とする《守護戦士》と同じ【
その特徴は、間断の無い波状攻撃を行える特技が多い事。
素手や脚による攻撃の素早さ、手数の多さを武器に相手を追い詰めることができる。
【ライトニングラッシュ】はその名の通り、雷の如き速さで相手に拳打を浴びせる攻撃型特技。
しかしザンザスもこの攻撃を耐えるべく、自身の特技を更に重ね掛けしている。
「くうぅっ!!」
「らああっ!!!」
ミカヅキによる怒涛のラッシュを、ザンザスは自身の特技と大剣を盾のように扱い、攻撃を受け止めている。
現在ザンザスが重ね掛けしている楽曲は【三重奏】。各種ステータスは上昇しており、防御力やダメージ軽減の効力を軒並み上昇している。
しかし、この特技を重ね掛けするには、ある条件がある。
それは、重ね掛けするために、一定量のダメージを負わなくてはいけないのだ。
規定のダメージ量を越えると、次の詠唱が可能となり、その能力を更に上昇させ、特技の効果時間も伸ばすことができる。
最大で【六重奏】までの重ね掛けが可能であり、最大強化の時点でステータスは通常よりも60%向上させ、その効果時間を30分は維持できる。
しかし、その効果が切れた瞬間、重ね掛けした時間分だけステータスなどの能力値が半減してしまうというデメリットも存在するため、早い段階で勝負を決めにいかなくてはならない。
(チィッ、このままでは、ワシの方が先に効果切れになるか……!)
(手数を増やせても、それで倒し切れなければ、こちらの体力が保たない……!)
特技による能力強化のザンザスと、特技による怒涛の攻勢に出るミカヅキ。
その光景はさしずめ、中国古典の『矛盾』の様でもあった。
『ラッシュラッシュラッシュラッシュッ!!!
ミカヅキ選手の怒涛のラッシュに、ザンザス選手は防戦一方っ!!
しかし、そのダメージの蓄積は! 守護戦士の特技【戦陣の楽曲】の重ね掛けを可能にしてしまう!!
現代における矛と盾の勝負っ!
どちらに軍配は上がるのかああっ!!!!』
実況がこの上なく闘技場を煽る。
そう、これは矛と盾の勝負である。
猛攻を見せるミカヅキが迫り来る矛であり、その猛威を耐え忍んでいるザンザスが盾だ。
(まぁ、そう言われるとワシが盾に思うじゃろうなぁ……じゃが……っ!!)
ザンザスが両脚を踏ん張る。
全く止む気配のないラッシュに対抗する様に、一歩たりとも後ずさる事をしない。
「【戦陣の
「くっ……!」
さらなる重ね掛け……から、今度はザンザスが攻勢に出る。
盾として使っていた大剣を持ち上げ、その場で大きく横薙ぎに一閃。
「【オーラスラッシュ】ッ!!!」
「ぐっ?!」
【オーラスラッシュ】は守護戦士の攻撃型特技。
文字通り刀身に光り輝くオーラの様なエフェクトを纏い、それを衝撃波として放つ技。
この攻撃は、相手に対してあまりダメージを与えられない技ではあるが、その代わり、どんな防御でも貫通するという特性を併せ持っている。
「ぐあああっ?!!」
『おおっとぉっ!!? ザンザス選手、ここでまさかの攻勢に出たあぁぁ!!!
ミカヅキ選手は咄嗟に躱そうとしたが、【オーラスラッシュ】の広範囲斬撃に巻き込まれてしまった!!』
実況の言う通り、ミカヅキは確かに躱そうとしていた……だが、ザンザスの放ったオーラの斬撃は、大剣で放ったが故に広範囲を射程に入れていたため、近づきすぎていたミカヅキを容赦なく巻き込んだのだ。
「ぐっ……くう……!」
斬撃と共に飛ばされたミカヅキ。
ダメージの少ない攻撃とは言え、まともに食らってしまったら、それなりにダメージは入る。
先ほどまで無傷だったが、ここに来て痛手を負ってしまった。
(くっ……不覚! 咄嗟の行動に動揺して、躱しきれなかった……!)
自身のHPゲージを見ると、まだ7割強残って入るが、それは相手も同じこと。
ザンザスに対しての猛攻で、残り半分くらいにはゲージを減らせているが、これ以上ゲージが減ってしまえば、ザンザスはさらなる楽曲の重ね掛けを行うだろう。
そうなると、どんどんダメージを与えづらくなり、やがてこちらが不利になってくる。
(ならば……!)
吹き飛ばされた拍子に、なんとか体勢を入れ替えて、受け身を取ったが、そのせいで自慢の衣装には土汚れが目立ってしまった。
だが、今はそんな事どうでもいいとばかりに、ミカヅキはその場で構えを取る。
「すぅー……はぁー……」
呼吸を整え、上体はそのままに下半身を低く落とし、中腰よりも更に低い構え。
左脚を前に出して、左手は前方に、右手は半身になった状態の胸に添える様に構える。
左手は拳を握った状態で、右手は観音様のように手を開いて掌を見せる様な構え。
空手の形演技に見られて『サイファ』という構えに見える。
「はぁぁぁ……っ!」
まるで目に見えない力を自身の内に蓄える様に、ミカヅキは呼吸を促す。
そして、その規定値を満たした時、ミカヅキが叫んだ。
「【タイガーチャージ】ッ!!!」
ミカヅキが叫んだのとほぼ同時に、蒼い闘気に身を包んだミカヅキの背後に、同じく蒼い毛並みを纏った虎が現れる。
《拳闘士》の攻撃補助型の特技。
全身に蒼い闘気のオーラを纏い、基本攻撃力や敏捷性を向上させる物で、防御よりも回避行動を優先するスタンス。
それを頷けるかの様に、ミカヅキが踏み出した一歩で地面に亀裂が入り、そのまま駆け出した瞬間に、ことごとく地面が割れていく。
「っ?! 消えーーーごふぉっ!!!?」
「ガルルルッーーーー!!!!」
地面が割れ、土埃が舞う中をミカヅキと思しき影が接近してきたのは、なんとか捉えることができた。
しかし、ザンザスは反応すらできない状況で、いつの間にか懐に侵略してきたミカヅキの蹴り上げに付いてこれず、顎に思いっきり食らわされる。
重厚な鎧に身を包み、身の丈以上の大剣を持つザンザスが軽々と宙に浮いていた。
「ぐっ……こ、のぉ……!」
一瞬の出来事過ぎて、何がどうなったかを理解するのに時間を要した。
しかし、状況を確認した時には、もう既に遅かった。
「らあぁっ!!」
「ふごぉっ?!」
「でぇやああっ!!」
「ごほぉっ?!!」
「はあああっ!!!」
「ぐふぅっ?!!!」
空中に飛ばされているにも関わらず、ミカヅキからの拳打の応酬が止まらない。
全身に伝わる拳打の衝撃……。
特技の補助があるとは言え、嬲り殺しの様な状況に、ザンザスは困惑する。
(バカなっ……空中でこの動きじゃと……っ?!)
空中でありながら、まるで獣の様な動きで飛び跳ねており、縦横無尽に殴打されているわけだ。
(っ、【エリアルドライブ】かっ?!)
【エリアルドライブ】
拳闘士が有する移動補助型の特技。
空中を思いっきり蹴ることで、一時的に空中浮遊できると言う特技。
更に付け加えて、先ほどの【タイガーチャージ】が加わっているせいか、その移動速度も尋常じゃなく速い。
「このままではっ……戦陣の五重ーーーぐほぉっ?!!」
「そんな隙が与えられると思っているのかっ!!!」
特技の詠唱すらもさせない。
ミカヅキは確実に決めに来ている。
(ぐぅっ……! い、いかん、タイムリミットがっ……!!)
ザンザスの唱えた特技の時間無効まで残り数十秒……このまま時間が過ぎてしまえば、ステータスが半減し、強化がかかっていた分だけ能力が弱まる。
「ええいっ! やはりチョロチョロとっ、目障りじゃわいっ!! 【ラウンドウインドミル】ッ!!!」
ほとんど破れ被れで放った一撃。
【ラウンドウインドミル】は守護戦士が有する広範囲攻撃の特技であり、単純ではあるものの技の発生速度が速く、まるで風車の様に自分を中心とした360度を一斉に薙ぎ払う技のため、防御としても使用できる使い勝手のいい特技だ。
ザンザスはこれで、どこからともなく攻撃してくるミカヅキに対して、カウンターの一撃として放ったつもりなのだろうが……。
(っ……手応えがない……!?)
「どこを見ている?」
「ぬっ?!」
大きく薙ぎ払った事で、ミカヅキの行動を変化させられたかと思ったが、そこにミカヅキの姿はなく……全く別の方向から、彼女の声が届いた。
「上かっ!?」
「これでっ、決めるっ!!」
ザンザスが向けた視線の先……遥か上の空中に、ミカヅキの姿があった。
【タイガーチャージ】で纏っていた蒼い闘気が、右の拳に集まっていく。
これは大技を繰り出すに違いないと、ザンザスは咄嗟に大剣を担ぐ様な構えを取る。
「おおおおおっ!!!!」
「っ、来るか……! 【タイタスハート】ッ!!!」
ザンザスの唱えた特技……【タイタスハート】の詠唱により、小さな怪人の体が熱を帯びた様に赤くなる。
【タイタスハート】はドワーフ族の有する特技の一つであり、最前線で戦う戦士としての一面を持つドワーフを象徴する物である。
その効果は、何者にも屈しない精神で自らの肉体を奮い立たせるもの……この最悪の状況に際し、それでも真っ向勝負に挑もうと言うザンザスの覚悟でもあった。
そして遥か上空では、拳に集まった闘気をザンザスに向けて一気に放つミカヅキの姿を捉える。
「【
凝縮された闘気そのものが、まるで奔流の様に放射され、巨大な一振りの剣の形になる。
【拳ノ剣】は、拳闘士の保有スキルの中でも最上級に位置する攻撃型の特技。
その奔流が迫り来る中、それを見たザンザスも攻勢に出た。
「舐めるなよっ、狼小娘っ!!!」
ザンザスが構えた大剣の刀身に、赤黒い闘気が纏われる。
同じ【闘士】のクラスに位置する《拳闘士》と《守護戦士》。
その能力は似ている部分も多く、ザンザスもまた、ミカヅキの攻撃に対する対応技を用意していた。
【タイタスハート】によって練り上げられた闘気を攻撃へと移したのだ。
そして、ミカヅキの覚悟を打ち砕かんと、ザンザスもトドメの一撃を放った。
「行けぇっーー!! 【ブラストディバイダー】ッ!!!!」
勢いよく振り抜くザンザスの一撃。
上空から落ちる蒼い剣とそれを打ち砕かんと天空へと駆ける赤黒い斬撃波が迫る。
両者、渾身の一撃……それが上空でぶつかり合った瞬間、闘技場は光で包まれた。
『両者の放った特大攻撃がっ! とてつもない衝撃となってっ、闘技場を震撼させていますっ!
ううっ?! あまりの衝撃にっ、映像が乱れるぅっ?!!!』
辺り一帯は衝撃によって起こった土煙によって視界を遮られてしまった。
そして、実況のキャラの言った様に、自身の体にノイズが走ったかの様に乱れているのが確認できた。
『ううう……! っと、ようやく安定してきました……!
おっとっと、それはさておきっ! 状況はどうなったのでしょうかっ?!!
周りが土埃で何も見えないっ!!? どっちが立っているのか?!』
闘技場に詰め寄っていた観客のプレイヤーたちにもどよめきが広がり、未だに治らずにいる。
『ああーっと! ようやく見えてきましたっ! 立っているのは、どっちの挑戦者なのでしょうかっ?!』
実況の言葉に、その場にいるすべてのプレイヤーの視線が闘技場中央に向けられる。
ひび割れた大地……まだ薄くかかっている土煙の中に、人影が一つ……。
そこに立っていたのは……。
『っ! 立っているっ! 闘技場中央に、確かにっ、たった一人で立っている者がいるっ!
さぁ、どっちだっ! どっちが勝者なのかっ!?』
煙が張れた闘技場。
そこに現れたのは、ピクピクと動く白い獣耳と尻尾だった。
『っーーーー!!!! 決まったあぁぁぁッ!!!!!
今日っ、この瞬間にっ、新たに4人目の《神将》が誕生したあぁぁぁーーーー!!!
勝者っ! 狼牙族の拳闘士っ、ミカヅキィィィっ!!!』
実況の宣言に、ミカヅキは右の拳を突き出して応えた。
その姿に、闘技場内は大歓声に包まれた。
一部ではザンザスの敗北を落胆し、その場で地団駄を踏む者たちもいたが、それはザンザスのギルド団員や、賭けをして、ザンザスにベットしていた者たちだろう。
「っ……は……ははっ……勝った……私が、勝ったんだ……!」
大歓声を全身で感じながら、ミカヅキは勝利の余韻に浸る。
今日この時、新たに最強の座に届いた猛者が一人、その領域に足を踏み入れたのだ。
《ブレイブソウル・オンライン》が稼働して5年弱……ここに、4人目の《神将》【拳皇ミカヅキ】名が加わった瞬間だった。
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