第3話

 やって参りました訓練場!最低限の整備しかされていないただの広場で、闘志を燃やす2人の戦士の決闘が始まっております!

 赤コーナー、ナンパ貴族、ボォォォバァン・ヌルチェェェェックッッ!

 青コーナー、天才魔法剣士美女エルフ、アイリィィスッッ!

 両者、既に剣を構えて睨みあっております!先に勝負をしかけるのはどちらだぁ!?


 と、気分を盛り上げる実況を心の中で流してみても、あまり効果はなかった。目の前のポンコツに負けるビジョンが見えない。一瞬でボコボコにして終わりにすることも簡単にできる。

 奴の剣は上質で、体の方もそれなりに鍛えられている。格下なのはわかっていたけど、手加減してやればいい勝負になるんじゃないか、と勝負を吹っ掛けた時は思っていた。しかし、いざ剣を構えて対峙してみれば、強者の雰囲気はこれっぽっちも感じられない。

 魔物でも人間でもエルフでも、強い奴っていうのは独特な雰囲気を纏っている。闘志だったり覇気だったり、はたまた殺意や怨念だったり。


 一言で言ってしまえば、

 というわけで、さっさと終わらせよう。こっちは魔法使わずに剣だけで勝負してやるからかかってこい。


 は?おっっっそ!

 びっくりするほど動きが遅い。お前マジか。それで魔王倒すつもりだったの?無謀ってレベルじゃないって。

 これ剣要らないな。魔法どころか武器なしでも俺のが強いとか…勇者になれる基準がわからない。


 はい。2撃でKOでおしまい。対戦ありがとうございました。GGです。

 これに懲りたらもう少しその態度を改めることだな。権力振りかざすのは勇者のやることじゃねーよ。









「剣を抜いてください」


 小汚い広場に出た。アイリスはこちらに向き剣を抜いた。得物は細めのロングソード。装飾はなく質素な造りで、実用性を重視したものだ。

 貧相で見るに堪えない。俺の仲間になったらもっといい剣を持たせよう。


「負けを認めるか戦闘を続けられなくなったら負け。それでいいですね?」

「ああ」

「もちろん魔法や暗器、マジックアイテム等、何を使ってもらっても結構ですよ」

「…そんなもの必要ない」


 俺は攻撃魔法は使えない。せいぜい強化魔法で身体能力を少し上げる程度だ。

 暗器のような特殊な武器の心得もなければ、マジックアイテムも持っていない。

 必要ないのではなく、使えないのだ。


 俺は剣を抜いた。


「剣だけで私と戦うつもりですか。負けても勝負はなしにはなりませんし、しませんよ」

「要らないと言っているだろう。むしろお前が使うことを認めてやってもいい。魔法は使えるんだろう?」


 アイリスは小さくため息をついた。


「私が魔法を使ったら手加減になりません。本気の貴方を剣だけで倒し、私を諦めさせるためにここにいるのです」

「なんだと…!」

「もし私が遠慮なしに魔法を使っていれば、貴方は抜刀から今この瞬間までに100回は死んでいます」


 頭と顔が割れそうなほど熱くなる。剣を握る手にも力が入る。

 この女は俺をバカにした。絶対に許さない。完膚なきまでに叩きのめしてやる。冒険者ギルドには治癒魔法を使える奴もいるだろうから、多少痛め付けても問題ない。

 その後はどうしてくれようか。まずは、どちらが上かをその体に教えてやらないといけない。拠点としている屋敷へと持ち帰り、最大限の恥辱を与えて心を折る。そして、永遠の忠誠を誓わせるのだ。昼は護衛や雑用として働かせ、夜は奉仕をさせよう。

 頭の中でアイリスを陵辱する想像をすると、少し溜飲が下がった。


 俺は剣を振り上げてアイリスに飛び掛かった。

 右の肩口を狙った上段からの切りつけ。アイリスはこれをヒラリと横へ避けた。続けざまに放つ、胴を狙った横薙ぎ。これは後ろに避けた。首を狙った突き。これも横に避けた。

 その後も俺は矢継ぎ早に攻撃を繰り出した。アイリスは反撃、回避に専念している。

 偉そうなことを言っていた割には避けてばかりだ。表情も曇り気味に見えなくもない。大したことないじゃないか。


「どうした、なぜ攻撃してこない?どうやら達者なのは口だけで、本当は何もできない無能な女だったらしいな」

「本気でそう考えているなら、私を仲間に誘うのは得策ではないと思いますが」

「なに、戦いでは使い物にならなくとも、その見た目なら他に仕事はいくらでもある」

「そうですか」


 アイリスはその呟きと同時に剣を鞘に収めた。


「お、負けを認めて俺についてくる気になったか?」

「ご冗談を。貴方など素手で十分だと判断したまでです」


 こいつは今、何と言った?


「…なんだと?」

「耳までバカになりましたか?貴方を打ち倒すのに武器など不必要だと言ったのですよ」

「バカにするのも大概にしろ!この俺を丸腰で倒すだと!?俺の攻撃を避けることしかできない女が!」

「ではバカにされない実力を見せてください」


 いいだろう。見せてやる。そして、ズタズタにされてから俺を侮辱したことを後悔するがいい。

 なに、手足の1本や2本なくたって奉仕はできる。むしろコンパクトになる分、おもちゃとしては好都合だ。


「強剛なる肉体を我に与えよ"フィジカルストレンジ"」


 俺は身体強化魔法を詠唱した。

 力が沸々と沸き上がってくる。剣が軽い。体が軽い。目も冴えている。アイリスやいつの間にか近くに来ていたギルド支局長の息遣いまで感じられる。


「…身体強化魔法ですか」

「お前が使っていいと言ったから使わせてもらう!今さら止めろと言っても遅いからな!」

「言いませんよ」


 アイリスはまだ剣を抜こうとしない。その油断が命取りだ。

 俺は前に飛び出す。そして、剣を振り下ろした。


 俺が覚えているのはここまでだった。





 気が付いたら俺はベッドに寝かされていた。

 ここはどこだ?俺はアイリスと戦っていたはずだ。


「負けたんですよ、あなたは」


 声の方に顔を向けるとギルドの支局長が座っていた。


「負けた?この俺が?」

「ええ、はい。それも2発でノックアウトです。私には見えませんでしたが、腹と顎に1発ずつ、だそうです」

「…あの女、まさか格闘術が本来の戦闘スタイルなんじゃ…」


 支局長は首を横に振った。


「現実逃避は見苦しいですよ、ヌルチェックさん」

「随分と失礼なことを言うじゃないか。俺を誰だと思って…」

「残念だが、あなたはもう勇者ではない」


 支局長は指を差した。

 その先には傷も汚れもない俺の左手。


「勇者の器ではなかったということですね」

「う…あ…」


 俺の意識は遠退き、目の前が真っ暗になった。

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