第7話
フォルテくんは勘もいいしよく動けているけど、まだまだ速さとパワーと技術が足りていない。シャルティちゃんは威力のある魔法は及第点だけど、発動がかなり遅い。セレーナちゃんは強化魔法のバリエーションは十分だけど、強化量が心許ない。魔王討伐への道のりはなかなか厳しそうだ。
ワイバーン狩りの敗因はまだある。奴らに関する知識が少ないこと。準備時間などが無かったこと。そしてなにより、敵から視線を簡単に逸らしたこと。
雑魚相手ならまだしも、格上相手にそれをやるのは自殺行為に等しい。死ぬぞ。マジで。
というようなことを、巣から退避してから教えてやった。危なかったセレーナちゃんを小脇に抱えながら。
彼女は今もブルブル青い顔で震えている。小動物みたいで可愛い、と考えるのはちょっと不謹慎かな?
ともあれ、死の恐怖というのはさっさと味わってさっさと乗り越えてくれ。君たちが倒そうとしている相手と比べたら、ワイバーンなんて小物判定だぞ。
え?セレーナちゃんを助けた方法?普通に近付いて、抱えて、ブレス避けただけだぞ。
ちなみに、お姫様抱っこでもよかったんだけど、両手塞がっちゃうのは危ないから渋々断念した。
さて、反省会は済んだ。課題も自覚させた。あとはもう依頼を達成するだけだ。ちょちょいのちょいとワイバーンを駆除してきますよ。
え?倒し方のお手本?君たちにもできるレベルでやったら時間かかるので却下です。
いや、セレーナちゃん。そんな顔でお願いはズルいって。自分の顔面がどれだけ整ってるか自覚してるのか?自覚しててそれならとんだ小悪魔ちゃんだぜ。
ああ、もう。今度こそ日帰りで依頼達成できると思ったんだけどなあ。
※
死ぬ直前に走馬灯を見る、という話は、冒険者として活動し始めてからもピンと来なかった。真実かどうかも怪しい。真偽がわかった頃には死んでるから存在を立証できないから。
しかし、私はその現象が確かに存在すると確信した。
炎の魔法を突き破り迫ってくる酸のブレスを前に、私は昔のことを思い出していた。思い出した、というより、自然と頭の中に思い浮かんだ、と言う方が正しい。
フォルテさんやシャルティさんと出会った日のこと。修道院のみんなのこと。孤児院のみんなのこと。冒険者になった日のこと。初めて魔物と遭遇した日のこと。魔王を倒す旅に出発した日のこと。
叫びたかった。死にたくない、と。しかし、できない。それをする時間さえ、敵は与えてくれなかった。
私の意識はそこで途切れた。
目が覚めた。私の体は完全に脱力しており、ブラブラと揺れている。まるで干してあるベッドシーツのようだ。
この時になって初めて、誰かに抱えられていることに気が付いた。
頭の上からアイリスさんの声がする。
「まずはフォルテさん。先ほどのブレスを避けた動きはよかったです。頭で理解する前に体を動かすというのは、特に防御や回避において、強力な武器になり得ます。ただ、それ以外がお粗末と言えるでしょう。身体強化に頼らない強い体作りと剣術を身に付けてください」
「はい…!」
「次にシャルティさん。ファイアボールの威力はまずまずです。もっと強い魔法を使えばワイバーンより強い魔物でも簡単に倒せる破壊力を既に身に付けていると思います。しかし、発動が遅いですね。ファイアウォールも素早く発動できていれば、私が手を出さずともセレーナさんを守ることができていたはずです。速さを意識してみましょう」
「…はい。わかりました」
だんだんと状況が飲み込めてきた。
私はどうやらアイリスさんに助けられたらしい。そして、彼女にそのまま抱えられているという状態だ。
は、恥ずかしい…!
「セレーナさんも起きているようなので、貴女の気になった点を言います。魔力強化と身体強化の魔法をしっかりと使いこなせていましたね。強化魔法のレパートリーは多様な戦術を可能にするので、これからもその調子で増やしていきましょう。あとは強化量をもっと増やすことができれば、味方の未熟さも補えます。貴女自身の魔力も鍛えなければいけませんね」
アイリスさんの評価に私は頷くことしかできなかった。というか、早く下ろしてほしい。もう気持ちも落ち着いたので。
「アシッドワイバーンに関する知識や作戦を立てる時間も無かったですが、1番の敗因は敵から目を逸らしたことです。ベテランの冒険者でも、視線を逸らしたせいでホーンラビットに大怪我を負わされた、なんて話もありますからね」
「う…アイリスさんは強い人だと聞いていたので、油断をしてしまいました」
「私が悪人だったらどうするつもりだったんですか。勇者抹殺を企む魔王が用意した暗殺者とか」
フォルテさんの言い訳にアイリスさんは少し呆れた顔をした。
「さて、それでは私はアシッドワイバーンを討伐してきますね。皆さんはここで待っていてください」
アイリスさんは優しく私を地面に下ろすと、そう言って歩きだした。
1人で戦うつもりのようだ。実際に戦った私たちから言わせれば、それは無謀に見える。
フォルテさんたちも同じことを感じたようだ。
「アレと1人で戦うんですか?」
「そうですが、何か問題が?」
「いくらアイリスさんでも無茶ですよ」
「フォルテの言う通りです。せめて私が魔法で援護を…」
「大丈夫ですよ。私、アレより強いワイバーンも単独で討伐したことがあるので」
多分かなり間の抜けた顔をしていたんだと思う。アイリスさんはクスクスと笑いだした。
「心配してくれありがとうございます。でも大丈夫です。アシッドワイバーンなら5秒もかかりませんから」
「おとぎ話に出てくる伝説の戦士みたい…」
シャルティさんも思わず苦笑いしている。
一方のフォルテさんは真剣な表情だ。
「アイリスさん、失礼を承知でお願いします。俺たちでもできる戦い方を見せてもらえませんか?参考にしたいんです」
アイリスさんの顔から笑みが消えた。
「それは聞き入れられません。早く終わらせられる戦いを無駄に長引かせるのは私の性に合いませんし、魔物と言えど可哀想です。それに、もしこの近くに他の冒険者や遭難者がいれば、余計な被害が出る可能性もあります」
正論だ。反論の余地はない。しかし、このまま引き下がれば、私たちは指標がないままだ。
もしアイリスさんが、私たちが目指すべき戦い方を見せてくれたのなら、アシッドワイバーン討伐は私たちにとってとても大事な経験になる。
「アイリスさん、私からもお願いします。どうか、私たちに道を示してほしいのです」
「…道、ですか」
「今の私たちには、アイリスさんしか頼れる人がいないんです…!」
私はアイリスさんの目をまっすぐと見つめた。
厚顔無恥は百も承知だ。しかし、これは私たちには必要なことだ。頑固さと図々しさは、私は誰にも負けない。
数秒の沈黙の後、アイリスさんは口を開いた。
「…わかりました。今回だけですよ」
私たちの想いが通じたようだ。よかった、本当に。
アイリスさんは私たちに背を向けて歩きだした。
「ありがとう、セレーナ。俺と一緒にアイリスさんにお願いしてくれて」
「美少女の懇願には流石のアイリスさんも折れざるを得なかったわね」
「び、美少女だなんて…」
「…それ、他の人に言ったら怒られるわよ。謙遜も過ぎれば嫌味だからね」
私の顔は別に普通だと思う。美少女というのはシャルティさんのような女の子のことを言う。
美しいといえば、アイリスさんの見た目はまるで芸術品だ。冒険者としてはもちろんだが、大人の女性としても、私は彼女に強い憧れを持った。
あと何年頑張れば、あんなにかっこよく、あんなに美しくなれるんだろう。
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