第19話 簡易裁判

 この黒い袋を被せられてから、どれほどの時間が経過したのでしょうか。土に埋められたときは、気付かぬ間に一週間もの日々が通り過ぎていました。今回の場合は監視さんが食事を……今更気がつきました。袋を被せて放置したのは、各々がどのような反応を示すのかを図る目的があったのではないでしょうか。

 常人ならば息苦しさや強い孤独感、また周囲の把握ができないため段々と気を病んでいきます。それらに強い人でも、眠たり、お腹が空いたり、排泄を行いたいと言い出すはずです。

 わたしなどの不死はそれらを必要としません。取らなかったり行わずに過ごすことも少なくないです。一般的におかしい状態を平然と過ごしてしまうのです。

 もう行き止まりにいるのかもしれません。ただ一応、確認のためにそれっぽいことをしてみましょう。もしかしたらまだなんとかなる範囲かもしれません。


 見張りの衛兵さんが移動する足音は、まだ二回しか聞いていません。仮に便所に向かう、食事をとるで二回とするならまだ夕方になったぐらいです。


「あの誰か、いませんか? 喉が乾いてしまいました。それにお腹も。誰か?」


「そうか。なら食べ物を持ってきてやろう。せっかくだ。いっぱい持ってきてやろう。うんと食べ応えのあるやつだ。待ってろよ」


 もうだいぶ遅いようでした。案の定、ガシャガシャと複数の足音が。多くの兵士さんがこちらへと向かって来ているのが想像できます。

 反応を示すまで放置するなどひどい話です。もしこのまま半年以上もボーとしていたら、どうするつもりだったのでしょうか。それにシャイなウカルさんは話しかけられずに、死んでしまうかもしれません。まるで死ぬまで放置したかったかのようです。それともウグルの情報が欲しかったのでしょうか。


 体への負担を無視した強さと量の縄で厳重に体をがんじがらめにされました。おそらく常人にやったら、窒息や血管の圧迫により手足の麻痺などが起こり、運が良くても、今後は生活をまともに送れなくなることでしょう。


 さて、どこに連れて行かれるのでしょうか。わかりません。ただひとつ間違いないことがあります。それは不死殺しで刺されることです。暫定ウグルであるわたしを仕留めるにはそれしか方法はありません。

 この予想の通りに行ったら自ずと向かっている先の答えは出てきます。


 意外なことにいきなり刺し殺すのではなく、慈悲深いことに裁判を行なってもらえるそうです。視界を遮っていた袋が外されました。眩い光に目がジーンとします。袋の代わりと言わんばかりに猿轡をつけられました。神官さまに襲い掛からないようにする処置だそうです。

 久しぶりの光に目が眩みましたが、段々と慣れてきました。自身が豪華絢爛な礼拝堂の中心にいるとわかりました。てっきり設備が厳重な建物で行われると思っていましたので、少々意外です。

 これまた意外にも、礼拝に使われているであろう椅子に視聴人たちが座っています。結局は結論ありきのものでしょうし、ただ形を整えただけでしょう。


 礼拝堂の祭壇、裁判官の位置に立つのは神官さまです。赤い瞳にわたしと似た白髪で、白を基調としながらも血を崇める宗教のためか、袖や襟の部分、またボタンから帽子などの服は赤く装飾されています。位が高くなるに連れて赤い装飾が増えていくのでしょう。それこそヘカティアさんは真っ赤かです。

 かつて黄金を象徴としていた宗教でもそうでした。高位ともなると、それはもう目に悪いほどにぎんぎらぎんで太陽のもとではまともに見ることさえ叶いません。


「これより永遠の神の名の下に、汝が穢れたる血を受けしものか審議を開始します。まず汝は、二日間も飲まず食わず、また生物的な行いをしなくとも平然としていたことが納められています。それに偽りはありませんか?


「ございません!」


わたしの見張りをしていた兵士さんが、元気のいい声で真実と言い放ちます。実際、本当のためどうしようもありません。


「また独房の温度は通常よりも高く、兵士は何度も倒れかけたという話もあります。それも真実と。それでは以下のことから汝が人ではないと示されました。では次に汝がウグルである証明ですが、これは審査するまでもありません。よって汝をウグルとし、太陽が頂点に達したとき、神の下へ送ります。異議を唱えるものは?」


 とてもスピーディーです。はたしてこれは裁判と言えるのでしょうか。やはり時間感覚を一般と合わせなくてはなりません。この体の便利でありながら、不便です。改善をする努力をしなくてはいけません。

 まぁこれより不死殺しに刺されるのです。その努力は要らないでしょう。多くの人を不幸にしてきたと思っている自分の終わりが、人に裁かれるのなら悪いものではありません。ただ本音をいうと、旅が終わるまで待っていて欲しかったです。神さまは意地悪です。


「いませんね。これにより公正なる判決が下りました。それでは兵士の皆さん、先ほど告げた時刻から儀式を始めると民に伝えてください。ではこれにて審議を終了とし、各々の場所へと帰ってください」


 視聴席の人々がゾロゾロと列をなして礼拝堂を後にします。その列の皆は一様に暗い顔をして一歩一歩が重く、まるで尸が歩いているかのようです。生気を感じさせません。彼らは犠牲となった人々の遺族なのでしょうか。それにしてはやけに静かです。もっと娘を、息子を返せやら言ってくるはずです。その気力すらないのかもしれません。


「兵士の皆さん、それでは彼女を奥の部屋に入れてください。時間が来ましたら移動もお願いします。きっと彼らの心にもゆとりが生まれるはずです。ウグルはもうひとり隠れています。気をつけてかかってください」


 猿轡を外されて、またあの黒い袋を被せられました。そして担がれて奥の部屋へと運搬されます。建材の木材を何度か運んだ経験があるのですが、不思議なことに木材の気持ちを理解した気がします。もしも機会があれば、今度は優しく地面に置いてあげましょう。


 ……不思議な気分です。木材の気持ちを理解して、その気持ちに浸っているわけではありません。幾百万、もはや記憶にすらないほどの年月を生き、その中で望み、渇望し続けてきたものが目の前に来ているのです。

 静かな安らぎと、どこか寂しいような気持ちが混ざった、言葉にならない感情が心を満たしていますり

 むかしは今に直面したら手放しに喜ぶと思っていました。しかし、実際に芽生えた気持ちは全くもって予想だにしていなかった、理想とはかけ離れた異なるものでした。

 状況がいけないのでしょう。わたしの深層が望む終わりはこれではありません。しかし、ただをこねても仕方ありません。わたしは贅沢を言っていられる身分ではありません。そもそもわたしの望む終わりは永劫に訪れません。尋問官にいくつか質問され、それの返答を終えて処刑の時間がやってきました。


 本当にこれで終わりなのです。常に背中を押される長い長い悪夢のようでいて、またとても沢山の幸福を味わった旅は、カルアさんをひとりおいて終わりを迎えるのです。最後ぐらいは自分で歩かなくては示しがつきません。処刑台に自らの足で登りました。

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