第8話

 俺は今、ささやかなピンチを迎えている。

 先ほど、ワイバーンの倒し方をレクチャーしてくれ、とセレーナちゃんに頼まれ、渋々ながら承諾した。

 それは別にいい。問題は俺が対ワイバーンのセオリーを全く知らないと言うことだ。なんてこった。

 言い訳をさせてくれ。そもそもワイバーンなんか初見でワンパンできたし、今までずっとそれで倒してきたんだよ。瞬殺できるのに安全な立ち回りなんか覚えようと思うか?普通思わないよ!


 うわ、メチャクチャ期待してる目で見てるよ…どうするの、これ。

 仕方がない。テキトーにそれっぽいことを言って納得させよう。

 大丈夫だ、アイリス。お前はいつも行き当たりばったりでもなんとかやれてこれたじゃないか。なんとかなるさ。




 一応俺のやり方も伝えつつ、誰にでも言えそうなことをしたり顔で解説してやった。付け焼き刃でもそこそこいいことを言えたような気がする。

 というわけで、アシッドワイバーン討伐は完了です。お疲れ様でした…って、なんか飛んできてるね。新しい魔物か?


 はい、ワイバーンのおかわりでした。

 今倒したワイバーンとつがいだったのか、怒り狂ってる。

 あの様子だとブレス吐きまくって、無駄に周りに被害が出そうだな。

 というわけで、とっとと駆除だ。


 2体も狩ったんだから特別報酬出してくれないかな。でもあの支局長、結構ケチな所あるし、厳しいかもしれない。俺もセレーナちゃんみたいな、お願いしますの顔を練習しておくか。









「魔物の倒し方は2通り。急所を捉え、短時間で勝負を決めるか、体力を徐々に奪いながら、時間と物量を使って持久戦に持ち込むか、です」


 アイリスさんはアシッドワイバーンと対峙しながらも、落ち着いた声でそう言った。

 彼女とは少し距離があるが、はっきりとその声が聞こえる。私の知らない何かの魔法かもしれない。


「私は前者のやり方ですが、皆さんにはまだ難しいので、時間をかけて戦う方を見せます」


 アイリスさんは歩みを止めないまま剣を抜いた。下手をすれば、私よりも華奢な体だが、その背中には確かな頼もしさが宿っている。

 隣を見るとセレーナがキラキラした目で彼女を見ていた。気持ちはすごくよくわかる。カッコいいもんね。


「基本的にはどの魔物相手でも同じ戦略です。機動力を削ぎ、体力を削り、弱って動きが鈍った所を最大火力で狩ります」


 ワイバーンのブレスがアイリスさんに迫る。しかし、当たらない。ヒョイヒョイと軽々避けている。


「まずは相手の特徴を知りましょう。ワイバーンの機動力は、翼がそのほとんどを担っています。ですので、まずは両翼を狙います。尻尾で飛翔時のバランスを取っていると言われているので、そこを狙うのも効果的です」


 アイリスさんは簡単にワイバーンとの距離を詰め、片方の翼膜を切り裂いた。そして、そのまま背後に回り、後ろからもう片方の翼膜も切り付ける。流れるような動きだ。


「あとは少しずつダメージを与えていくだけです。ブレスを無駄撃ちさせたり、暴れさせたり。毒を使うのもいいですね」


 そう言いながら、アイリスさんはワイバーンの懐に潜り込み、顎の下から剣を突き刺した。ワイバーンは少し痙攣しながら地面へ倒れ、そして、動かなくなった。

 私たちに見せるために時間がかかったが、本来はああやって一撃で仕留めるつもりだったのだろう。


 私たちはアイリスさんに駆け寄った。

 フォルテが代表してお礼を言う。


「勉強になりました。ありがとうございます、アイリスさん」

「どういたしまして。今の戦い方でほとんどの魔物に対応できるはずです。知識と経験が必要なので勉強を頑張ってくださいね」

「アイリスさん、また依頼についていってもいいですか?」


 私は咄嗟にそう聞いた。アイリスさんの言葉尻から、これが最後だ、という雰囲気を感じ取ったからだ。

 私はもっとこの人を見ていたい。


「私がこなす依頼はアシッドワイバーンより厄介な相手が多いですし、皆さんを鍛えるには適さないと思います」


 私たちがまだアイリスさんが受ける依頼についていけるほど強くない、ということだ。

 フォルテもセレーナも表情から残念がっていることがわかる。

 しかし、弱いからダメだ、ということは…。


「もし私たちがもっと強くなったらまた一緒に…」

「…そうですね。はい、待っていますよ」


 アイリスさんはそう言ってニコリと微笑んだ。

 セレーナは花が咲いたように笑顔になった。フォルテは小さく拳を握って喜んだ。私も自然と口角が上がる。

 強くなって、またアイリスさんと一緒に戦えるようになりたい。この時の私たちは今までで1番やる気に満ちていたと思う。


 突如、アイリスさんは顔から笑みを消し、空を睨んだ。

 その直後に何かの鳴き声が辺りに響いた。獣の咆哮にも断末魔の叫びにも聞こえる。

 足がすくんだ。こんなにも恐ろしいものを聞いたことがなかった。


「な、何よ、これ」

「どうやら、もう1体いたようですね」


 私の呟きにアイリスさんが冷静に答えた。


 上空の黒い物体がだんだんと大きくなってくる。いや、近付いてきているんだ。

 アイリスさんの言う通り、それはアシッドワイバーンだった。それもさっきの奴より数段大きい個体だ。


 ワイバーンは上空から強力なブレスを放った。

 さっきの個体のブレスが水風船なら、こいつのブレスはバケツに入った水をかけられるようなものだった。要するに、威力が段違いなのだ。


 アイリスさんなら避けることは可能だろうが、私たちは無理だ。相殺する魔法の詠唱も間に合わない。3人が生き残る道を必死に考えようとしても、頭が真っ白で何も浮かばない。


「ここまで育ったワイバーンは流石に危険ですし、駆除しておきましょうか」

「…は?」


 思わず間抜けな声が出た。なんでこの人は、アイリスさんはこんなにも余裕があるのだろうか。

 その理由は数秒後に理解した。


 両手を前に出したかと思うと、その手の平から炎の玉と目に見えるほど圧縮された空気の玉が出現した。

 そして、発射。2つの玉は空中で混ざり合い、炎の竜巻となってワイバーンへ向かっていった。まるでブレスなど最初から無かったかのように消し飛ばしながら、だ。

 炎の竜巻が直撃したワイバーンは、黒い体をさらに焦がしながら地面に落ちていく。アイリスさんはそこに飛び込み、自由落下をするワイバーンの首を両断した。

 ここまで15秒もかかっていない。


「す、すげえ…」

「…かっこいいです、アイリスさん」


 2人の呟きが聞こえる。

 私はというと、唖然としていた。開いた口が塞がらないというやつだ。


 アイリスさんが戻ってきた。私は衝動的に質問を浴びせかけてしまった。


「今の魔法は何?同時に2つの魔法を使うなんて聞いたことがないわ。それも違う属性の魔法よ」

「お、おい、シャルティ?」

「シャルティさん?」

「しかも詠唱してなかったわよね?あの威力の魔法には必ず長い詠唱が要るはずよ。どういうカラクリなの?それとも魔方陣を刻んだマジックアイテムを使ったの?それに…きゃっ」


 後ろから肩を捕まれ、私は我に帰った。振り向くと、その手の主はフォルテだった。


「落ち着けって。アイリスさんが困ってるだろ」

「え?あっ。ご、ごめんなさい…」


 取り乱していつもの口調で質問責めをする私を、アイリスさんは笑って許してくれた。

 そして、質問の答えを簡単にしてくれた。


「長年の鍛練の成果、といった所でしょうか」


 とても微妙な変化で分かりづらかったが、アイリスさんは誇らしげな表情をした。俗に言うドヤ顔だ。

 強くてかっこいい上に、そんな可愛い所まであるなんて…なんかズルくない?

 ここで私は完全に冷静さを取り戻した。

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