第3話
まさか僕に声をかける女子がいるなんて…
にわかに信じられず呆然と立ち尽くす…
一体なんなんだ……状況を透視しようとしても行き着くところは霧の中…
しばらくすると、息を切らしながら彼女は僕の目の前に現れた。
「ごめんね」…っと言って苦しげな表情に笑みを含ませている。
ふうっと一つ大きな息を吐いてから彼女は言った。
「A組の神木雄太君だよね?」
「そうだけど君は?」
「E組の白石早苗。同じ2年だよ。わかるかな?」
やや恥ずかしそうに首を傾げて彼女は笑う。
っえ、いきなりそんなこと言われても……て言うか名前も顔も知らない…
「いや…わからない…」
わりと控えめにそう答えると彼女は突然神妙な顔つきになった。
「ほんとに?、、覚えてない?」
理解不能な追及に嫌悪感が生まれる。
だけど不思議とこれまでの高校生活を回想させていた。
ただ……それでもやっぱり僕は彼女のことなんてさっぱりわからなかった。
ショートカットで小動物を思わせる可愛らしい小柄な彼女の風貌からして、内気で根暗な僕とは人間としての濃度がまるで違う。
まあ、考えるまでもないか…
恐らく彼女は誰かと勘違いしてるんだ。きっとそうだ。
なので
「やっぱり君のことなんて知らないよ…」
にべもなくそう答えると、突然彼女の顔から色が失われていった。
その一変を不審げに見つめる。
「そっか……ならいいんだ…」
虚ろな目でボソッと呟く彼女。
何を言えばいいのかもわからずたじたじとしていると、彼女は俯いていた顔を上げパッと何かを吹っ切るように取り繕ったような笑みを向けてきた。
意味がわからないよ…
「今日のお昼は売店のパン?」
ん…?…今度はなに…?
「そ、そうだけど…」
「なに買ったの?」
どうしてそんなこと聞いてくるんだ……あまつさえ出逢った直後だというのに…
さっぱりわからないし、干渉されたくもなかった…
なのに意思に反して持っている袋の中を覗き見ていた…
「メロンパンにカレーパンにバターロールだけど…」
なぜ真面目に答えているのかもわからない…
陽に勝るとも劣らない明るい笑みを浮かべる彼女。
心の温度差すら感じてしまう…
「そっか。いつもここでお昼してるよね?」
僕は頷く。
「悪い?」
彼女は勢いよく首を振る。
「悪くないよ。ただ、どうしてここなんだろうなーっていう疑問はあるけど」
明け透けに言う彼女。正直いらっとした。一人で過ごす穏やかな昼休みを妨害しているというのに、それに飽きたらず僕の日常に干渉してくるなんて…
無視しようかな…
一瞬そう思うもそれはそれで気が引けたので致し方なく僕は答える。
「意味はないよ。君はいつも昼休みはどこにいるの?」
「教室だよ」
「どうして?」
「んー、どうしてだろ。友達がいるからかな?」
「特に意味は無さそうだね。僕と変わらないじゃん」
彼女は首を傾げる。
「そうかな?私は友達がいるけどここにはなにがあるの?」
なにが言いたいの?
と思ったけど彼女が言わんとしていることは明白であった。校舎に挟まれるように位置するこの中庭なんてはっきり言って注目の的だ。ある意味目立つ。
恐らくこの中庭に普段誰も立ち入らないのは最もそのことが大きな要因となっているからだろう。人は皆、誰かの目を気にして生きている。僕はそれを憐れだと思っている。
そんなことどうでもよかった。だからこそ僕はいつもここに来て一人の昼休みを楽しんでいるのだ。もちろん、誰かとならまだしも一人ベンチでパンを食べたり、絵描き用手帳にデッサンを描いているのだから、さしずめ変わった奴だの寂しい奴だの言われなき偏見を向けられていることだろう。
まあ、そんなことも結局どうでもよかったけど。
だけど僕は皮肉をくちばしっていた。
「一人になれる時間があるよ。逆に教室になにがあるっていうの……中身のない薄っぺらい関係ばっかだよね?」
彼女はどこか悲しげな目を向けてきた。
返ってくるだろう逆説に構える。
なのに彼女は変わらぬ悲しげな目のままに言った。
「そっか……いろんな考え方があるんだね…」
弱々しい囁くような声だった。
皮肉さえ飲み込んでしまうような…
ある意味拍子抜けしそうな感覚の中で、彼女は殊更に声を継いだ。
「神木君は一人が好きなの?」
だけどやっぱり干渉手を緩めない。
僕は意地になって答えていた。
これ以上心に踏み入ってほしくない…
そう身体中が抗っていたんだ…
「好きだよ。何も考えなくていいじゃん。楽だし」
「好きでここに来てるの?」
「そういうことだね」
「お弁当は?」
「は…?」
質問の意図が分からなかった…
「いつも売店でパン買ってるよね?」
「もしかして毎日僕のこと見てるの?」
何かを誤魔化すようにあたふたと胸の前で手を振る彼女。
「違う違う。人をストーカーみたいに言わないで」
「じゃあなに?」
「よく見かけるだけだから…だって目立つじゃん…ここ…」
ほらやっぱり。きっと彼女も僕に偏見を向ける一人なんだ。
だったら僕をバカにするためにここに来たに違いない…
「いつも見かけるのは分かったよ。じゃあ今日は何しにここに来たの?」
問題の核心をはばかりなく衝く。
彼女がにわかに狼狽えたような気がする。
「っあ、うん……実はね…」。。一つ息を吐く彼女。
「実は?」
「一緒にお昼過ごそうかなーって……いいよね?」
自嘲気味に頬を引きつらせながらにわかに笑む。
そこだったのか……しかしなぜだろう……
彼女の儚げに放たれた声音やその脆弱な笑みを見聞きした瞬間、胸の奥が数瞬揺れた…
容認してしまうのは紛れもなく本末転倒。
分かっているのに、”よし断ろう„。そういう気にはなれなかった…
恐らく共有スペースであるという前提の前ではその定義には抗えないのだ…
その考えを巡らせ思いを正当化する。
「わかったよ…」
渋々そう答えると見たこともない満面の笑みで、「っえ、、いいの?」
と、目を輝かせ、オモチャを買ってもらう子供のような無邪気さを見せた。
図らずも胸が熱くなった…
そのまま僕たちは校舎沿いにある花壇を背に備え付けられた木製のベンチに座った。
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