第4話
勇者とは勇ましい者、もしくは勇気のある者のことを言う。しかし、実はそれだけではない、と俺は思ってる。
勇者に1番必要な力は『守る意思と力』だ。誰かを屈服させる欲望でも敵を倒す力でもない。
奴にはそれが欠けていた。それはもう致命的に。
最後の攻撃が決め手だったんだろう。剣を振り上げる瞬間に、左手から紋章が消えていくのが俺には見えていた。
もし、自分の弱さを認めて負けを宣言していればああなることもなかったはずだ。
まあ、もう終わったことだ。さっさと忘れよう。それよりも仕事だ。
支局長の頼みを聞いたんだから、当然割のいい依頼を回してくれるんだろうな?
えーっと、食人ワームの討伐?報酬は…そこそこ高め。ターゲットの生息地域も遠くはないな。
うん、よし。話のわかる受付のお姉さんだ。
早速出発!1日で終わらせるぞ!
なんて考えていたのに、俺は3人組の冒険者パーティと焚き火を囲んでいた。どうしてこうなった。
もしこれが物語だったら、あまりの展開の早さに困惑する読者が続出するだろう。途中の描写を面倒臭がるんじゃねえ。
ちなみに依頼は達成している。食人ワームの脅威は繁殖力であって、戦闘力は大して高くはない。故にすぐ終わった。
この冒険者パーティの紹介をしよう。
話によると、彼らは王都を目指して旅をしていたらしい。その途中で道に迷ってしまい、食料の調達もままならないまま、体力や魔力が万全ではない状態で食人ワームの群れに襲われていた、とのことだ。
まさに踏んだり蹴ったり。泣きっ面に蜂。弱り目に祟り目。納期間際の徹夜明けに仕様変更…これは少し違うか。
とにかく、たまたま俺が来たからいいものの、あのままだったら確実に全滅していたぞ。
俺も鬼ではない。王都まで一緒に行動してあげることにした。依頼達成したから戻るところだったし。
ただ、1つだけどうしても気に食わないことがある。
このパーティ、男の子が1人と女の子が2人のハーレムパーティなのである。とても羨ましい。
よし、決めた。道中、ちょっとでもイチャイチャしたら置いていこう。
※
俺、フォルテは王都を目指している。理由は国王様に会うためだ。
平民の俺が王に会うなんておかしい話だが、俺の右手の甲にある紋章がそれを可能にしていた。
信じられないことに、俺は勇者に選ばれたのだ。
勇者は魔王が誕生する時に神から選ばれると言い伝えられている。そして、魔王を倒すことが勇者の使命である、とも。つまり、俺は魔王を倒さなければいけないということだ。
2人の幼馴染と田舎で冒険者をやっていた俺にとって、それは明らかに重荷だった。だから、国王様に協力を仰ごうとしているのだ。
しかし、俺たちは既に命の危機に陥っていた。
「完全に道に迷ったな。いつ道から外れたんだろう?森を突っ切るのは判断ミスだったかな」
「今悔やんでもしょうがないわ。太陽の位置から考えたら方向は合ってる。歩くしかないわね」
赤毛の長髪を後ろに束ねている女の子が俺の愚痴に反応した。
彼女はシャルティ。パーティでは魔法攻撃担当だ。俺と同じ孤児院出身で同い年ながら姉のような存在。いつも冷静で強気な口調が特徴だ。
見た目も特徴的で、瞳が髪の色と同じく赤色。顔も整っていて可愛いが、彼女の魅力はそのスタイルの良さだ。手足は細くて長いし、胸やおしりは年齢にしては大きい。最近は目のやり場に困ってドキドキしてしまう。
「魔力も底を尽きかけています。魔物に襲われたりしたら大変ですし、急いだ方がよさそうですね」
彼女はセレーナ。回復と支援が担当。俺のいた孤児院があった街の修道院に、見習いとして働いていた女の子だ。
背は俺やシャルティより低く、体型も起伏はあまりない。ボブカットにした栗色の髪と藍色の瞳、そして芸術品のような顔立ちはまさしく美少女だ。俺の同年代の知り合いはみんな彼女に惚れていた。
「魔物に会わないように慎重に進むか、スピード重視で駆け足で行くか。シャルティとセレーナはどう思う?」
「私は慎重に進んだ方がいいと思いわ」
「私は急いだ方がいいと思います」
2人の意見が分かれた。この場合、俺の意見がパーティの方針を決めてしまうことになる。かなりプレッシャーのかかる決断を迫られてしまった。
「うーん…この辺りに強い魔物がいるっていう情報はないし、ちょっと移動のスピードを上げてもいいと思う。もちろん、弱くても魔物には出会わない方がいいから慎重さも必要だけど。シャルティはそれでいいか?」
「オーケー、リーダー。わかったわ。多数決だしね。ていうか、今魔物に襲われて1番しんどいのは前衛のアンタだってことをわかってる?」
「わかってるよ」
「ならいいわ」
シャルティは呆れたように笑った。
それからしばらく歩いた。相変わらず王都は影も形も見えないが、木と木の隙間から草原らしきものがチラチラと見える所まで進んでいる。
「森を抜ければ、少し楽になりそうですね」
「そうね。頑張りましょ」
シャルティがセレーナを励ました直後、何かが地面を這いずる音が聞こえた。
「シッ!何かいる」
俺は剣に手をかける。もし魔物が飛び出してきてもすぐに切り伏せられるように。
しかし、俺の予測に反して、それは緩慢な動きで茂みから姿を表した。
「こいつは食人ワームだ…」
「いるのはそいつだけ?他にもいたら逃げなきゃいけないわよ」
「私が探知の魔法を使います」
「いや、もしもの時の為に魔力は温存しておいてくれ。幸いなことに森の出口は見えてる。迂回しながら進めば…」
そこまで言ったところで察知した。食人ワームは他にもいる。
前からだけでなく左右からも同じような這いずりの音が聞こえてきた。
「嘘、囲まれてるの?」
シャルティは呟いた。その声には絶望の色が混じっている。
セレーナも恐怖の表情を浮かべていた。
「2人とも走れるか?」
「大丈夫よ。でも、何をするつもりなの?」
「奴らは俺が倒す。その隙に森を走り抜けてくれ」
「まだ群れの規模がわかりません!無茶ですよ!」
「無茶でもやるんだ!最悪、俺が囮になって2人を…」
「馬鹿なこと言わないで!」
シャルティが少し大きな声を出した。それはかなり珍しいことで、俺もセレーナも口をつぐんでしまった。
「アンタは勇者。私たちとは違う。英雄になる男よ。小娘2人のために死ぬなんて許されないわ」
「だったらどうしろって言うんだよ!」
「…囮なら私がやる」
シャルティははっきりとした口調でそう言った。
死ぬことが怖くないのか?いや、怖いはずだ。体が微かに震えている。
「剛強なる肉体を
セレーナは身体強化魔法を俺とシャルティにかけた。魔力を使い果たしたのだろう、足に力が入っていない。
「これで食人ワームの群れなら突破できるはずです」
「なんで私にまで身体強化を?」
「ごめんなさい。シャルティさんは私を運んでいって貰えますか?」
えへへ、とセレーナは笑った。
「私は死にたくありません。そして、2人も死なせたくありません。だから、これが今の私にできる最善策です」
「…はあ。貴女は意外と頑固だから、絶対に意見を曲げないんでしょうね。で、どうする?」
「…それでいこう。セレーナの言った作戦しか全員が生き残る手はない」
必ず2人を守り通す。
俺は剣を抜いて構えた。そして、前に飛び出ようと足に力を込める。
駆け出そうとした瞬間、何かが視界の外から飛び込んできた。それが食人ワームに当たると、奴らは奇声を発し、やがて動かなくなった。
よく見ると、その『何か』は矢だった。
「失礼します。もしかして、獲物を横取りしてしまいましたか?」
木陰から出てきたのはとても美しい金髪の女性だった。
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