第2話
俺の頭の中を覗ける奴がいたらこう言うだろう。考えてることと口調が違いすぎないか、と。
俺もそう思う。
別に俺のこの自然な口調でも全然構わない。全くの問題なしである。しかし、どうも脳か神経にフィルターのようなものがあるようで、どうやっても清楚なお嬢さんらしい丁寧な物言いになってしまう。俺はこれをアイリスフィルターと勝手に呼んでいる。
とにもかくにも、冒険者ギルドの支局長がボーバンとやらと話をしている。まあ場の空気から察するに俺のことだろう。無視してこのまま魔物討伐に行ったら怒られるかな。
というか、国王からあんな命令出てるのか。何でも言うこと聞かせられるなら俺も勇者になりたかった。そして百合ハーレムを作る。
俺絶対このスケベナンパ野郎より強いから活躍できるし、魔王討伐の可能性だって高いはず。なんで俺が勇者じゃないんだ。
そんなことを考えているうちに、話がまとまったようだ。
案の定仲間になってくれと支局長からも言われてしまった。ふざけんな。
冒険者ギルドには仕事回してもらってるから、支局長のお前に頼まれると断りにくいんだぞ。わかってんのか。
それを察したのか、ボーバンは俺が仲間になることを確信したようにニヤニヤし始めた。
なんというか、腹が立ってきた。ちょっとボコっていいかな?よくないよね、知ってる。
しかし、この天才アイリスの思考回路は名案を思い付く。勧誘を断ることができて、その上こいつを叩きのめす最高な案だ。
相手はプライドの高そうな自信過剰のバカだ。必ず俺の案に乗るはず。
そうなればこっちのものだ。俺が大人しくしてる間に諦めればよかったと後悔させてやるからな。
※
「アイリスさん、私からも頼む。どうか、ボーバン様の言う通りにしてくれないか」
「…冒険者ギルドには恩があります。ですから、貴方の頼みはできる限り叶えたいと思ってはいるのですが…」
ボーバン・ヌルチェックはアイリスさんを完全にロックオンしたらしい。
驚くようなことではない。アイリスさんはそれほどの美女だ。物腰も柔らかく気品のある立ち振舞いはどんな男をも振り向かせる。
不謹慎だが、こうして言葉を交わしていることは少し嬉しく感じる。
「無理は承知の上だ。もし国から目を付けられれば、私だけでなくここで活動している冒険者たちも路頭に迷うことになってしまう。まだ駆け出しの若い奴もいるんだ」
「他の街のギルド支局に移ることはできないのですか?」
「できないことはない。だが、勇者、ひいては国に逆らった支局にいた冒険者が受け入れられるとは限らない。不可能に近いと言ってもいい」
「…あの男にそう脅されたのですか?」
「…遠回しにだが」
「なるほど」
アイリスさんはチラリとボーバンを見た。エメラルド色の中には確かな怒りを感じられる。
仕事柄、アイリスさんがどの程度の実力を持っているかはなんとなく想像できる。高難度の討伐依頼をソロでこなしている辺り、全国のギルドの中でも確実に上位に入る強者だ。
そんな実力者から睨まれれば誰だって怯む。それが自然だ。
しかし、ボーバンはニヤニヤと笑うのみ。
大物なのか、はたまたただのバカなのか。恐らく後者だろう。
「脅迫とは低俗なことを。それに頭もよろしくはありませんね。私が薄情な性格だったらどうするつもりだったのでしょう」
「それはわからない。が、ああいう輩はとんでもないことをしでかすと相場が決まっている」
「間違いありませんね」
ちゃんと話したことがなかったが、アイリスさんは結構辛辣なことを言う性格をしているようだ。悪事は働かず、誰かの悪口も言わない。善性の塊のような人だと思っていたが、人間らしい普通な一面もしっかり持っているらしい。
「ヌルチェックさん、でしたか」
「パーティに入る決心はついたか?」
「メンバーに入ることを認めましょう。ただし、条件があります」
「上からものを言うな。で、条件とはなんだ?」
「魔王を倒し得る力を持っているか確認させてください。勇者に選ばれたということはそこそこ腕が立つようですが、実力もわからない相手と討伐の旅に出るようなことはしたくありませんので」
アイリスさんはそう言うと、クルリと外へと歩いていった。
ギルドハウスの隣には訓練用の広場がある。きっとそこで勇者と戦うつもりなのだろう。
「おい、待て。どこへ行くんだ?」
「この建物の隣に訓練場があります。そこで模擬戦闘をしましょう。私に勝つことができれば仲間になってあげますよ」
「本当に生意気な女だ。エルフはプライドの高い種族だと伝え聞いていたが、それは事実のようだな」
「口ばかり動かしてないで早くついてきてください。私の提案に乗らないつもりですか?そんなに怖がらなくてもちゃんと手加減はしてあげますよ」
アイリスさんの煽りはボーバンに効果抜群のようだ。顔を真っ赤にして怒っている。
さて、ボーバンの実力はどのようなものなのだろうか。鎧や剣は派手で高価な物だったが腕の方は見ただけでは判断できない。
貴族は嗜みとして武術を身に付けることが多い。貴族の娘が中堅冒険者ほどの実力を持っている、なんてことはザラだ。つまり、ボーバンはそれなりに強いのだろう、と予想することができる。
少し不安になってきた。
もしアイリスさんがボーバンに負けたら。彼女は奴についていくことになるだろう。そして、十中八九慰み者にされる。
だからといって、私にできることはない。歯痒いことだ。
「見届けることしかできないな」
私は小走りで2人のあとを追った。
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