おれはサプライズニンジャに負けたりしない

佐遊樹

おれはサプライズニンジャに負けたりしない

「拙者が乱入して全員相手に暴れまわった方が面白くなるような場面が出たら、乱入して全員相手に暴れまわるのでよろしく頼むでござる」


 おれは勇者に選ばれた日、枕元に立った忍者にそう言われた。

 確実にプレッシャーからくる幻覚だと思ったので気にしないことにしたが、あれが幻覚でなかったことは、勇者として旅を始めて一カ月後に分かった。


 見てしまったのだ──初めて遭遇した上級悪魔相手に、おれたちパーティが全滅する寸前。

 鬱蒼と茂る森の中、木の一本に擬態し、今か今かとこちらを見ているその忍者を。



 卍卍卍



 おれはどこにでもいる農民で、適当に田畑を耕して税を納めつつ、趣味である詩を詠んで生涯を過ごせればよかった。

 それが気づけば、男は五年に一度、女は三年に一度受けねばならない教会での聖名刻印儀で、人生が変わった。

 十五歳を迎えたおれを見て、聖職者のおじさんが目を見開く。


「間違いない……君、いや貴方様こそ、魔王を討滅する勇者様だ」

「お、おれが勇者なんですか? 特技は一度見た動きを完全に真似できることぐらいしかありませんが」

「精霊が貴方を選んだのだ。自分の弱さを知りつつそれに立ち向かう強さ、自分が本当に正しいのかを疑う姿勢、変化に恐れを抱くことのない勇敢さ……貴方こそ、勇者にふさわしい」

「思ってたより誰にでも言ってそうなフレーズだなこれ」


 そういう感じで勇者になったおれは、あれよあれよという間に王城へ連れていかれ、勇者にふさわしい装備を見繕わされたり、勇者にふさわしい仲間を集めさせられたりした。


「私は国王陛下より貴殿への協力を拝命した女騎士だ。よろしく頼む。旅の途中で、時間を見て剣の稽古相手にもなろう」

「うおっ……絵物語で見たフルアーマー巨乳女騎士だ……絶対魔王滅ぼします」


「俺は盗賊を生業としている者です。勇者様、斥候などは任せてください」

「政府から斡旋される盗賊って何だよ。国家公認犯罪者じゃん」


「賢者でえす♡よろしくね、農民上がりのなっさけない戦闘力のお兄さん♡」

「本当に賢き者? どっちかっていうと小賢しい方じゃない?」


「よき仲間を集めたようじゃな、勇者よ」

「ウス」

「ではこの聖剣を渡そう。我が王国に代々伝わる、神秘の剣じゃ」

「これは……?」

「先代国王であるワシの父上が、妖精の国で女王妖精をだまくらかして金銀財宝を奪い逃走した時、女王に投げつけられて肩に刺さったという見事な一振りじゃ」

「確実に呪いの逸品だったな」

「その金銀財宝のおかげで今の王国があるのじゃよ」

「盗賊の国なら国家公認盗賊がいるのも当然か……」


 魔王を倒したら外国に引っ越そうと思った。


 いささか不安要素を抱えながらも、おれはパーティメンバーと顔を合わせ、装備を整えた。

 明日に出発ということで王城に泊まったおれは、人生初の柔らかい寝床に興奮してなかなか寝付けない。


「むむっ」


 勇者一日目から寝不足というのはな、と唸りながら寝返りを打ちまくっていた時だった。

 ふと、枕元に気配を感じた。

 仰向けに寝返りを打つと、直立不動でおれの顔を覗き込む忍者がいた。



 漆黒の忍び装束。表情を隠す不気味な面頬。背中に負った忍者刀。

 どこに出しても恥ずかしくない忍者だった。



「サプライズニンジャでござる」

「は???」

「拙者が乱入して全員相手に暴れまわった方が面白くなるような場面が出たら、乱入して全員相手に暴れまわるのでよろしく頼むでござる」



「え……何? なんて??」

「拙者が乱入して全員相手に暴れまわった方が面白くなるような場面が出たら、乱入して全員相手に暴れまわるのでよろしく頼むでござる」

「はあ」


 これは確実に夢だな。あるいは無意識下のプレッシャーが見せる幻覚だ。


「面白い、ってどういう基準ですか」

「愚問でござるな。陳腐な展開やエンタメ性に欠けた自己満足になったら拙者の出番でござるよ。忍術が炸裂し、忍者刀がきらめくでござる」


 脅し文句が独特過ぎて、怖がるべきかどうか判断がつかなかった。


「特に誰も得しないバッドエンドは最悪でござる。読者にただ衝撃を与えたいという欲求ばかりが先行し合理性を失っているような急転直下が散見されるこの現代、意味もないモブの死やキャラクターを襲う凄惨な展開、それらの浅はかさは問題提起されるには十分でござる」

「個人の嗜好だろ……」


 この忍者、すげえよく喋る。

 滾々と語り続けるその声を聞きながら、俺はその日緩やかに意識を闇に落としたのだった。



 卍卍卍



 朝起きたら、枕元に『こういう展開はダメでござる!』と題された巻物が置かれていた。

 中を見ると忍者が乱入する対象らしい状況が多数書かれていた。

 憎悪の余り時々筆跡が乱れ散らかしており、怖くなったので、おれはそれを捨てた。



 卍卍卍



 そうして旅をして一カ月が経った。

 先ほど妖精の森で初めて邂逅したのが、初の上級魔族。その力は圧倒的だった。

 忍者が懐からクナイを引き抜いたのを見て、慌てて聖剣の力を覚醒させなければ危なかった。全滅とか以前に、忍者に何もかも破滅させられていた。理由はないが、そう確信できた。


 なんとか生き延びたおれたちパーティメンバーは、宿屋の一室にて膝をつき合わせている。


「勇者殿がいなければ、我々はあそこで死んでいたな」

「単に力不足が過ぎた。俺たちの、何一つとしてが通用しなかった……」

「かっこよかった……とか言うわけないし♡でもありがと♡命の恩人♡」


 生還できた喜びもつかの間、三人は表情を真剣なものにした。


「さきほどは助かった。そしてハッキリと分かった。私たちはもっと強くならなければ、魔王相手に到底太刀打ちできない」

「勇者様にばかり頼ってられないのは承知してる。俺たちもまた、レベルアップが必要だ」

「ホント情けない♡私たち恥さらし♡強くならなきゃ♡」


 仲間たちがおれに決意の言葉を投げかけてくる。

 今までは王様に言われて集まったメンツという感じだったが、本物の死線をくぐり抜け、一皮むけたようだ。賢者も悔しさをにじませて……にじませてんのかなこれ。分かんねえ。

 しかし今はどうでもいい。それどころではない。


「いや、それはそれとしてなんだけど」

「何? 別の考え事か?」


 褐色ショタの盗賊君に促され、おれは唇を開く。


「実はおれ、忍者に狙われてるんだ」


 数秒の沈黙。

 口火を切ったのは女騎士さんだった。


「賢者、解呪ヒールを」

「はあい♡」

「呪いにかかったわけじゃない」


 女騎士さんが胡乱な目を向けてくる。


「頭か? 強く叩いてみよう」

「もっと違う。頼むから座ってくれ。下手したら死ぬ」


 おれは怯えながら両手を突き出し首を振った。

 剣が使えなくなった時、素手で魔物を殴り殺してたからなこの人。おれは人間なので魔物より脆い。頭部が地面に落ちた果実みたいになってしまう。


「忍者とは、あの忍者のことか……?」

「まあ、はい、あの忍者のことです……」

「忍者なんているわけないだろう。草木の影を見間違えたんじゃないのか」

「草木の影だったのかもしれない。でも草木の影、多分クナイ構えないと思うんだ」

「認識能力ざあこ♡人間のこと雄雌だけで区別してそう♡雑草とか犯してそう♡」

「お前は言い過ぎ」


 結局おれの話を誰も信じてくれないまま、パーティメンバーは雪辱を誓うのだった。



 卍卍卍



 旅を続けていく中で、気づいたことがある。

 忍者はいきなり乱入してくる前に、確認を取るかのようにおれの視界に入って来る。ていうかチラチラ見える。


 例えばある村に休息のため立ち寄ったとき。

 宿代わりに小屋を貸してくれた村長の娘が、おれたちの元を訪れて言う。


「すみません。洞窟の入り口を魔物がふさいでしまっていて、母のために湧水を取りたいのですが……」

「それは大変だな……勇者殿、私としては彼女の力になってあげたいが、どうだ?」

「俺も賛成です」

「人助けも勇者の仕事だし♡」


「まあ、そういうことなら……」


 直後、おれは背後に気配を感じた。


「おつかいクエスト全般ダルすぎでござるな。ここは拙者が全員洞窟のシミにするしかないでござる」

「えっ判定キッツ」


 声を上げたおれに、一同が首をかしげる。

 背後を見るが、文字通りに影も形もない。

 え、えぇ……見捨てろってこと? いや流石にそれはな……


「……明日、起きたらやろう。うん」


 おれはそれだけ言って部屋に戻った。

 そして草木も眠る丑三つ時に、一人でこっそり小屋を出ると、夜道を歩いて洞窟に向かった。


「畜生! 眠い!」

「無駄のないシナリオ進行、あっぱれ! そのために睡眠時間を削るとは見上げた根性でござるよ」

「オメーーーーのせいなんだよ」


 半泣きでおれは聖剣をふるい、魔物をなますにしたのだった。



 卍卍卍



 例えば仲間たちとご飯を食べているとき。

 近くに人の住む集落も見当たらないので、草原の一角にテントを張ったおれたち。


「捕ってきました、バルーンバニーです」


 焚火を囲んだおれたちは夕飯にありついていた。

 盗賊君が持ってきた兎を女騎士さんが処理し、部分ごとにばらしたそれを串に刺し、焼いて食べる。


「あちちっ」

「舌ざあこ♡ふー♡ふー♡」


 焼きたての肉を頬張ろうとして失敗したおれに対し、メスガ……じゃなかった賢者がぐいと顔を寄せる。

 彼女はそのままおれが手に持つ串に、ふうふうと息を吹きかけ始めた。


「?」


 なんでこいつ普通におれのためになることしてるんだ?(感覚麻痺)


「……賢者殿。勇者殿は確かにまだ未成年だが、そこまで世話をしてやるほどではないだろう」

「でもお兄さん私より七歳も年下だし♡ほぼ赤ちゃん♡」

「お前二十歳超えてたの? それが一番びっくりなんだけど? え? なんで年下の男をお兄さんって呼んでるの? 待って本当に頭がおかしくなる」


 おれが賢者の言動に完全に思考停止した時だった。


「フン……パーティで焚火を囲んで語らう。絆を深めているように見えて、正直シチュ任せでそれっぽいこと言わせればOKみたいな場面でござろう。焚火消える時こそ、全員の命の灯が消える時と知るでござる」

「!?」


 声は真横から響いてきた。

 慌てて立ち上がって振り向くと、猛ダッシュで逃げていく忍者の影がある。


「あーーーーーー!!! いた!!! 忍者!!!」

「え、勇者殿? 忍者って、さすがに獣では……?」

「勇者、ちょっと落ち着いた方がいいかと。声も大きいです。野生動物を刺激してしまいます」

「視力ざあこ♡私が巨乳なのに気づいてなさそう♡」


 何言ってんだお前ら! 今おれたちの命がかかってるんだぞ!


「先に寝てろ馬鹿共! おれはあの影を追う!」

「馬鹿と言ったか? 今馬鹿と言ったか?」

「そりゃあ学校に通ったことのない俺に学はありませんが……」

「学力底辺の盗賊♡生まれた環境と学力が比例するのは残酷だけど当たり前♡読み書き計算教えるから旅終わったら足洗え♡」


 おれは勇者としてのフィジカルを生かして全身全霊で忍者を追ったが、結局忍者を捕まえることはできなかった。



 卍卍卍



 例えば、敵の幹部格と死闘を繰り広げているとき。

 魔王直轄の四天王が一体、炎のアツゥインゴが、こちらを嘲笑する。


「ブッホッホッホ。勇者よ、貴様の旅もここまでだ」

「く……」


 他の仲間たちは満身創痍。おれも立っているのが精いっぱいで、膝がガクガク言っている。

 火山の山頂に建てられた神殿での戦いは、噴火により際限なく相手が強化される完全なアウェイ戦だ。


 いよいよここまでか、と覚悟を決めそうになった時。

 煮えたぎるマグマからひょこっと、忍者が頭部を出した。

 さすがに言葉を失った。愕然としているおれに向かって、忍者はデカいボードの文字を見せつけてくる。


『出番でござるか?』

「出番じゃねえすっこんでろ!!!」


 おれは腹の底から怒鳴り散らした。対面のアツゥインゴがびくっと肩を跳ねさせる。

 どうやってマグマの中に潜伏してるんだよ。その竹筒で呼吸してたとかいいから。

 なんで燃えないんだ? もはや燃えろよ。


『初めて敵の幹部格が出てきたときに苦戦するのは鉄板の流れでござるな。でもその流れは前回やったでござるし、二回目でもまだ長々と苦戦するとか普通に間延び以外の何物でもないでござる。ここは拙者が現れ颯爽と……』

「ウオオオオオオオオ!! 目覚めろ、おれの聖剣!!」


 人生で一番大きい声が出た。

 おれの声が大きすぎてビビったのか、聖剣が強い輝きを放ち始める。


「くらええっ!」

「ぎゃあああ!」


 一刀のもとに、おれはアツゥインゴの身体を両断した。


「はあ……はあ……」


 肩で息をするおれの周りに仲間たちが集まる。

 耳鳴りが激しくて、全然声が聞こえない。肩を揺さぶったりしてくれてるし、多分褒められたり心配されたりしてるのだろう。


 だがおれはそれを気にしている場合ではない。

 旅立つ前日に捨てちゃった『この展開はだめでござる! 巻物』に「都合のいいタイミングで発生する覚醒」って文字があったような気がするのだ。


『これ大丈夫?』


 マグマから頭部だけのぞかせる忍者に、視線で問う。


『ピンチの場面で覚醒するのは正直陳腐と言えば陳腐なんでござるが……個人的に満足できたのでOKでござる』


 判断が恣意的過ぎる……



 卍卍卍



 例えば、おれが重傷を負ったとき。

 三番目の四天王を討滅した後、目覚めた時には、直前に立ち寄った村でベッドに寝かされていた。


 すぐそばには、おれの手を握ってうつらうつらとしていた賢者の姿がある。

 名を呼ぶと彼女はハッと目を見開き、十秒ぐらいかけ、ゆっくりと普段の嘲笑を浮かべた。


「ざあこ♡ざあこ♡私みたいな替えの効く存在をかばって負傷するざあこ♡」

「替えが効くわけねえだろ馬鹿か」

「……馬鹿はそっちでしょ♡」


 第三の四天王、風のフンフンフフンとの戦いのさなか、おれは賢者をかばいバッサリと斬られてしまった。

 ちょっとマジで死を覚悟したが──おれの命を刈り取るはずだった、敵の追撃の一閃が、どこからともなく飛んできたクナイによって逸らされ、おれのカウンターが決まって勝利した。

 乱入してこいや。


「お兄さんの思考能力低すぎ♡その辺の女の人じゃ呆れられちゃう♡私ぐらいしか相手いない♡」


 え……これもうおれのこと好きじゃん……

 賢者、マジで顔はカワイイから、正直言うとメッチャ嬉しい。


 とはいえだ。おれたちは魔王を倒すことを使命に集まった身。

 今まで同年代の女性との交流がなさすぎてビビってるのもあるが、そういった惚れた腫れたにうつつを抜かしていいものか。

 おれは思わず周囲を見渡した。案の定、天井に忍者が張り付いている。目線で助けを求めた。


『おい。これはいいのか。お前の言う陳腐な展開だろ、パーティ内での恋愛だとかって』

『そこでござる! 賢者! 押し倒すでござる!』


 こいつめっちゃ賢者応援してんじゃん……


「邪魔するぞ」


 その時、部屋のドアを開けて女騎士さんが入って来た。

 彼女はおれと目線が合って、ハッと息を飲んだ後、おれの手を賢者が握りっぱなしなのを確認してスッと半眼になった。


「…………身体は大丈夫か」

「えっ、あ、はい。大丈夫ッス」

「それは良かった」


 声色は固い。

 半ば俯くようにして女騎士さんは言葉を続ける。


「ただまあ……ここは、村の人々の好意で貸してもらった部屋だ。貴殿も男だからな。私のような、岩じみた女より、賢者殿のような、花のような少女の方が好きだろう。だがその、時と場所が……」

「……度胸なし♡」

「!!!!」


 ガバリと顔を上げた女騎士さんと賢者の視線が真っ向から衝突する。

 傍から見ていても分かるぐらい、明瞭に火花が散っていた。

 おれは状況を理解してから、ゆっくりと、もう一度忍者に視線を向ける。


『おい。これはまずいんじゃないか。恋愛でパーティが空中分解しかけてるぞ』

『くうう! 女騎士も捨てがたいでござるな。世の中興奮することは色々あれど、堅物女子が自分のエゴをむき出しにする瞬間が一番興奮するでござるよ』


 こいつマジで何?



 卍卍卍



 そんな感じで旅を続けたおれたちは、ついに翌日魔王城に攻め入るという時期を迎えていた。

 女騎士さんと賢者はテントの中で既に寝ていて、おれと盗賊君がもう少しだけ夜の見張りをする手はずだ。


「勇者様」

「ん。どうした? 緊張してるのかい?」

「……俺なんかを仲間として認めてくださって、ありがとうございました」

「えっ急にどうしたの」


「俺は……盗みでしか日銭を稼げず、弟や妹たちを食わせていくために、何度も薄汚いことをしました」

「先代国王が薄汚いからセーフだろ」

「国家運営のために必要な悪行と個人の悪行は比較できませんよ」

「お前急に論破してくるのやめろ。賢者の教育生きすぎ」


「でも、それでも……勇者さんは俺を仲間として扱ってくれた」

「そりゃまあ、おれ、君の経歴とか知らないし。別に知っててもだから何? って感じではあるけど」

「……ふふ。そういうところですよ」

「は? 何がだよ」

「魔王を倒した後に、どちらを正妻にするのかです」

「いやそういう話マジでやめて。縁起悪いって。最終決戦前日にそういう話したくない。君も寝ろ」


 おれたちは火を消した。盗賊君は周囲を少し警戒してくるといいテントを離れた。

 おれは息を吐いて、テントから離れて、小さな林を抜けた先の崖に向かう。


 月だけが地上を照らしている。誰もを平等に照らす太陽と違い、月は夜にしか顔を上げられない人間の味方だ。

 おれはがけっぷちに生えた大木に背を預けて座り込む。


「……いるよな?」

「いるでござるよ」


 おれが背中を預けていた大木の上から、その声は聞こえた。


「お前が言ってた、面白い展開って……正直まだよく分かってないよ」

「心配は無用でござる。少なくとも、拙者が受け継いだ流儀に則れば、乱入する必要のない物語だったでござるよ」

「それはお前がわざと姿を見せたからだろ」


 沈黙。

 風に流される草木の音色だけが響く。


「だからありがとう。明日魔王を倒せば、お前はもう、こんな無駄な時間を過ごさずに済む」

「……無駄ではなかったでござるよ」

「そうかな。そうだと嬉しいよ。でも、多分、お前はやり過ぎだ。無駄じゃないと感じてるなら、それはお前がおれたちに入れ込み過ぎた証拠だ」

「…………」


 魔王城への長い旅路──忍者についてまったく調べないという選択肢はなかった。

 本人に監視されているというのは踏まえた上でも、忍者について調べた。絵物語に語り継がれる架空の存在だから、忍者について述べた書籍は少なかったが……勇者の立場を使えば、一般人は手に取れない禁書の類も簡単に読めた。


 忍者は、この世界にいる。ずっとずっと昔からいる。

 神話として語り継がれるような大昔の戦いに、忍者の存在の痕跡はあった。

 付随する研究を読み漁って、なるほどなと納得した。かつて神から人類が独立を勝ち取ったときに、忍者は欠かせない戦力だった。


 恐らく、強すぎたのだ。

 忍者は……強すぎた。だから存在を抹消された。


「何故、より良い物語になることを望むんだ」

「…………掟だからでござるよ」

「ああ。多分それは、人類の自由を守る存在としての理由だ。でもお前は、お前という個人は違う気がする」

「何故?」

「もっと出来のいい勇者を援護すればいいからだ。資料を読めばわかる。勇者は定期的に表れる。おれの先代も、先々代も、魔王に敗れて死んだ。その二人におれが勝っているなんて思い上がれはしない」


「……早く寝た方がいいでござるよ。明日は決戦なのでござるし。下手な負け方をすれば、拙者が乱入する羽目になるでござる」

「ああ、そうだな。もう戻って寝るよ。……ありがとう」


 おれは立ち上がると、夜闇に溶け込む水平線を眺めた後、踵を返してテントへと戻る。

 風の中に、感謝を告げるような言葉が聞こえた気がした。気のせいだろうと思った。



 卍卍卍



「どうだ勇者! これが魔王たる余の力よ。ここで潔く死ねい!」


 魔王城──玉座の間。

 椅子から立ち上がった姿勢で、濃い紫色の体表に豪奢な鎧とマントを纏った魔王がこちらを嘲笑う。

 地面に倒れ伏し、おれはうめき声を上げる。


 戦力は、戦力だけは拮抗していた。

 四天王以外の上級魔族を集めた魔王城のダンジョンを、おれたちは誰も犠牲にすることなく突破した。

 そして玉座までなだれ込み、戦いが始まり、勝てると思った──甘かった。


 魔王がその腕の中に抱き込む、幼い少年。

 パーティメンバーである盗賊君の弟だ。


「ゆうしゃ、様……! 構わず、たたかい、を……!」


 地面に血の池をつくりながら、盗賊君が言う。


 魔王は、おれたちが考えているよりも狡猾だった。

 何故先代や先々代が負けたのかは、パーティメンバーが全員死んでるのだから知りようがない。最悪の場合を想定して、単に戦力不足だったと断じるほかない。

 だが現実はもっと最悪だった。


「お前……いつもこれやってたのかよ……」

「うむ、そうだが? 人間社会に我が手足である魔族が紛れ込んでいること、貴様たちは知りようもあるまい」


 そうか。勇者が旅立つたびに、その親族類を徹底的に調べ上げ、人質を用意していたのか。

 今回は両親が貧困から自殺した後に親族からさびれた農場を押し付けられているおれ、両親が戦死している女騎士さん、孤児院出身で天涯孤独の賢者ときて、仕方なく盗賊君がスラムで面倒を見ていた幼子を選んだのだろう。


「合理的だな」

「珍しいな。勇者を名乗るものは皆、我の戦略に突っかかってくるものだが」

「反論のしようがないよ、完敗だ」


 運が悪かったなあ。

 盗賊君の、心の底からの悲鳴を聞いて、みんな動けなくなっちゃったもんなあ。

 家族を喪うつらさに弱いのは、歴代一だったかもなあ。


「……う、くそ、うう……ゆう、しゃさま、ごめんなさい、すみ、すみませんっ、俺、俺の、俺のせい……」


 血の池に涙を落としながら、盗賊君が情けない声で謝る。


「……まだだ。まだ私たちにできることはある。勇者殿、私が時間を稼ぐ、逃げろ。伝えるんだ、魔王の行いを」

「王国にこのやり方を伝えれば話変わる♡私たちは必要な犠牲ってことで♡今は本当に逃げて♡」


 女騎士さんと賢者の言葉を、おれは鼻で笑った。

 魔王が玉座の前で、唇をつり上げる。


「無理じゃよ。勇者に選ばれるような人間は……この局面で逃げられないのだ。我はそれをよおく知っておる」

「だろうなあ。おれも、正直、逃げようとか思わねえもん」


 聖剣を杖代わりにして、震える膝に鞭を打ち、なんとか立ち上がる。

 正面には魔王の姿がある。無辜の少年が、首を横に振っている。自分ごと殺せと目で叫んでいる。すげえなあ。おれがその年で、それをできるとは思えない。


 だがまあ、それはもう、別にいい。



「なあ」

「何だ」

「つまんなくないか、これ」



 は? と魔王が首をかしげる。


「勇者が魔王の元にたどり着いて、戦って……卑怯な手段を使われて、負けて、全滅する」

「ウム。それこそが、貴様らの末路よ」

「だからさ。それってつまんなくないかって言ってんだよ」


 全身が悲鳴を上げている、構わない、魔王を正面から見つめる。


「貴様、何を……いや。貴様、誰に向かって問うている」

「だからさあ。そんなつまんないシナリオなら、もっと面白くできるだろ」


 うん。少なくともこれは、クソ展開だと思う。

 そう思うだろ、お前も。






「なあ!?」






「──そうでござる。ここで拙者が突然現れ、全員相手に暴れまわった方が面白くなるに決まっているでござるな」






 疾風の如き黒い影が、魔王の真上から落ちてきた。

 それは魔王の腕の中にいた男児を拾い、その刹那に魔王の片目にクナイを突き刺す。


「ギャッ!?」


 天井より降って湧いたるは、ニンジャ!!

 男児をかき抱き、ババババとバク転で距離を置き佇みたるは、ニンジャ!


「大丈夫でござる。そこにいなさい」


 男児を床におろしてから、忍者が、目を押さえ絶叫する魔王に向き直る。




「クソ展開許すまじ。安易な鬱展開これ駄作と知れ。

 影に走り、闇を抜く。我が面見し者、悉く散ると知れ。


 ──逢魔流三十五代目継承者、ここに推参!」




「お前そんなかっこいい名乗りあったの!?」

「生まれて初めて名乗ってるでござる」


 絶対練習してただろお前。


「ええい、出会え出会え!」


 片目を押さえながら魔王が号令をかけると、玉座の床からわらわらと上級魔族が現れる。


「笑止!」


 忍者は圧倒的な戦力を前にしても動じない、動じる必要もない!


「臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前!」


 素早く両手で印を結び、忍者がフゥと息を吐く!

 刹那、印を通過した忍者の吐息が焔の龍と化し、魔族たちを一気に飲み込んだ!


「9節詠唱の魔法じゃと……!」


 魔王が戦慄した様子で、唇を震わせる。

 多分違う。


「馬鹿な、そのような術、たったそれだけの詠唱でできるはずがない……!」

「浅はかな考えでござるな。要項をまったく読まずに二万字オーバー・連載中で応募してる作品ぐらい浅はかでござる」


 やめとけやお前。


「ええい、我が手で抹殺してくれる!」


 魔王が右手をかざし、忍者めがけて雷撃を放つ!

 だが直撃すると同時、煙を噴き上げて忍者の身体が木の幹に変貌した!


「変わり身の術でござるよ」

「小癪な!」


 背後に現れたニンジャに、振り向きざまに魔王が剣を振り下ろす!

 恐るべきはその反応速度! 忍者刀の一閃が容易に防がれる!


「ぬぅん……!」

「忍ばねば太刀打ちできぬ弱き者など! 砕け散るが良い!」


 裂ぱくの気合と共に魔王が忍者の身体を弾き飛ばす、が!

 空中で回転し体勢を整えた忍者が、着地と共に印を結ぶ!


「臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前!」

「そのような小手先の術、通じぬと知れ!」


 ニンジャが印を結ぶのを見て、魔王が右手をかざし青い結界を展開する!

 放たれた火の龍が殺到するも、結界に衝突し、頭から砕かれたではないか!

 上級魔族が得意とする、物理的には脆弱だが、魔法に対して圧倒的な防御力を誇る対魔法結界である!


「なんと!?」

「我は魔の王なるぞ、術同士の勝負で勝てると思うたか!」



 ────いや完全におれのこと忘れてるなこいつ。



 聖剣片手に、魔王の眼前に飛び出しながら、そう思った。


「!? いや、死に体の勇者など……!」


 魔王がおれに対してカウンターの姿勢を取る。

 このまま飛び込むと、まあ、一発で死ぬ。一方的に殺される。それが分かるぐらい、おれと魔王の間には隔絶した実力差があった。


 しかしだよ。


 おれは聖剣を片手持ちに切り替え、空いた手で九つの印を結ぶ。



「臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前!」

「!?」



 魔王がギョッと顔色を変える。


「貴様もか!?」


 慌てて魔法防御の結界を展開する魔王。

 おれはにやりと笑い、真正面から、その結界ごと魔王を叩き切った。


「…………は?」

「馬鹿か。使えるわけねえだろ、忍術なんて」


 肩口からばっさりと切り捨てられ、魔王がよろめき、仰向けにひっくり返る。

 こぷ、と魔王の口から鮮血がこぼれていく。


「なんと……正面からの、騙し討ちとは……」

「これがニンジャ流らしい」


 な? と忍者に顔を向けると、首を横に振られた。


「そういうだまし討ちとか、どうかと思うでござる」

「こいつどの口で……」


 玉座へと向かう階段を、魔王の血が流れていく。

 おれはゆっくりと振り向いた。ぽかんとした表情の女騎士さん、盗賊君、賢者がいる。


「おい。なんか全部うまくいっちゃったけど、これはいいのか?」


 横に顔を向けた。


 忍者はもう、その姿を消していた。






 卍卍卍






 ────長きにわたる魔族との戦争に人類が終止符を打って、一週間後。


「この恥さらしが!」


 屋敷に重い打撲音が響く。

 逢魔流三十五代目継承者である少女は、勢いのまま地面に転がった。


「歴史に名を残さず、歴史を操ることこそが我らが一族の宿願……! それを無視して何が当主か!」


 縛られたまま地面に転がる少女を見据え、大男が吐き捨てる。


「やはりお前など、当主にふさわしくなかったのだ……! 術の出来ではなく、忍者にふさわしき心こそが本質!」


 その罵倒を聞きながら、少女は目をつむり、ふと口元を緩める。



(……後悔はないでござるよ、勇者殿)


(勇者殿の言う通りでござったな。拙者は入れ込み過ぎた)


(しかしそれを咎められたのは心外でござったよ。何故ならあれは、拙者が自ら選んだ道なのだから)


(……共に旅した仲間ではなかったが、まるで、旅をしているような気分でござった。初めて外に出た拙者にとって、それが、どれだけ嬉しかったか)


(あの旅路を守れたのだから、悔いはないでござる)



 悪態をつく大男の背中を眺めながら。

 忍者として戦い、戦い抜き、人類の未来を守った少女は願う。



(だが……戦いを終えた彼らの姿を見れなかったのは、もったいなかったでござるなあ……)



 直後、爆音と共に視界が噴煙に埋め尽くされた。






 †††






 腕の中で、忍者がぽかんと口をあけっぱなしにしていた。



 忍び装束は煤に汚れていた。面頬は外されて見当たらない。忍者刀は遠くに転がっている。

 どこから見ても、忍者とは分からない少女だった。


「大丈夫か。間に合ってよかった……」

「は?」


 口をあけっぱなしにして呆ける少女に、おれの仲間たちが言葉を投げる。


「王国政府も、存在を知れど詳細は知らなかったようだ。勇者殿が残存する魔族たちを含めて不眠不休で情報収集しなければ、場所を特定するのすら難しかっただろう」

「は??」


「何かが旅についてきているのは察知してましたから、驚きはないです。みんなが寝ている間に前回のキャンプ地を抹消しようとしたらもう消されていることがありましたし。だから……初めまして、そしてありがとうございました。俺たちの旅に、欠けてはならなかった仲間の忍者さん」

「は???」


「ざあこ♡知名度ざあこ♡一族の掟を言い訳に表舞台に上がる勇気を出せなかったざあこ♡」

「殺すでござるよ貴様」


 そんな会話をしているうちに。

 半壊した屋敷のあちこちから影が姿を現す。誰もが忍び。

 だが、勇者たちに恐れはない。



「忍者……いや。忍者さん」

「……何でござるか」






「────サプライズユウシャ、要る?」






 歴史の影に沈む家柄はここで一区切り。

 人類の新たな繁栄の象徴は、魔王を倒した勇者とその仲間たち、合わせて五人の英雄たちだったとか────


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おれはサプライズニンジャに負けたりしない 佐遊樹 @yukari345

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