第1話

 窓から差し込む朝日に目を覚ます。久しぶりに昔の夢を見た。転生初日の、美形カップルに目の前で乳繰り合いを見せつけられた時の夢。あの2人はこの俺、アイリスの両親だったらしい。


 あの後に魔法の存在を知って、せっかくだしってことで頑張って習得したんだよな。ついでに剣術だったり弓術だったりも教えてもらって、ファンタジー世界を体験した。

 この世界はまるでゲームのように魔物や人間以外の人みたいな種族がいる。馴染みがなくて苦戦することもあったけど、転生してから40年以上経ってることもあって、これが普通だ、と受け入れられるほどに慣れてしまった。

 人を殺すこと以外は。

 冒険者の中には平気で人を殺す賞金首狙いの奴が少数いるけど、ぶっちゃけ正気を疑う。どんな人生歩んだらそうなれるんだよ。


 ともあれ、仕事に行く準備をしよう。お金がないと生活できないのは前世も今世も大きな違いはないからな。

 現在、俺はエルフの国を出て冒険者として世界を旅して回っている。家出中とも言う。

 ゲームが好きだった俺としては、この世界は隅々まで探検しても飽きることがない。知的好奇心が尽きないという感覚は間違いなく幸せなことだと胸を張って言える。前世では味わえなかったのが悔やまれるね。

 ちなみに、俺がしている仕事というのは、冒険者ギルドに依頼される魔物の駆除や魔草の採取のことだ。難易度別に報酬が設定してあり、当然難しい依頼をこなせば大金が手に入る。


 ギルドハウスに着いた。が、なんだか騒々しい。受付カウンター前で豪勢な鎧や剣を携えた男が騒いでいるようだ。顔はなかなかのイケメンで自信に満ち溢れた表情をしている。俺とは住む世界が違う。さぞ女の子にモテてきたんだろうな。クソが。

 なんてことを考えていると、そのイケメンが俺の存在に気付いた。奴は一瞬硬直したかと思うと、ゆっくりとこちらに歩み寄ってきた。

 ナンパか?このアイリス様は容姿端麗なエルフ族の中でもとりわけ美人だから、あり得ない話ではない。自画自賛ではなく客観的に見て。

 予想は的中。自分のパーティに入れと迫ってきた。

 だけど、当然お断り。理由は簡単。もしパーティに入ったら自分1人の時間が少なくなって、この世界を見て回ることができなくなるから。

 あと、このナンパ野郎、絶対スケベなこと考えてる。武士の情けでそれは口に出さないけど、視線がなんかいやらしい。悪いけど男にヤられる趣味はないんだ。

 しかし、このスケベナンパ野郎、なかなか諦めない。なんか手の甲にある紋章を見せてきた。それ、何の意味があるの?


 は?お前が勇者なの?嘘だろ。









 俺の名前はボーバン・ヌルチェック。由緒正しきヌルチェック家の次男である。

 貴族の子である俺だが、今は粗暴な者も多いと聞く冒険者ギルドへと足を運んでいた。

 勇者の紋章が左手の甲に浮き出た俺は、勇者として魔王の討伐をすることになった。その討伐の旅の付き人として、腕の立つ者をスカウトすることが目的だ。


「おい受付」

「はい、どうしましたか?」

「俺はヌルチェック公爵家のボーバン・ヌルチェックだ」

「き、貴族の方が何か?仕事のご依頼でしょうか?」

「いや、違う。俺は旅のお供を探しているんだ。腕の立つ冒険者を連れてこい。できれば女がいい」

「急にそう仰いましても…」

「つべこべ言わずにさっさとしろ!俺は勇者に選ばれた男だぞ!」


 俺は左手を突き出した。受付の女は顔を青くしている。

 勇者の存在や紋章については既に各国の政府から国民に向けて発表されている。そして同時に、協力を惜しむな、という命令も出ていた。つまり、冒険者ギルドの連中は俺に従うしかない。


「し、支局長を呼びますのでお待ちください!」

「チッ。早くしろ」


 女は慌てて奥へ引っ込んだ。


 とりあえず王都の冒険者ギルドに足を運んでみたが失敗だったかもしれない、と辺りを見渡してみる。尤も、強者を探すというよりいい女を見つけるのが目的の観察だ。冒険者なんてしているような女なら、ちょっと金をチラつかせれば簡単に抱ける。

 ギルドハウスの入り口付近にふと目をやると、やたらと目立つ女がいた。

 肩甲骨辺りまで伸ばされた金髪にエメラルド色の瞳。傷やシミはもちろん日焼け痕も全くない色白な肌だ。が、艶とハリがあり不健康さは欠片ほども感じさせない。スラッと背も高く、その辺りの男と同じくらいあるだろう。胸と尻は特別大きいわけではないが、首や腰周りが細いせいでメリハリのあるボディラインを作っている。

 端的に言えば、完璧に近い女だった。俺が一瞬たじろぐほどに。


 俺はその女に歩み寄った。


「おい、そこの女」

「…私のことでしょうか?」

「ああ、そうだ。俺はヌルチェック公爵家のボーバン・ヌルチェックだ」

「それはご丁寧に。私はアイリスと申します」


 アイリスと名乗ったその美女は軽く頭を下げた。


「単刀直入に言う。アイリス、俺のパーティに入れ」

「…折角のお申し出ですが遠慮します。単独行動の方が好きなので」

「いいや、お前に拒否権はない。これを見ろ」


 俺は左手の甲の紋章を見せる。

 アイリスの表情は変わらない。


「それが何か?」

「知らないのか?これは勇者の証だ」

「…それで?」

「勇者には協力を惜しむな、と王から命令が出されているはずだ。それは知らないとは言わさないぞ」

「私の王からそのような話を聞いた覚えはありません」

「なんだと…!?」


 カーッと頭に血が上った。こんな屈辱は初めてだ。バレバレの嘘をついてまで俺の勧誘を断るとは。

 しかし、その理由もすぐにわかることになった。アイリスが髪を耳にかけたのだ。

 そこにあったのは普通より長く尖った耳。話に聞くエルフの特徴だ。


「エルフ…まさか本物を見ることができるとはな」

「私には人間の王に従う理由がないのです。この国も一時的に滞在しているだけなので、もし捕まりそうなら別の国へ渡るだけですし」


 ますますこの女が欲しくなった。

 別のエルフを手に入れることが不可能なわけではない。奴隷商をいくつか訪ねれば、エルフの奴隷を見つけることはできる。しかし、確実に目が飛び出るほどの高額な上に、アイリスほどのいい女はいない。

 ちなみに、エルフは世界のどこかにあるとされる大森林で暮らしていると言われている。多くはその中で生涯を終えると言われているが、アイリスは例外なのだろう。


 そこにギルドの支局長が小走りでやってきた。

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