第13話
モンスタースタンピード。魔物や魔獣が街や村などに大挙して押し寄せる現象のことだ。小規模なものなら冒険者パーティ1組で対処できたりするが、規模が大きいと大都市ですら壊滅する危険性がある。
原因は様々だ。めちゃくちゃ強い天敵から逃げてきた説。食料不足から人間を食べに来た説。群れ単位のお引っ越し説。殺戮衝動やストレス発散説。
予測はかなり難しい。魔物だって生き物。その生き物が引き起こす事を完璧に予測するなんて、その手の専門家だって不可能。できたとしたら、そいつは未来人か神様だ。
…言い訳がましいな。
こんなことを考えているということは、結構精神的にキテるということなんだろう。
俺はジッと目の前の墓石を見つめた。
この下で眠っているのは、俺が前にサウスレギアにいた時に少しだけ面倒を見ていた子供たちだ。ダークエルフの。
もし、俺がずっとここに居たら、この子たちは死なずに済んだんだろうか。グレンも腕を失わずに済んだんだろうか。
異世界に来て何十年と生きていても、冒険者として強くなっても、やっぱり人が死ぬことには慣れないな。
※
「なんて声をかけてあげればいいんでしょうか…?」
私はそう声を漏らした。
アイリスさんは目の前のお墓の前で佇んでいる。
全部で3つ。グレンさんの話では、アイリスさんが以前面倒を見ていたダークエルフの子供たちのお墓らしい。
サウスレギアの平民街から少し離れた森林で生活していたそうだ。そして、魔物のスタンピードに巻き込まれた。
フォルテさんが私の後ろから話しかけてきた。
「アイリスの様子はどうだ?」
「ここからじゃわかりませんね」
私たちがいる場所からでは、アイリスさんの表情は見えない。
だけど、きっと、悲しそうな顔をしているのだろう。
「スタンピードじゃ仕方がなかったんだろうけど、アイリスは気に病むんでしょうね」
「サウスレギアを離れなければ…って感じか」
「アイリスほどの実力者だもん。守りきれたと思ってるはずよ」
隣のシャルティさんの声も沈んでいる。
「やっぱり変わらねえな。優しすぎる」
ふと私たち3人に声がかけられる。フォルテさんの剣術の師匠であるグレンさんだ。
「師匠、アイリスが優しすぎるとはどういうことですか?」
「冒険者ってのは命懸けの仕事だ。特にこのサウスレギアではな。今朝魔物討伐に送り出した奴が夕方冷たくなって帰ってくる、なんてことも珍しくない」
私たちはグレンさんの言葉に息を飲んだ。
故郷や今まで滞在した街の冒険者ギルドでは、大ケガする人はいても死ぬ人はあまりいなかった。それが常識というか、日常だった。
「アイツはな、特に仲が良くなくても顔見知りが死ぬといつもああやって墓の前で佇んでるんだ。死んだ奴がゆっくり休めるように祈ってるんだろうよ」
「それで優しすぎると…?」
「ああ。普通はそんなことしない。キリがないしな」
グレンさんは溜め息をついて続けた。
「冒険者を続けるならある程度薄情な方がいい。知ってる奴が死んでも落ち込まないようにな。でも、アイツは
「なるほど、それは確かに優しすぎる」
でも、とフォルテさんはギュッと拳を握った。
「その優しさはアイリスの良いところなんだ、きっと」
「そうね」
「私もそう思います」
「…そうか。お前たちはそう思うか。俺から言わせれば、唯一にして最悪の弱点だがな」
グレンさんは、それが若い感性なのかもな、ともう1度溜め息をついた。
「お前ら、この先アイリスと一緒にいるつもりならこれだけは肝に銘じておけ」
「なんですか?」
「絶対に死ぬな」
「…わかりました」
フォルテさんが答えた。
グレンさんに言われなくとも、今の話を聞いて自分の命を軽んじることなどできるはずもない。
もし私たちが死んでしまえば、アイリスさんの心に更なる傷を刻んでしまうだろう。それだけ彼女は優しい。
強くならなくてはいけない。もう2度とアイリスさんが墓前に花を添えることがないように。
「それはちょっと難しいと思いますよ」
暗くなった雰囲気を壊す綺麗な声に、私たちは思わずギョッとした。いつの間にかアイリスさんが目の前に立っているのだ。
「私のことを想ってくれているのは大変ありがたいですし嬉しいのですが、エルフの寿命を考えたら、私あと150年は生きると思うんですよね。皆さんはまだ若いとは言え、そんなに長く生きられる可能性は低いでしょう?」
「いやお前、聞こえてたならそういう話じゃねえってわかるだろ」
グレンさんの指摘にアイリスさんは可愛らしく小首を傾げる。その表情に悲しみの色はない。
「わざとらしく惚けやがって…心配して損したぜ」
「ふふふ、大丈夫ですよ。確かに今回のは少し堪えましたが、しっかりとあの子たちを弔うことができました」
アイリスさんはそう言いながら眉をハの字にして笑った。
「さて、今日の鍛練を始めましょうか」
「大丈夫なの?」
「心配無用ですよ、シャルティさん。弔いは済んだと言ったでしょう?」
「ならいいけど」
「無理はしないでくださいね?」
「ありがとうございます、セレーナさん」
「おい、フォルテ。俺たちも行くぞ」
「はい、師匠」
私たち3人は強くなる決意を胸に師匠2人の背を追って歩を進めた。
勇者の師匠はチート美女エルフ~ただし中身は男です~ だっしー @dassy726
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