親友と、長老と
「来たか、待っておったぞ」
長老の家に着いた4人は彼の前に並び、礼をした。
にこりと微笑んだ長老はゆっくりと語り掛け始める。
「イスカ、パルマ、カリン、ルリ。おぬしたちには今までこの森で生きていくための様々な技能を身につけてもらってきたな」
4人は確かに小さなころから様々なことを教わってきた。
主にサバイバルにおける食料の調達方法、寝床の確保方法、戦闘の技術、簡単な応急処置などの生き残る術。
料理や裁縫などの職につながる技術も練習してきた。
そしてそれを教えてきた長老は誰よりも物事に詳しく、誰よりも教えるのが上手く、誰よりも強かった。
「イスカは野草や樹木の知識がずば抜けておるな」
「は、はい、ありがとうございます。長老」
イスカは少しだけ慌てて頭を下げる。
長老は愉快そうに笑いながら全員の顔を見る。
「パルマは魚を獲るのが得意じゃし」
「おう、釣りなら任せとけ!」
「カリンはこの村でも指折りの戦士になった」
「いえ、まだまだです」
パルマは自信満々に、カリンは謙虚に長老に応える。
「ルリは……んーむ……ルリ……ルリは……」
「ちょ、長老ー……?」
ルリは少しだけ顔を青くして慌てる。
その様子を長老が見て愉快そうに笑った。
「冗談じゃよ、ルリは誰よりも裁縫が得意じゃろ。サバイバルにおいては他の者よりも一歩劣るが、それもまた我らにとって重要な技術じゃ」
「は、はい……ありがとうございます」
少しだけ赤くなるルリの頭をイスカがなでる。
パルマとカリンが微笑むと、ルリも自然と笑顔がこぼれた。
「とはいえ、皆一通りのことは出来るようになった。これなら安心できるというものじゃ」
「……安心、とは?」
カリンがそう長老に問う。
長老は少し大げさに咳払いをして、改めて4人に向き直る。
「うむ……いずれおぬしたち4人にはこの村を離れて、国で仕事を探してもらおうと思っておるのじゃ」
「国……」
「この村の東へ進んでいけば巨大な壁に囲まれた大きな城下町がある……
イルグレアという王国じゃ。そこの王とはちょっとした知り合いでな。
わしからの紹介だと言えばまあ悪いことにはならんはずじゃ」
「本当かよー?長老が王と知り合いとかちょっと嘘くさいぜー」
パルマは茶化すように言うと長老は少し怒ったようにパルマに詰め寄ってきた。
少し気圧されたパルマが一歩退くと長老はふんと鼻息を荒くする。
「これでもわしも昔はな……いや、まあいい。そんなことよりもじゃ。
きっとそう遠くない時期にお前たちには国へ行って働いてもらう。
お前たちはもっと見聞を広め、そして各々が一人でも生きていけるようにならねばならん」
「ひ、ひとりで……?」
ルリが少しだけ怖がりながらも言う。
今もみんなの力があって生きている自分が果たしてひとりで生きていけるのだろうか。ルリはそう思った。
「ほほ、別にそれほど恐れるようなことではない。ひとりでと言ってもそこにはたくさんの人の交流があるはずじゃ。要するに若いお前たちにこの村だけで終わるような生活はしてほしくないということじゃよ。
ただ、ひとつだけ注意してほしい」
「注意、ですか」
「うむ、この村のことを誰かに言うてはならんぞ」
「なんで?」
イスカやパルマは不思議そうな顔をする。
長老は少しだけ真剣な顔になった。
「……理由は今は言えん。そのことをお前たちが迂闊に話してしまったらそれこそ問題じゃからな」
「……とにかく、秘密にしておかなければならない理由がある、と」
「さすがカリンは話が早いの」
その様子にカリン以外の3人は静かにするほかなかった。
心配そうにする3人を見て、長老はまたすぐ笑顔になった。
「なあに、いずれ話すべき時が来る。あまり深刻にならず楽しんでくるくらいの気持ちで行けばよい……む、そうじゃ、もうひとつ気を付けるべきことがある。それは……」
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夢は不意に途切れ、現実に引き戻される。
いつもの巨木の丘、薄暗い中でルリは目を開いた。
「……」
ルリはほんの少しだけ期待したのだ。
今までのことが全て夢で、村は滅んでなどいないのではないかと。
だがかつて村があったそこには崩壊し木々に紛れ、よく見なければわからない村の跡地が見えるだけであった。
ルリは夢の内容を思い出す。
いつかは一人で生きるはずだったこと。
国に向かって働くはずだったこと。
長老と王は顔見知りらしかったこと。
ほんの一月ほど前、実際に村長や友人たちと話した出来事の記憶であった。
「……国。イルグレア王国」
ルリはそう呟いた。
予定はまだ先だったのかもしれない。
だがそこに行く予定があったのだ。
もう村には住めない。
行くところもない。
他に頼れる人も場所も思いつかない。
「……行こう。イルグレア王国に。ここにいるよりいいはずだよね、きっと」
ルリはそう決心する。
そしてこれが、アルティ村唯一の生き残りであるルリの長い冒険の始まりとなるのだった。
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