第9話

 魔法は呪文と魔法名を唱えることで発動する。それが世界の常識だ。

 過去には呪文を省いて魔法名だけで魔法を使う奴もいたそうだが、それは指で数えられるくらい稀有な存在。ましてや、その両方を使わない魔法使いは前代未聞である。

 アイリスフィルターを貫通してドヤっても仕方ないよね!だって歴史上で俺だけだもん!


 ところでシャルティちゃん。君、素の喋り方はそんな感じだったね。俺に対してはいつも敬語だったから忘れてたよ。そっちの喋り方の方が可愛くていいと思うよ。一昔前のアニメヒロインみたいで。

 セレーナちゃんは素もそんな感じだったね。それも可愛くていいよ。清楚な美少女の王道って感じでグッと来る。そのまま穢れを知らずに大人になってくれ。冒険者してる時点で望み薄いけど。

 あ、フォルテくんはどっちでもいいです。強いて言えば素で接してくれた方が楽だよ。


 ともあれ、君たちとは一旦お別れだ。強くなってからまた会おう!

 というようにはいかない。魔物討伐はしばらく別行動だが、それ以外の時間で鍛練を見てあげることになった。

 まあ、テキトーなこと教えた手前、無下にすることもできず、せめて3人で依頼をこなせるくらいまでは面倒を見てあげようかと。アイリスちゃんは優しいのよ。

 あと、シャルティちゃんが無詠唱魔法に興味津々で、是非教えてくれとしつこく頼まれた。


 シャルティちゃんはセレーナちゃんとは別ベクトルでおねだり上手だ。その胸を寄せるやつ、俺以外には絶対やるなよ!









 アシッドワイバーン討伐依頼から帰ったあと、アイリスさんにごはんをご馳走になった。なんでも、2体目のワイバーンを倒したので追加報酬を貰ったそうだ。


「アイリスさん、お願いがあります。俺たちを鍛えてくれませんか?」


 俺の頼みにアイリスさんは困ったような顔で笑った。


「私からもお願いします。あの無詠唱の魔法を教えてください」

「うーん、困りましたね。私は人に何かを教えたことがないので、指導経験のある方にお願いした方がいいと思いますよ」

「あんなのアイリスさんにしかできません!何でもします!お願いします!」


 シャルティは必死に頭を下げてお願いをしている。

 俺は魔法についてはからっきしだから、アイリスさんが強いということしかわからない。しかし、シャルティにとってはそれ以上のものを彼女は持っているのだろう。


「…ところで、シャルティさんは今とあの時では口調が全然違いますね」


 アイリスさんが取った手段は、意外にも露骨な話題転換だった。そんな一面もあったんですか。


「あ、あれは、その、つい…」

「ふふ、いいんですよ。シャルティさんの素が見れて楽しかったです。これからもあの時のような感じでいいんですよ?私のこともアイリスで構いません」

「え、いいんですか…じゃなかった。いいの?」

「ええ、もちろん。私たちは同じ冒険者。上も下もありませんから。あ、セレーナさんとフォルテさんもですよ」


 ニコリと笑うアイリスさん、もとい、アイリスに俺たちは見惚れてしまった。ただでさえ美人なのにそんな笑顔、こっちが恥ずかしくなってしまう。

 店の他の客も俺たちと同じ反応をしている。そりゃそうだ。


「えっと…じゃあ、これからはそうするよ、アイリス」


 アイリスは満足げに頷いた。


「改めて、アイリス、無詠唱魔法を教えて。お願い!」


 残念ながら話を変えて気を逸らすというアイリスの作戦は失敗した。シャルティには効かないんだよな、それ。俺も何度も失敗してる。


 シャルティは先程より熱心にお願いし始めた。アイリスの右手を両手でガッシリと掴み、ジッと目を見る。

 もし相手が男だったらイチコロだ。シャルティほどの美少女に見つめられるだけでも効果覿面なのに、あの体勢はシャルティのの威力が倍増する。相手がアイリスでよかった。


「…わかりました。乗りかかった船と言いますし、協力しましょう」

「俺もいいですか!?」

「わ、私も!」

「もちろんですよ。ただ、私にも都合がありますので、自主鍛練の時間が長くなります。各々の努力も必要ですからね」


 俺たちは力強く頷いた。


「ワイバーンと戦った時に言ったことを、しばらくは鍛えましょう。剣術の方は私より適任がいるので、フォルテさんは彼から剣を学んでください」

「え?アイリスが教えてくれるんじゃないのか?」

「私の剣術は我流なので、それを覚えるより基礎から教えてもらった方がいいでしょう。私は時々手合わせするくらいになるかと」

「…なるほど」

「私は?」

「シャルティさんは魔法についての講義をしてから、呪文を省略して魔法を使えるように練習しましょう」

「私は何をするのでしょうか?」

「セレーナさんもシャルティさんと似たようなことをします。ただ、勉強する時間が2人より多いかもしれませんね」


 俺は2人とは別メニューらしい。少し寂しい気がするが、シャルティとセレーナは魔法を使って、俺は剣主体の戦い方だから仕方ない、と思うようにした。


「そうと決まれば、出発の準備をしましょう。明後日の早朝に南側城門に集合です」

「出発?どこに?」

「南の大都市サウスレギア。住み心地は王都の方が良いですが、鍛練との両立ならここが1番かと」

「南か…」


 魔王が居城を構えている魔大陸は南にある。サウスレギアはまだまだ人間の生活圏だが、ほんの少し奴に近付くということだ。勇者としての第1歩をようやく踏み出せる。


「サウスレギアに俺の剣術を指導してくれる人がいるんだな」

「はい。少々口の悪い方ですが、指導力は私の知る限りでは1番です」

「それは楽しみだ」


 不安しかなかったこの旅、やっと道が見えてきた。アイリスに出会えて本当によかった。


 必ず強くなって魔王を倒す。そして、胸を張って故郷に帰るんだ…!





 第1章 完

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る