生きる理由

 しばらく呆気にとられていたタマキだったが、ふっと我に返り、頭をぶんぶんと振った。


「なんであんたと友達にならなきゃいけないんだ」

「なんで友達になっちゃいけないの?」


 ルリに即座に聞き返され、タマキはめんどくさそうな顔をする。

 その様子をメルディア達一行は眺めながらこそこそと相談し始める。


「ここは静観するとしましょう。エルフと魔女の会話なんて非常に興味深いですし……あの二人が果たして危険な存在なのかもわかるかもしれませんわ」

「なるほどぉ、さすがお嬢様ですわぁ」

「しかし差し出がましいようですが、もしルリ様とタマキ様が危険な存在であった場合、我々はどうするべきなのでしょうか」

「……その時は……その時考えますわ」


 三人がそのような会話をしていたころ、タマキはルリの手を振り払おうとしながら言う。


「別にあたしはあんたと友達になる気はないし……あたしは……あたしはやらなきゃいけないことがあるんだ」

「……それって……復讐、なの?」


 タマキはぴたりと動きを止めてルリを睨みつける。

 しばらく沈黙が続いたのちタマキは観念したように言った。


「……そうだよ。あたしは……"月光の魔女"を許さない。この手で殺すために、魔女になったんだ」

「……月光の、魔女?」

「……あんた本当に何も知らないんだね」


 タマキはついにルリの手を振り払うと、ルリから顔を背ける。


「あいつはあたしの村に突然現れて自分を"七人の魔女"のひとり、"月光の魔女"と名乗った……そして村を滅ぼしてあたしの両親を殺した」

「……!」

「……それが七年前のこと。それからあたしは、あいつに復讐する手段を探して……魔法を覚えて、魔女になったんだ」

「でも、タマキさんの村を、その……滅ぼしたのも、魔女、なのに?」

「……魔女を殺すには、あたしも魔女になるしかないと思ったんだ」


 タマキはあまり表情を変えないままそう話す。

 だがそれでもその表情に怒りと悲しみがにじみ出ていることがルリにもわかった。


「"七人の魔女"が現れて世界中がピリピリしている。今は何故か鳴りを潜めているけどまた絶対に何かをしはじめるとあたしは踏んでいた……あたしはあえて魔女と名乗ってあいつらの情報を集めていたんだ」


 そう言うとタマキは不意にルリを睨みつけるように見た。

 ルリは一瞬びくっとして姿勢を正した。


「あんたの村を滅ぼしたのも、"七人の魔女"のせいなんじゃないかとあたしは思う」

「……!」

「エルフの村なんて普通の人間や獣風情に滅ぼせるわけがない。でも"七人の魔女"なら……その力も、そういうことをしでかすことにも納得がいく。なにせあたしの村を滅ぼした理由も何もわからないんだからね」

「あ……」


『大切な人が殺されたんだろ。大事な村が燃やされたんだろ。それをやった相手が死ぬほど憎くないのか。今すぐ殺してやりたいと思わないっていうのか!!』


 ルリは先程のタマキの言葉を思い出した。

 そうか。村を滅ぼされて、何もかも失って、私と彼女は似ているのだ。


「……あんた、復讐するつもりはないって、そう言ったよね」

「それは、その」

「なんでだよ」

「え」

「なんで!!そんな魔法の力を生まれつき持っているくせに!!」


 タマキはルリの襟首に掴みかかった。

 ルリは突然のことにぐっと声を出してタマキの手を掴む。


「お嬢様ぁ、まずくないですかぁ?」

「……もう少しだけ様子を見ましょう」


 メルディアは従者たちを制止してその様子を見る。

 本当に危ないようなら止めに入る準備は忘れないが、魔女タマキは銃を持っていないしルリは戦いを好む性格ではないことは既にこの短い間で何度も見てきた。

 それより今は、彼女たちの想いを知ることが大事なように感じたのだ。


「あたしは、この魔女の力を必死で手に入れたんだぞ!!それなのに、そんな力があって、お前は……なんで復讐をしようと思わないんだよ!!」

「ん、ぐ、うう……」

「なんでなんだよ……」


 タマキは我に返ったようにルリから手を離す。

 ルリは少し苦しそうにして息を整える。


「……ごめん。あんたに当たるつもりじゃ、なかった」

「だ、大丈夫……だよ、平気、だよ」


 申し訳なさそうにするタマキに対してルリは微笑みかけ、息を吸って前を見る。

 そもそもルリ自身にも何故自分が復讐というものを考えることができないのかわからないのだ。

 村を滅ぼされ、仲間を皆失った時、確かにつらく悲しみもあった。

 痕跡からみんなが何かと戦っていたことも、それに負けて殺されてしまったことも理解できた。

 それでもルリには復讐心というものはわいてこなかったのだ。


「……私、きっと自分で答えが出せないんだ。だから国を目指したり、魔女さんを探したり……とにかく一人は嫌だった、誰かに話したかったんだ」

「……」

「……タマキさんは、自分で復讐するって決められたけど、私にはまだわからないんだ。自分がこれからどうやって生きていけばいいのか」


 しかし、だからこそルリははっきりとした意思をもって、またその言葉を口に出した。


「ねえ、私やっぱり、タマキさんと友達になりたい」

「え……」

「これは、自然にそう思ったことなんだ。きっと私がこれからどうやって生きていくのか考えるために……タマキさんが必要なんだと思う」

「……へんなやつ」

「時々へんなこと言うって、みんなからもよく言われてた」


 えへへと笑うルリに、タマキはためいきをつきながらも少しだけ柔らかな口調で語り掛ける。


「……あたしと一緒にいたら、あたしの復讐にあんたを巻き込むかもしれないよ」

「その時は……その時だよ。私も戦うかもしれないし、止めるかもしれない」

「ふ、なにそれ」


 タマキはほんの少しだけ微笑むと、ルリに向かって手を差し出す。

 ルリはそのタマキの手を見て、改めてタマキの顔を見る。


「気が変わった。あんたがそのつもりなら……あたしはあんたの村を滅ぼしたのが何者なのか突き止めてやる。犯人が誰なのかわかればあんたもきっとそいつに復讐したいと思うはずだ」

「……タマキさん」

「……そうしたらあたしはあんたの復讐に協力する。代わりにあたしの復讐にも協力してもらう。あんたの魔法は間違いなく戦力になるからね」


 そこまで言ってタマキはほんの少しだけ目をそらして、少しだけ気恥ずかしそうに続けた。


「……だから……その……まあ、しばらくは友達ということにしておいてもいい」

「……えへへ!」


 ルリはタマキの手を取って握った。

 タマキもその手を握り返す。

 こうしてここに、エルフと魔女の不思議な友情関係が生まれたのであった。

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