第11話

 俺がサウスレギアで活動してたのは20年くらい前のことだ。それだけの年月が過ぎたということは、当然色々なものが様変わりしている。建物。そして、人。

 ギルドハウス前でフォルテくんに絡んできた人物は、俺と以前交流があった少年だった。そりゃ20年経ったらわかんないよ。当時の君、ヒョロガリもやしくんだったじゃん。なにその筋肉。

 彼の名前はディアン。俺がサウスレギアから去った後に冒険者になったらしい。

 よし、拠点に関してはディアンくんに任せよう。生まれも育ちもサウスレギアのベテラン冒険者だ。いいチョイスをしてくれるでしょ。


 なんか口説かれ始めたんですけど。

 おいおいおい、染まっちまったなお前。昔はもっと目をキラキラさせた純粋な少年だったのに。

 サウスレギアに長くいる冒険者は男女問わずこんな感じだ。いつ魔物との戦いで死ぬかわからないから、その分性欲が旺盛。困ったもんだ。

 俺より強くなってから出直してこい!


 なんかディアンくんから俺の話を聞いたフォルテくんたちが、尊敬の眼差しをこっちに向けてくる。

 やめてくれ、俺の黒歴史なんだ。いい歳こいて中二病が発病してた頃の話は聞きたくない。

 20年経ってるから俺のこと覚えてる人なんてそんなに多くないだろ、なんて考えてた自分を殴りたい。ちょっと久しぶりに知り合いの顔見に来たくなっただけなのに、なんでこんな思いしなくちゃいけないんだクソ。









「久しぶりだな、アイリス。昔と何も変わらねえ。エルフってのはすげえ種族なんだな」

「えっと…何方ですか?すいません、貴方に会った覚えがなくて」

「…ああ、そうか。最後に会ったのは俺がガキの時だったからな。わからなくても無理はねえ」


 金髪の男は壁に立て掛けてあった武器を手に取り、私たちに近付いてきた。長い柄の先端に斧の刃が付いてある。バトルアックス。随分と珍しい武器を持っている。


 男の様子に、私とフォルテは思わず身構えた。セレーナも表情に緊張が見える。

 しかし、男は私たちに目もくれず、アイリスだけを見つめていた。


「ディアンだよ。名前も忘れたか?」

「…え、ディアンって、あのディアンくんですか?」

「おう、そうだ。なんだよ、覚えてるんじゃねえか」

「…大きくなりましたね」


 どうやらアイリスと知り合いだったようだ。


「あれから何年経ってると思ってんだよ。俺ももうベテランの冒険者だ」

「なら拠点になるいい宿も知ってるんじゃないか?」


 ディアンとかいう男の話を遮って、フォルテが話を切り出した。


「あ?知るか、てめえで探せ。つーか誰だよ」

「俺がフォルテで、こっちがシャルティとセレーナ。冒険者をやってるんだ」

「そういうこと言ってんじゃねえよ。てめえは何者で、なんで俺がその頼み事を聞かなきゃいけねえんだって聞いてんだよ」


 ディアンはニヤニヤ笑いながらバトルアックスを肩に担いだ。

 アイリスはそんな姿を見てため息をつく。


「フォルテさんは勇者の紋章を授かった新人冒険者です。意地悪するのは止めてあげてください、ディアンくん」

「アイリス、なんで俺が『くん』でそいつが『さん』なんだよ…って、勇者だと?」

「ええ。だから、彼らに協力してあげてください」

「…紋章を見せろ。勇者を騙るのは重罪だぜ?」


 フォルテは紋章をディアンに見せた。


「本物か。じゃあ強いのか、お前」

「いや、まだまだなんだ。だから、強くなるためにこの街に来たんだ」

「へえ。アイリスが一緒じゃなきゃただの自殺志願者だと思って追い返してたぞ。近頃のサウスレギアの魔物は、強さも出没頻度も昔とは比べ物にならないからな」


 フォルテはギョッとしてアイリスを見た。

 私も不安になってきた。話が本当ならアシッドワイバーンより強い魔物がたくさんいるということになる。


「まあいい。宿は俺が紹介してやる。安くて、飯が美味くて、大型の魔物が来たら1番に襲われそうな三ツ星ホテルだ」

「え、襲われるのはちょっと…」

「修行に来てんだろ。それくらいでビビるな」


 それはそうと、と、ディアンはアイリスに向き直った。


「アイリス、俺は大人になって強くなった」

「そうみたいですね」

「だから、やっと言える。俺の女になってくれ」


 それまでの表情を一変させ、真剣な顔でディアンはそう言った。武骨で乱暴な物言いだが、ストレートな愛の告白だ。

 フォルテは驚きのあまり、目を丸くしている。

 私も突然の出来事で変な声が出そうになった。危ない危ない。

 セレーナは…口を覆って顔を赤らめている。こういうシチュエーションが好きなのかな?


「ごめんなさい。ディアンくんの気持ちには応えられません」

「…アンタの中じゃ、俺はまだ子供だってことか」


 ディアンはバトルアックスをアイリスに突き付けた。


「決闘しろ、アイリス。俺が勝ったら結婚だ」

「…私が勝ったら?」

「そのガキ共のお守りでも何でもしてやるよ」


 ガキって、私たちのこと?ムカつく。


「わかりました。ですが、決闘は後日でお願いします」

「ああ、わかった」

「…じゃあディアン、でいい?宿の紹介をお願いするわ」


 話が終わったらしいので、私はそう声をかけた。

 ディアンはさっきまでの雰囲気をガラッと変え、二つ返事で了承した。面倒見のいい元気なお兄さん、といった様子だ。こっちが本当の姿だったりして?




 宿までの道中、アイリスの昔の話をディアンから聞いた。まるで自分のことのように得意気に語ってくれた。


「昔は色んな武器を日替わりで使ってたんだぜ。俺の得物がこれバトルアックスなのも、アイリスが使ってたからってのがでけえ」

「弓と剣以外も使えるのか…」

「使えるなんてもんじゃねえ。一流だ。槍、大鎌、モーニングスター、トンファーに鞭、その他諸々。それに魔法もだ。魔法を使う冒険者はごまんといるが、アイリスほどの使い手はいねえ。派手で、威力もあって、連発もできる」

「す、すごい…」


 やっぱりはとんでもない人だったんだ。私は思わずアイリスを見た。

 あれ?どうしたんだろう。顔を逸らしている。


「アイリス?どうしたの?」

「…なんでもありませんよ、シャルティさん」

「お、照れてんのか?意外とそういうとこあるよな、アイリス」

「照れてません」

「ハッ、そういうことにしといてやるよ」

「…成長して可愛げがなくなりましたね、ディアンくん。昔はもっと小さくて素直で…」

「あーわかったわかった!昔の話をするのはなしだ!」


 まるで姉と弟だ。ディアンには悪いけど、この2人が男女の仲になるのは想像できない。


 それにしても、一緒にいる時間が長くなるにつれて思うことがある。

 アイリス、可愛い。

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