第2話 隠蔽

 ばらばらにしなくては。

 赤坂は額に浮かんだ汗を拭った。

 まだ片腕を切り落としただけなのに、思ったよりも数倍、時間がかかった。家にあった刃物は脂で汚れて、あっという間に使い物にならなくなった。これなら簡単に捨てに行けると思っていたのに、却って面倒なことになった。

 汚れた浴室に眉をしかめて、赤坂は死体の転がる浴槽の蓋を閉めた。

 とりあえず、腕だけでも捨ててこなくては。部屋にあった紙袋に無造作に詰め込んで、それをさらにゴミ袋に入れた。

 どこなら見つからないだろう。すぐに、ゴミ収集が来る場所がいい。それも、たくさんのゴミが捨てられていた方が紛れる。駅だ。最寄りの大きな駅なら、きっとみつからない。時計を見た。終電まで、まだ時間があった。

 赤坂はゴミ袋を鞄に詰めると、駅に向かって暗い土手を走った。


 失敗だった。

 赤坂は、ゴミ袋の入った鞄を抱えて、きょどきょどと辺りを見回した。明るい光で照らし出された駅前は、まばらながらも人通りが途切れない。

 それは駅構内も同じで、大きなごみ箱があるにはあったが、人目が気になり捨てられなかった。ゴミ箱には「家庭ごみはご遠慮ください」と太字で書かれた注意書きがこれ見よがしに貼られていた。

 鞄の口を開ける度に、通りすがりの見知らぬ誰かが、横目で自分を見ている気がする。今にも駅員が、くたびれ果てたスーツの人々が、自分を取り囲んで隠した秘密を暴こうとするのではと、あらぬ妄想が頭蓋を掻き乱す。

「細かくすれば、簡単に捨てられると思ったのに」

 ぼつりと呟いた赤坂を、駅員が横目でちらりと見ながら通り過ぎていく。

「駄目だ」

 胸の前で鞄を抱えて、赤坂は足早に駅を飛び出した。人に突き当たり、ぶつかりながら、せわしなく道の両側に視線を走らせる。あるのは自販機の横の、コンビニ袋が突き出たペットボトル回収のポリタンクだけで、ゴミ箱など見当たらなかった。

「ヤバい、ヤバい」

 ぶつぶつと呟く赤坂から遠ざかるように、女が道の端に避ける。かっとなって睨みつけると、女はコンビニに逃げ込んだ。

「どうにかしなきゃ」

 前方に、公園の暗がりが見えた。うっそうとした植込みは、葉の形も分からぬ闇に沈んでいる。

 いつの間にか足音は途絶えて、灰色の夜の中には、赤坂ひとりである。

 背中はびっしょりと、汗で湿っていた。不自然なほどに前を後ろを右を左を見回しながら、鞄に手を突っ込むと、ビニール袋を引っ張り出す。ビニール越しに湿った手触りがして、ぶるりと手が戦慄いた。わあ、と悲鳴が口から零れて、赤坂は持っていた塊を植込みの奥に捩じ込んで、転がるように走り始めた。

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