掌編小説・『愛酒』
夢美瑠瑠
掌編小説・『愛酒』
(これは、今日の「愛酒の日」」にアメブロに投稿したものです)
掌編小説・『愛酒』
私は、浩然高校の新聞部の副部長で、養老朱美(ようろう・あけみ)といいます。
最近は、高校生の未成年飲酒が問題になっていて、わが校でも、野球部員が合宿で飲酒して、甲子園大会への出場を辞退したという事件がありました。
新聞部では、こういう流行というか風潮が高校生にとって有害なことであり、何とか飲酒習慣の蔓延を抑制すべきだ、新聞部でもオピニオン機関として、飲酒撲滅キャンペーンを展開すべきだ、そういう意見が編集会議で満場一致で採択されて、その第一弾として、私がアルコール依存の患者さんたちが集っている「断酒会」の取材に行くことになった。
断酒会というとなんとなくしかイメージがないが、要するにお酒をやめられずに、酒害に悩んでいる人たちだから、その失敗談やら苦労を聴いて、断酒のモチベーションを上げるにはもってこいで、きっといい話が聴けて、有益な記事になるだろう、そう思ったのだ。
世話役の人と折衝して、土曜日の午後の例会に私の訪問ルポが決まりました。
約束の日は雨で、私はレインコートを羽織って、メモ帳とカメラ代わりのスマホ、ミニ録音装置、「新聞部」と書いてある腕章、などの取材の七つ道具を携えて、会場に向かいました。
市役所のホールの一室で、もう12,3人の参加者が三々五々と集まっていました…
「”断酒会参加者が語る「アルコール依存のこわさ」ーーー地獄を見た人々は何を語ったかーーー”
…私アルコール依存治療者の断酒会「小原庄助」の例会にはもう、三々五々と参加者が集まっていた。記者は依存症の人たちに出会うのは初めてであり、若干緊張していた。「小原庄助」というのは、ウィキペディアによると、そういう映画が昔あったそうだが、一般的には「朝寝、朝酒、朝湯が大好きで」、「身上つぶした」という民謡で有名な伝説的な人物のことらしい。
世話役の酒匂草夫(さこ・くさお)さんにお話しをうかがう。
「アルコール依存は怖い病気です。病気という認識がない点も怖い。認知症と同じですね。原因は不明ですが、呑み過ぎによって脳の組織が変成するのではないかと言われています。禁酒しないで飲み続ければいずれ精神や肉体が破壊されます。処方箋は完全に禁酒することだけです。悩みを共有し、禁酒のモチベーションを上げて、孤独な戦いをみんなで一緒に戦っていこう、というのが「小原庄助」の設立趣旨です」
例会は2週間に一度開催されて、参加は任意。出席率は8割から9割で、家族や医師の勧めもあって熱心な会員が多いようだ。
定刻の午後2時になり、あいさつの後、新規の方の自己紹介から始まる。
「微醺帯瑠(びくん・おびる)ともうします。飲酒歴は25年です。入院も3度していて、断酒薬で死にかけたことも一度や二度ではないです。糖尿病です。幻聴、妄想もあります。酒乱なので女房にも逃げられて一人暮らしです。先生にレグテクトを処方していただき、ここを紹介されました。断酒1ケ月目です。今も実は吞みたくてしょうがないです(笑い)よろしくお願いします」(パラパラと拍手)
「ヴィーノ・テキーラです。親が冗談好きで、こんな名前でーす。日本在住歴は25年です。あんまり日本酒、万国共通語のサケが美味しいので吞み過ぎてコノザマデス(笑い)。女ダテラに、大酒豪?いえ、酒癖が悪いので大失敗ばかりの人生です。一番の失敗は日本に来たことです(笑い)
酒は呑んでも呑まれるな、といいますが、適度に吞めないことが病気だと医師に教わりました。飲酒運転で50万円払ったときは、一週間食べられませんでした。嘘です(笑い)。みんなからはムードメーカーと言われます。ザモチガイイ?とか言われますが、ヂモチです(笑い)…」自分で話しながらずっと笑っていて、この人はちょっと呑み過ぎでおかしいらしい。みんな笑っていたが、ああゆうふうにだけはなるまい、と自戒していたと思う。もちろん私もだ。依存症のこわさを示すために引用した。…自己紹介が済むと、一つのテーマに沿った討論になった。今日のテーマは「共依存解消のための家族療法の在り方」というものだった。
依存症にはイネイブラー…enabler というのがつきもので、これは飲酒を幇助する同居人を指す。そうして、この場合に依存症者が見捨てられるのなら、立ち直るチャンスもあるのだが、共依存と言って、依存症者をダメなままにしておきたくなるという心理機制が生じることがあり、それで、底なし沼のように状況が悪化していくというケースも多いらしい。
「結局家族から遠ざけるしかないのではないか」という意見が多かったが、「家族セラピーを通じて家族とともに治療していくべきだ」という人もいて、喧々諤々になったが、最後に「家族療法は理想論で、子供を崖から突き落とすような逆療法しかない」と、ライオンのような髪型をした老人が発言し、非常に説得力があったので、それが結論となった。
私は、依存症のために家族が患者に愛情が持てなくなるのだから、治療が最優先で、逆に入院治療という形で隔離するのが穏当ではないかと感じた。
この後には当番制の体験談発表があり、飲酒嗜癖のために糖尿病になった話、心臓を壊した話、幻覚や妄想が起きた話、どれも本人が本当に体験したことであるので非常にリアルで、恐ろしくて、聴いている人は心から「お酒をやめたい。二度と吞みたくない」と心に難く誓ったと思う。私も自分はもとより、夫になる人も下戸がいいなと思ったくらいだった。
…今回断酒会「小原庄助」を訪問取材して強く感じたのは、周囲の人たちの理解や愛情がなければなかなか依存症から立ち直るのは難しくて、よしんばそれがあってもいったん依存症になると 社会復帰はもとより断酒というのにも大変な努力やエネルギーが必要で、依存症者は健康やら時間やら貴重な人生の資産を大方失ってしまう、それだけお酒や依存症の罠というのは恐ろしいものだということだ。「人間やめますか」と言われるのはあながち覚醒剤に限ったことではなく、現実にアルコール依存で人生を棒に振った人はたくさんいるのだ。私たちは皆が皆、健康に飲酒できる体質とは限らない。だからできたらお酒はのまないほうがいい、そういうことだ。ましてや高校生においておや!」
…私にとっては渾身の記事であって、「浩然新聞」のクオリティを高めた、と顧問の先生には褒められました。「養老、グッジョブだよ。おれも酒止めたくなった。いい記事だよ~」あんまり大げさなので、私は照れました。
「でも先生はかなり吞むんですよね。いやがらせみたいですみません」私はなんとなく謝った。
「いや、大丈夫だよ」
「?」
「今日の新聞に載っていた。日本では明日から禁酒法が施行されるんだ。酒屋もなくなる。禁酒のいいチャンスだね。サントリーはつぶれるかもしれんが」
よかった!
ですがせっかくの記事はボツになりました。くすん。
<了>
掌編小説・『愛酒』 夢美瑠瑠 @joeyasushi
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